獣の恋 | ナノ
 6th daysA

「男が服を贈るってどういう意味だと思う」

 ソファに腰をかけ、膝に肘を置いて手を組む。テーブル越しで大口開けてピザを頬張ってた若者は脈絡のない質問に対し、どう応えるべきか悩みながらも口の中のピザを原型がなくなるまでよく噛みしめてから飲む込む。
 
「ええと……よく聞くのは『相手を脱がせたい』という意味合いで贈るっていうのは聞いたことありますけど」
「……だよな〜〜〜やっぱりそっちに受け取るよな〜〜〜」

 予想通りの返しに脱力感に見回れてそのままばたりと横になる。突然呻きだした自分に人のいい若者は困り果てた様子で声をかけてくる。

「あ。あの何かあったんですか……?」
「……聞いてくれるかレオ」
「や、話したそうにしてるじゃないっすか」

 はいご名答、いま誰かに話を聞いてほしいです。でないと一人で憤死してしまう。
 そんな俺の気持ちを察してくれた心優しい若者はピザをかじりながらどうぞどうぞと催促してくれる。その適当な気遣いにイラッとしたが話したい気持ちの方が勝ってるので早々に本題に入ることにした。
 
 最初に結論からいわせてもらうと、クラウスが何を考えてるかわからない。
 言動も訳分からなければ行動なんて尚更だ。
 言動はもう素だと思うにしても、さすがになんとも思っていない相手にスーツなんて贈れるものだろうか。自分が贈ったのを脱がせたい男の心理は同じ男として理解できる。だが相手はいい年した同性だし、恋人でもなければ友人でもない。ただのブリーリングの関係だ。ベッドを共にして情が湧くにしてもいささか行き過ぎではないか。セレブの考え庶民分からない。
 と、いうのをさすがにいえなかったのでブリーリングやら諸々伏せてあくまで『友達からの相談』でレオに話をしてみた。
 わざわざピザを頼んでレオを呼び出したのは、このHLでこんな話を出来るのはレオしか思いつかなかったからだ。フィリップはクラウスに仕えてる身だからいえるはずもなく、部屋から出ていない引きこもりのため、すぐにあのピザ屋のアルバイトしか思い浮かばなかった。
 一番高いピザを頼んだおかげで無理に指名しても快く部屋を訪れた。食べ物で釣るなんて卑怯なやり方とは分かってはいたものの、背に腹は変えられない。
 食べ物で簡単に釣られたレオは口いっぱいにピザを頬張り、ごくりとまた飲み込む。

「うーん、誕生日でもないのに同性に服贈るなんて早々ないっすから」
「から?」
「……好きじゃないんですかね、その友達のこと」

 その場の時間が止まった。レオはずっとピザを食べているから実際は自分しか固まっていない。もしゃもしゃとピザを租借する音だけが部屋を包む。ごくんと食道を通っていくのを確認してから再びソファに逆戻り。

「ナマオさーん?」
「……やっぱ、そうとしか思えないよなぁ」
「いやだってそこまでしておいて何にも思ってないほうがおかしくないですか? 普通同性の友達相手でもそこまでしませんって」

 それ以外になにがあるのだといわんばかりに不信な顔を見せられてしまえば何もいえない。
 レオの意見は一般的には間違ってはいない、これがもし本当に『友人の話』ならば自分も同じ言葉を口にしただろう。
 だが、どうしても受け入れられない自分がいる。あーうーと呻くことしかできない自分にレオが声をかける。

「むしろその友達もなんで認めようとしないんすか?」
「どういう意味だ」
「話聞く限りその友達に言い寄ってる人ってその友達に好意寄せてるの隠してないじゃないですか、なのにそれを本気にしてないっつうか認めようとしないっつうか……そこまでアプローチしてるのに相手にしてもらえないって、さすがに同じ男としてその人に同情しちゃいますね」
「うぐぅっ」
 
 痛いところを突かれて反論が出ない。レオからの視線(開いてるのか怪しいが)に耐えきれず目を逸らしてしまう。
 レオのいう通り、クラウスからの好意を全く感じなかったといえば嘘になる。ただ、それが他意なのかそれともただの性格なのかが判断がつかない。クラウスの馬鹿正直すぎる言動や雄弁と語りすぎる瞳、それが向けられるたびにもしかしてと何度も頭に過ぎった。そのあとにいやいやまさか、なんて浮かんだ考えを打ち消したのがセットになる。
 別に恋愛に不慣れではない、自分も半重種なのだからそれなりに楽しんできた。恋愛の駆け引きも分からないわけではない。だが、相手が悪い。相手があいつでなければ、こんな面倒なことにならなかった。
 ひしひしと感じるレオナルドからの視線。まるですべてを見透かすような馬鹿らしい錯覚に陥る。自分からいい出したじゃないかと口にはせずとも目で訴えられ、腹を決めて負けを認めた。

「……いわれてないから」
「はい?」
「どう思ってるかとか、一度もいわれたことがないから。確証が得られない……ってそいつはいってた」

 好意であれ、性格であれ、結局のところ、自分たちは恋人でもなければ友達以前の問題。
 重種の種を買い、買われた関係―――『ブリーリング』、いわば繁殖ビジネスの関係でしかない。
 どんなにこっちが相手に惚れてようが、あっちからの好意が見え隠れしようが、ビジネスの前では全てが薄っぺらい。
 確信がほしいのだ。
 言葉を、それこそ一言だけでもいい。女々しい男だと笑ってくれ。
 それさえいってくれれば―――このさきどんなことがあっても、その事実があればやっていける。

 笑われる覚悟で胸中の思いをぶちまけた。自棄を起こしている自覚もある。レオは笑いはしなかったが、どう言葉をかけるべきか悩んでいるのは一目瞭然であった。重くはないが、気まずい空気が部屋に流れる。

「……ええと」
「……」
「……なんつうか、いじらしいっすね」

 いじらしい。若者の口に出るには古めかしい単語に顔から耳にかけて火傷を負った錯覚に陥る。

「う、うっせぇ! 猿に気持ちが分かるか!」
「猿いうな! 先祖違くてもあんたと同じ人間だわ!!」

 失礼な人だな!と怒られたのでさすがに言い過ぎたと反省して形だけ謝っておいた。奢られている身のレオは謝罪を渋々受け入れてピザにかぶりつく。

「いいじゃないっすか、両思いっぽいですし友達の方から告白すれば」
「友達の方は付き合いたいとは思ってない、ただあっちがどう思ってるか知りたいだけ」
「面倒くせっ!」

 だよな、これが本当に『友達』の話だったら同じことを思う。レオのいうことは最もだ、だからあえて苦笑いをしながら水で喉を潤すことで誤魔化した。あくまでも自分も同意であるといった態度。心の中では俺の気持ちも知らないでと張っ倒したい衝動を必死に抑えている。

「そういえばナマオさんさっきから全く食べずに水ばっか飲んでますけど大丈夫なんですか?」
「俺のことは気にすんな、あんまり食欲ないから好きなだけ食べていいぞ」
「ええ!? それ大丈夫なんですか!?」
「平気平気、今回のはお前への相談料みたいなもんだから」
「え、えー……」

 懐は些か寂しくはなるが甥っ子たちのお土産を安いものにすれば解決だ。おろおろと迷っているレオに早く食べろと手を振って催促する。自分が食べる気がない意志が固いのをようやく分かったようで気まずそうにピザを口に運んだ。なんだかんだいって結局食べるのだから中々図太い神経をしている。

「もぐっ……あ、あのですねナマオさん」
「なんだよ」
「ナマオさん……の友達は、その人とどうしたいんですかね」
「はぁ?」
「い、いやだって話を聞く限り友達の方も気があるっぽいですし、でもその人とどうこうなろうって気は全然ないって……まるで、その人ともう会わない気ないっていってるようにしか聞こえないというか」
「っ……」
「それでいて、その人の気持ちだけ知りたいって……なんつーか、卑怯だなぁって」

 コップを持つ手に力が籠もる。表情に出さないように気を配ったが、顔が強ばったのは気づかれているだろう。
 なにも言い返せなかった。レオのいうことは全て正しかったから。
 そう自分は卑怯者だ。親父の策略とはいえ種が目的のクラウスに惚れて、言葉がほしいといいながらもどんな返事であろうと今後会う気がない。矛盾している、女々しいと思う、ずるいと自覚もある。だからこそ、レオの正直な感想が余計心を抉った。
 コップに視線を移すと、注がれた水面には途方に暮れた子供が映る。
 
「……自信が、ないんだろうなぁ」
「自信、ですか?」
「世の中好きだから両思いハッピーエンドなんていかないだろ? そんなハッピー野郎しかいない世界だったら世界はとっくに平和だよな」
「まあ、そうっすね」
「でも現実はそうじゃない」
 
 ぱちりと瞬きすれば、水面には子供ではなく大人の男へと変わる。

「同性だとか、家柄とか、階級とか、立場とか、つねに頂点に立つ男の隣に立てる自信なんて……どんなに惚れていようが、いまのそいつにはないんだ」

 同性同士なのは斑類だから過剰な問題視はされないだろう。だが、相手が悪い。あのクラウスなのだ。
 家柄も、立場も、階級も、クラウスのことを知らずとも一時でもそばにいれば最高位に位置する男なのだと理解させられる。そんな男の隣に立つには、相当の自信と覚悟を強いられる。
 遠距離なんてまだいい、もっと別の―――それこそ自身の歩んだ人生が180度変わり、自分が今まで得たものを捨てなければならない。そんな未来が訪れることをどこかで確信している。
 それだけの男なのだ―――クラウス・V・ラインヘルツという男は。
 惚れた男のために全て捨てるなど、自分にはできない。もし自分が女であったとしても、今の仕事や生活を投げ出して男の元へ走るには、年を取ってしまった。
 今まで見ない振りをしてきた結論に辿りつき、馬鹿らしさのあまり嘲笑を浮かべてしまう。

(馬鹿だなぁ、本当にあいつが俺に惚れているかなんて分からないのに)

 なんて自意識過剰だろうか、と笑い声を漏らしそうになったそのときだった。
 
「いいじゃないっすか、そのハッピー野郎の一人になったって」
「へ?」

 コップから顔を上げると、レオはチキンに噛みついているところだった。

「もぐっ……気持ちはわからなくはないですけど、相手が好きで相手もそれなりに気があるんだったら伝えて損はないじゃないですか」
「いやでもな、その前に問題がたくさんあってだな」
「だってここはヘルサレムズ・ロットですよ」

 ごくんと、噛み締めたチキンを飲み込む。

「何が起こってもおかしくないし、いつ死ぬかも分からない街っすから。いえるうちにいわないであとで後悔したらそれこそもったいないですって」

 そう思いません?と平然と同意を求められても反応に困って言葉がでない。
 だいたいHLだからなんだというのだ、何当然といた顔でいわれても全く解決できていない。だが、レオは本気でいっているのは分かる。
 だが、行きついた答えはさすがにあんまりではないか。

「……レオ、お前いくつ?」
「19っす」
「19、そうか19かー……にしては達観してんなぁ」
「そりゃあこの街にいたら嫌でもそうなりますし」

 いやぁなんて頭をかく青年は見た目が平々凡々の無害に見えてもHLの住人なのだと再認識させられる。
 ここまで言い切られてしまったら、なんだか自分の悩みが馬鹿らしいとさえ思わせる。それもまたレオの人徳というやつなのかもしれない。
 ずっと部屋にいるから、HLがどんなに危ないのかいまいち把握出来ていない。それはこの部屋にずっと身を置かせてもらっているおかげだからだろう。窓の外を見ればSFなんて目じゃない光景が繰り広げられ。毎日死亡確率なんてテレビでやっている番組なんてこの街くらいだろう。
 
(何が起こってもおかしくない、いつ死ぬのかもわからない……ヘルサレムズ・ロット、か)

 悩んでる間にぽっくり死んでたなんて起こる前に、いっそ開き直るべきなのか。だがさすがにそんな街だからで今後を決めてもいいものか。しかし、いやでもと天使と悪魔が両耳から延々と囁いてきてさすがに面倒になってきた。
 悶々と悩む自分にレオナルドは暢気にもしゃもしゃ食べ続けている。このやろう人事だと思って、というかこいつよくそんなに食べれるな。さすがに見てて胃もたれしてきた。全く食べてもないのに胃の不調を感じてつい胸辺りをさすってしまう自分の年を痛感する。
 それよりも、もうこいつその友達が自分だというのにとっくに気づいている。頑張って友達と付け加えてはいたが、途中からもう面倒になってつけようとさえしなくなっていた。なんだこれ羞恥プレイかよ。でも自分から指摘して恥かくだけなのでこちらも黙るのを選んだ。こっちだって友達とか面倒臭い設定やめて赤裸々にぶちまけてやりたいわ。けどさすがにこんな二十歳も迎えてない若者にいい年した大人の恋愛相談なんて恥ずかしいだろ。しかもブリーリングの相手から好意寄せられているのでは、なんて自意識過剰ではないか。そんなものレオに話せるわけがないし、ましてや相手は猿人なのだから話したところでフィルターがかかるから無意味だ。
 そこではたと違和感に気づく。

(あれ、さっきレオのやつおかしなこといってなかったか?)


― う、うっせぇ! 猿に気持ちが分かるか! ―
― 猿いうな! 先祖違くても・・・・・・あんたと同じ人間だわ!! ―


「……レオ」
「なんすか?」
「……お前、」

 ピンポーン。タイミングを見計らったかのように、来客を知らせるチャイムが鳴る。

「……ちょっと出てくる」
「あ、いってらっしゃい」

 舌打ちするのを我慢して、渋々ソファから腰を上げた。ここに来るのなんてフィリップかクラウスくらいだ。時間帯を考えればフィリップに違いない。玄関まで辿りつき、ドアの前で声をかける。

「フィリップかー」
「……はい、私です」

 いつもなら騒音並の大声で返事をするのに、今日はやけにしおらしい。珍しいと思いながらも、こいつだって元気がないときあるよなと考えを改める。
 そのとき、考えるのに夢中になってすっかり失念していた。
 ここがどこで、どういう街なのかを。
 疑いもせず相手がフィリップだけだと思いこみ、覗き穴も確認もせずにドアノブに手をかけてしまう。
 ドアノブを回したそのとき、ふとあることを思い出す。

(あれ、あいつ確かカードキー持ってたよな?)

「ナマオさん開けちゃダメです!!!」

 レオの制止の言葉に驚いて振り返ってしまう。
 瞬間、項に激痛が走った。痛みに体が耐えきれず、ぐらりと体が倒れる。
 地面に倒れる直前、その場に立ち尽くすレオが視界に入る。
 糸目だと思っていた瞳が大きく見開いて、自分に向かって何か叫んでいる。
 その瞳は、息を呑むほどの美しくも不気味な青。痛みも忘れて見惚れてしまった。

(でもやっぱり、俺はクラウスの目の方が好きだなぁ……)

 そんな場違いなことを考えたのを最後に、意識がブラックアウトした。

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