■ クリスマス中止のお知らせ

『クリスマス中止のお知らせ!!』

飲み物を買いに行こうとたまたま廊下を歩いていたときだった。ある部屋の前に貼られていた紙に書かれていた一文に似鳥は釘付けとなる。

「クリスマス、中止のお知らせ……」

似鳥はその一文を声に出して音読してみた。口に出してもそう書かれているのは間違いない。その一文の下に色々書かれていたが一文の通りクリスマスは中止したという知らせの内容であった。
本日は世間一般ではクリスマスと呼ばれる日だ。だがしかし、部活中心に送っている似鳥には悲しくもそのような過ごす相手などいない。男子校である鮫柄の学生は大半がそうだ。きっと独り身の学生がカップルを恨むあまりの奇行なのかもしれない、と普通の学生は思うだろう。
似鳥はその場に止まり、じっとその紙を見つめてると後ろから声をかけられた。

「似鳥?そんなとこに突っ立ってどうしたんだ?」
「あ、御子柴部長……」

振り返ると似鳥の部活の部長である御子柴が立っていた。御子柴は今年の夏に部活を引退したので正確にいうと元部長である。癖でそう呼ぶと御子柴は「もう部長じゃないからそんな呼び方しなくていいのに」と苦笑して似鳥の隣に並ぶ。

「一体ドアを見つめてどうしたんだ?」
「いや、あのこれ……」
「ん?ああ、これか」

似鳥が恐る恐る紙を指すと御子柴は書かれた文を読んで納得するように頷く。

「これどう見ても独り身の妬みにしか思えないよな」
「でも」
「まあ、みょうじだしな……また松岡となにかあったんだろ」

相変わらずお騒がせなカップルだと笑い飛ばす御子柴に似鳥は苦笑いを浮かべた。
この部屋の住人であるみょうじなまおは御子柴と似鳥の部活仲間であった。と、同時に自分のルームメイトであり憧れ慕う松岡凛の恋人でもある。
なまおの一目惚れから始まり、猛アタックの末に凛が折れて交際した経緯は水泳部内でも有名な話だ。水泳部の面々はなまおのガッツへの尊敬と凛への同情の念があってか非難の声は最初に比べてとても少なくなった。
なので、恋人の三大イベントであるクリスマスをなまおが見逃すはずがない。一週間前からクリスマスソングを鼻歌交じりで歌っていたので傍目見てもバレバレであった。それがいまじゃ部屋のドアにでかでかと中止のお知らせを貼り付けている。しかも中から啜り泣く声が聞こえてくるので引きこもりを決めているのだろう。一体どうしてこんな奇行に走ったか。

「まあ予想は付くけどな、松岡だし」
「そうですね、だいたいは検討つきます」

腕を組んで呆れる御子柴に同意するように似鳥も深く頷いた。
この夏、凛の大会の一騒動を経て幼なじみと和解してからというもの、今までの分を取り戻そうと幼なじみとの交流に躍起になっている。別に部活を疎かにしているわけでもない。むしろ大会時に自分が起こした不祥事を反省して今まで以上に真面目に取り組んでいる。似鳥もよく凛につきあって遊ぶのでなんら不満はない。
あるとしたら、自分たちではなく恋人のなまおにあるのは間違いない。

「大方、誘ったら岩鳶のやつらたちと過ごすっていわれたんだろうな」
「……すごい想像できます」

元々幼なじみに対しての執着が激しかった凛は和解後さらに酷くなった。休みはだいたい幼なじみのところに行くため、あまり恋人であるなまおに割く時間が限りなく少ない。というかないに等しい。

「似鳥、お前松岡からなにか聞いてないのか?」
「……ちょっと七瀬さんたちに会いに行く。っていってました」
「どう考えても原因それだな」

あいつも本当に岩鳶のやつら好きだな。と、呆れていながらもそれに嫌悪している様子もなくどこか楽しんでいる様子を見せる。どこか悪どい顔に見えるのは似鳥の気のせいだと思いたい。

「まあどうせ夜には帰ってくるんだ。それまで存分に凹ませておけ、んじゃ先に行ってるぜ」

ポンと似鳥の肩を軽く叩くと御子柴は背を向けてその場を後にした。御子柴の背を見送ってからまた『お知らせ』の紙に視線を戻す。

(どうしよう、これはいうべきなんじゃ……)

いまだ中から啜り泣く声に似鳥の心が痛んだ。時折、「りーん……りーん……」と飼い主を求める犬のような鳴き声が耳に入るもんだからさらに良心が痛む。これ以上なまおが可哀想だ、優しい似鳥は意を決してドアをノックしようと手を挙げた。その、瞬間。

「ふおおおあああああああああ!!!」
「ふえっ!?」

似鳥がノックする前に外まで響く大声に似鳥も同じくびっくりして変な声を上げてしまった。その驚くのもつかの間、バンッと勢いよく扉が開く。

「いたっ!」
「お、似鳥じゃん?どうしたんだこんなところで」

目の前に立っていた似鳥は開いた扉と直撃してしまう。顔の激痛に思わずその場にうずくまる。だがそれを与えた本人は悪そびれる様子もなくケロリとしている。鼻をさすりながら顔を上げるとなぜかなまおは出掛け服を身に纏っていた。文句よりも先にそんな疑問が浮かび、思わず尋ねてしまう。

「……なまお先輩、どこか行くんですか?」
「聞いてくれよ!!凛からメールがきてさ!!いまから会えないかって!!これってあれだよな!?あれですよね!?クリスマスデートのお誘いってやつ?!やっべぇどうしようついに凛と聖夜に性夜できちゃう!?やっだぁ!!!」

さっきの主人への帰りを待つ犬が嘘のように、しっぽをぶんぶんさせて似鳥の肩をばしばし叩いてくる。まくしたてるように話した内容を頭の中で整理してなんとか事態を理解はできた。その喜びようが見ているだけでも伝わってくる。狂喜乱舞という言葉がよく似合う喜び具合に驚いて痛みも吹っ飛んでしまった。

「よ、よかったです……ね?」
「おう!!そんじゃ俺いまから凛と性なる夜過ごしてくるぜ!!」

ビシッと手を挙げてなまおは颯爽と立ち去ってしまった。一瞬の出来事すぎて似鳥は声をかけることもできず、その背中を見送るしかできない。なまおが消えてしまった廊下に一人残された似鳥は、呆然としながらポツリとつぶやいた。

「……なまお先輩、大丈夫かな」

御子柴に凛からなにか聞いてないかと尋ねられたとき、出掛けの用だけ伝えたが少しだけ黙っていたことがある。
凛は出掛ける際、似鳥にいったのだ。「ハルたちに、なまおのこと紹介しようと思う」と。紹介というのはもちろん恋人としてだ。
そのあとのことは、付き合いの短い似鳥でも分かる。三者面談ならぬ、六者面談と圧迫面接並のことが行われるに違いない。そう考えるとなまおに対して同情しか湧かない。

(なまお先輩、どうか無事に帰ってきてくださいね)

手を合わせて拝みながら、似鳥は心の中でひっそりとなまおを応援したのであった。


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