■ あかいくつ


「ばにゃび!あかいくちゅほちい!」

びしっとお行儀よく手を挙げておねだりしてきたのはもちろん僕の娘のなまこだ。大人しくテレビを見ていたと思いきや、突然自分のところにきてねだってきた。子供のおねだりなんて当たり前なのだが、なまこの口から出た名前に一緒にいた虎徹さんと顔を見合わせる。

「虎徹さん、赤い靴ってあの赤い靴ですか?」
「俺の知ってる限り、『赤い靴ー履ーいてたーおーんーなーのーこー』って歌の赤い靴だろうな」
「なんですかそれ」

虎徹さんが歌ったフレーズに聞き覚えがなく、素直に尋ねると虎徹さんはやっぱりいいとなぜか肩を落とした。虎徹さんの歌は音程が外れるので本来の歌ではないのは確かだ。と、話は逸れた。

「なまえ、あかいくつって赤い色をした靴のことで間違いないですか?」
「あい!」

確認として聞き返すとそのままぽろりと外れるのではと心配になるほど勢いよく首を振る。どうやら赤い靴で合っているようだ。
だが、なまこの口から靴が欲しいなんて初めてのことだ。普段欲しいというのはお菓子か玩具ばかり、女の子らしいものは滅多に欲しがらないというのに一体どういう風の吹き回しだろう。
なまこの珍しいおねだりに疑問を抱いたのは僕だけではなかったらしく、隣にいた虎徹さんがなまこに話しかけた。

「なまこ、お前なんで赤い靴なんて欲しいんだ?」
「う?」
「あんまり洋服とか欲しいといわないでしょ、一体なにを企んでるんですか」
「企んでるってお前……」

もっと言い方あるだろ、と呆れた目を向けられたが思ったのだからしょうがない。なまこは特に気にした様子もみせず、むしろよくぞ聞いてくれましたとばかりに目を輝かせていた。

「あのねー、あかはばにゃびのいろなの!」
「……僕?」
「ばにゃび!」

どうしてそこで僕が出てきた。
子供の思考回路は単純だけど複雑だと育児書に書いてあったが本当に分からない。なまこの言葉の意図を計ろうと頭をひねる。すると、虎徹さんがなるほどと言葉を漏らした。

「虎徹さん分かったんですか?」
「いや分かるもなにもなまこはお前とお揃いにしたいってだけの話だろ?」
「はい?」

僕とお揃いにしたいだって?
話が見えず頭上にはてなマークが浮かぶ。まったく分かっていない僕の様子に虎徹さんがため息をもらした。

「バニー、お前お前の靴何色だ?」
「なにいってるんです、虎徹さんも知って通り……あ」

バカにされてムッとしながら答えようとして、そこでやっと気がついた。下を向いて自分の靴を見る。自分が履いている靴は上着と同じ『赤』のブーツだ。
つまり、本当にそれだけの話だったのだ。そこまできてまったく気づけなかった自分がなんだか恥ずかしくなった。そんな自分にお構いなしでなまえが服を引っ張ってくる。

「ばにゃびみたいなあかいくちゅほちい!」
「だってよバニー」
「……うるさいですよ」
「ねーねー!ばにゃびあかいくちゅかってよー!かーってー!!」

いつもの駄々っこモードに入り、自分の周りを騒がしく回るなまこ。隣で虎徹さんが楽しそうにニヤニヤ笑っているのが酷く腹立たしい。ここでいつもなら伸びるからからやめなさいとか虎徹さん笑わないでくださいと注意をしているが、いまはする気になれなかった。

(しょうがないから今度、買ってきてあげよう)

自分と同じ色の赤い靴、とびきり可愛いのをプレゼントしてあげよう。いったら虎徹さんに茶化されるのが目に見えていたので口にはせずに心の中だけで決意する。


後日談だがその後買ってきた靴はなまこのお気に召さず、結局新しく発売された自分モデルの男子用の赤いシューズを買うのは、また別の話。




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