お察しください

「おーい、七瀬ー!橘ー!」

部活に向かう途中、廊下で誰かに呼び止められた。一緒に歩いていたハルが一瞬固まるのが視界に入って相手が誰かすぐにわかる。声に誘われて振り返るとハルもつられて振り返った。

「あれ、明王寺」
「おっす、二人ともいまから部活か?」

声の相手は同じクラスの明王寺だった。自分たちが振り返ったことで笑顔を見せて手を振りながら歩み寄ってくる。

「うん、明王寺の方は?」
「俺は図書館の当番、あーあ面倒くせぇ」

やれやれとと大げさにため息を吐いて首を振る。当番は面倒だと愚痴をこぼしたりするが本当は無類の本好きだというのを知っている。なんでもあんまり本を読み過ぎて昔好きな子に引かれてしまった理由からあまり公言していないそうな。俺はあまり本を読むわけじゃないから明王寺のそういうところ羨ましいと思ってしまう。
明王寺と話しをしながらちらりと横目でハルを様子見る。ハルは明王寺に視線を向けず、黙って窓の外を眺めていた。そんなハルに明王寺が話しかける。

「七瀬、今日も泳ぐのか?」
「ああ」
「橘から聞いたんだけど七瀬ってクロールが得意なんだって?」
「フリーだ」
「フリー?」
「……自由に泳いでいい、俺はクロールで泳いでる」
「へえ、そういう呼び方あんのな。でもそっちの方が七瀬に似合うかも」

ハルの素っ気ない言い方にも気にした様子も見せず、明王寺は朗らかに笑ってみせた。明王寺が笑うと一瞬ハルは目を見開いた。でもほんの一瞬で、すぐに元に戻る。それから明王寺と目を合わせず、自分の方に視線を向けた。

「真琴」
「うん、先に行ってていいよ」
「ああ、またなみょうじ」
「お、おうまた明日なー」

明王寺から一歩引いて俺たちに背を向けて歩き出す。足早で廊下を渡り、そのまま曲がり角で曲がって消えてしまう。ハルが消えるまで二人で見つめ、いなくなってから明王寺は俺の方にまた向き直った。その顔はなぜか神妙な面もちを見せている。

「なあ、俺七瀬になんかしたか?」
「いや、なんで?」
「なんか七瀬って俺と話すとき素っ気ない気がするんだよな」

ハルが消えた方向を目で追いながら明王寺は肩を落とす。本当に気にしている様子にそんなことはないと手を振って否定した。

「ハルは明王寺だけじゃなくて他の人にもあんな感じだから」
「そうか?でも見てる限り、ほかの奴とは目を見て話すのに俺とはまったく合わさないし……俺ってもしかして七瀬に嫌われてる?」
「それはない」

俺なにしただろ、と首を傾げる明王寺に間髪入れずに口を挟む。即座に否定した自分に明王寺はぱちくりと目を丸めて自分をまじまじと凝視する。これはまずい、否定するの速すぎたと内心焦って急いでフォローに入る。

「あの、ハル泳ぐの好きだから早くプールに行きたかっただけなんだ。だから別に明王寺が悪いって訳じゃないから安心して」
「そ、そうか?橘がいうなら……」

少し納得しきれていないようであったが、大丈夫だからと念を押すと明王寺は渋々納得してくれた。なんとかごまかせたようでほっと胸をなで下ろす。
それから少し話しを交わし、当番があるからと明王寺はその場から立ち去っていった。元来た道を戻っていく明王寺の背中を見送る。いなくなったのをしっかりと見届けてから自分も歩き歩き出す。そして、ハルが曲がった角で立ち止まる。

「ハル」

そこには先に行ったはずのハルが壁に背をついてしゃがみこんでいた。
膝に顔を埋めていてどんな表情をしているかわからない。ハルの前を横切り、同じようにしゃがみこむ。なにもいわず黙りこんだままのハルに俺は言葉をかける。

「よかったねハル、明王寺とお話できて」
「っ」

明王寺の名前を出すとハルの体が一瞬跳ねる。埋めていた膝から恐る恐る顔を上げた。その表情はいつもと同じ。しかし、頬が少し赤く色づいている。

「……真琴」
「なに?」
「そんなに俺は明王寺に対してそっけないか」

泳いでるときと同じくらい真剣な表情を浮かべている。尋ねられた質問にうーんと腕を組んで考えた。

「確かに明王寺のいう通り目を合わせようとしなかったらそういう風に映るかも」
「それはっ」

勢いよくこっちに首を動かしていおうとする。しかし、ハッと我に返って口を噤み、気まずそうに目を逸らした。
一見わかりづらいハルの態度も幼なじみの自分にはハルの心情が手に取るように理解できるため苦笑を浮かべてしまう。

「明王寺の前じゃ目も合わせられないくらい緊張しちゃうんだよね」
「……わかってるならいうな」
「でもさハル、もうそろそろ目を合わせるくらいはしようね。でないと嫌われてるって勘違いされちゃうよ」

もうされかけているのはあえて口にはしなかったが、会話を聞いていたのだからハルもわかっているはずだ。それを指摘するとハルはぐっと言葉を詰まらせる。少し時間を置いてから「善処はする」とだけ口にして立ち上がる。そそくさと歩きだしたハルに慌てて後ろをついていく。
背中を追いかけながら、先ほどの明王寺との会話を思い出した。嫌われてるなんて、ありえない。むしろその逆だということをきっと明王寺は気づいていない。

(ハルになにかした、か……したっちゃしたけど、でもいまのハルを見たら多分気づくの当分無理だろうなぁ)

ハルの分かりづらい態度の真意を察するのは中々至難の技だ。幼なじみの自分か渚ぐらいだろう。
本来なら白黒はっきり決めたがるハルだが、どうやら恋に関しては奥手らしい。一日でも早く明王寺がハルの気持ちに気づいてくれることを願いながら俺たちはプールへ急いだ。



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