■ 君を追いかけ三千里

 こんにちは、勝生勇利です!
 もうみんな知ってると思うので色々省くけどヴィクトルとグランドファイナル優勝を目指して今日も今日とて練習に励んでます!
 いまはヴィクトルのメニューをこなすために走ってる最中、これが終わったらヴィクトルに振り付け教わる予定なんだ――なんだけどね!ちょっと走る距離が長すぎやしないかな!?これ終わったあとへとへとで出来ないオチになるの目に見えてるんだけどどうなんですかねヴィクトルさん!!いわれたからには走りますけど!!
「ぜぇ……はぁ……あ、あともう少しぃ……」
 足もガクガクになりながらも、なんとかスケート場が見えていた。少しの気の緩みで止まってしまったらその場で倒れる自信があったのでなんとか踏ん張って一歩前に踏み出す。そうして頭の中で某24時間テレビでランナーへの名物応援ソングが延々と流れていたものだから一人涙ぐむ。最後まで走り抜けたところで誰も褒めてはくれなくとも、完走するのに意味がある。そう自分に言い聞かせていたらあっという間にスケート場も目の前だ。前のようにドアに激突せうぬように少しずつペースダウンをする途中で、ふと前方に人が立っていた。
(あれ、また記者かな……?)
 ヴィクトルが押しかけコーチとして日本にやってきた当初に比べ、記者の数も大分減っている。人の噂もなんとやらというのは言葉の通りで、時間が経ってしまえばいつもの長谷津に逆戻り。母さんたちは残念がってたけれど、僕としては静かに練習できるようになったから大分ほっとしている。けれど、静かになったとはいえ記者がいなくなったわけではない。何か起こったときにいち早くスクープをと張り付く記者を見るたび感心してしまう。きっと彼もその一人か、もしかしたらヴィクトルのファンかもしれない。だとしたらなんて暢気に考えながらその人物を横切って階段をかけ昇る。そのまま中に入ろうとした矢先、背後から声をかけられた。
「すみません、もしやあなたはユーリ・カツキでは」
「え、あ、はいそうですがな」
 にかご用ですか。と、応えるはずだったが振り返ってしまったら続きが途中で吹っ飛んだ。
「私はヴィクトル・ニキフォロフの知り合いなのですが、彼はこの中にいますか?」
 目の前にマフィアが立っていた。
 黒のスーツに黒のコート、おまけに黒の手袋。
 流暢な日本語だから日本人だと思いきや、まさかの外人。
 しかもヴィクトルよりもでかい。あまりに身長が高すぎて僕の体は影で覆われている。
 顔がやや厳ついというのにサングラスというオプションのおかげでさらに迫力が三割り増し。
 僕の脳内で流れているのはもちろん『ゴッドファーザー〜愛のテーマ〜』だ。そういえばあの曲って歌詞があるというのを最近知りました。なんて軽く現実逃避をしつつ、何もいわずにそっとその場で正座する。
「どうかしましたか?」
「……だけは」
「えっ」
「命だけは勘弁してくださいっ」
 日本人は身の危険を感じると場所関係なく土下座する。そんなのフィクションだなんて笑ってた時期、僕にもありました。
 いきなり目の前で土下座をした僕に対し、マフィアの人は焦った様子で僕にかけ寄ってくる。
「な、なぜジャパニーズドゲザをしてるんですか!?」
「すみませんすみません、僕ここで死ぬわけにはいかないんです! 僕はヴィクトルと一緒にグランプリ・ファイナルで優勝しなくちゃいけないんです! 眼鏡はいくら割ってもいいんでせめて命だけは見逃してください!!」
「メガネを割る!? 一体どうしてそうなったんだ!」
 床にめり込むほど頭を床に擦りつける僕に対し、マフィアの人は頭を上げるように催促する。顔上げて銃突きつけられてたらどうしようなんて焦ってるマフィアの人の声も耳に入らず床に飲める込むほど額を擦り続けた。
「ワオ! ユウリなんでジャパニーズドゲザやってるんだい!」
 この場にはそぐわない底抜けた明るい声が緊迫(と僕だけは思っている)した空気をぶち壊す。顔を上げると室内から目を輝かせたヴィクトルが走ってきていた。その手にはなぜかスマフォ。待って、もしかして僕の渾身の土下座を撮影する気なの?絶対インスタに上げる気だよね?
「ヴィクト「ヴィクトル見つけたぞ!!!」
「……えっ」
 さすがにそれだけは勘弁して欲しいと声をかける前に遮られた。外に行るのは僕とマフィアの人だけ、そうなれば声の主は一人しかいない。正座している僕を置いてマフィアの人はずかずかとと室内に入っていく。慌てて呼び止めようとするがそのまえにヴィクトルが話しかけていた。
「あれ、なまおなんでここにいるの?」
「えっ」
「なんでもないだろう! 君が突然いなくなったから探してたんだ! そしたらインスタでここにいると分かったから来たんだぞ!」
「えっ?」
「なんだいそれ、まるでストーカーみたいじゃないか。君ほんと僕のこと好きだね」
「ええっ!」
「Mr.カツキに変な誤解を与えるんじゃない! 俺は君のSPなんだからついて来るのは当たり前だろう!」
 SP?テレビのだけしか聞いたことない単語に目を見開く。
「ヴィクトルちょっと」
「ユウリ、いつまでそこに座ってるんだ? コーチとしては膝を冷やすなんてことはして欲しくないんだけど」
「あ、はいすみませんっ」
 笑顔で注意を受け、ぞくりと走る悪寒を見逃さずにすぐさま立ち上がる。ジャージについたゴミや埃を落としているとヴィクトルが面白がっている様子で僕とマフィアの人を交互に見た。
「さっきの光景を見る限り、どうせ彼をマフィアかなにかと勘違いしたんだろ?」
「うっ、そ、それは……」
「いいっていいって、勘違いするのは仕方ないさ! なまおも怖がられるの分かっててそういう格好するのいい加減やめたらどうだい?」
「……生憎、君と一緒にいたせいでこういう服しか持ってないんだ」
 だから自分は悪くないといっているが、自身も結構気にして入る様子で気まずそうにサングラスを外した。
「なまお・みょうじだ、先ほどは驚かせてしまってすまない」
 以後よろしく頼む、と僕に向けて手を差し出した。ここは握手をする場面だというのに、僕はまじまじとマフィアの顔を見つめてしまう。サングラスの下から表れた目は、厳つい見た目通りの切れ長だ。外しても顔が怖いのは変わりないが、サングラスを外してくれたことで彼が誰かやっと理解して声を上げてしまう。
「ぬ?!」
「「ぬ?」」
「あっ、ええとなまお・みょうじですよね!?」
「あれ、ユウリ知ってるの?」
「知ってるもなにも、ヴィクトルの専属SPじゃないか!!」
 なまお・みょうじ、ヴィクトルファンの間で彼を知らない人はいない。リビングレジェンドであるヴィクトルは、その類希なる才能だけではなく世界の色男と呼ばれるくらいに容貌にも恵まれていた。何せ『抱かれたい男TOP3』に堂々と入るくらいなのだ。老若男女問わず魅了する色男、それがヴィクトル・ニキフォロフ。故に、世界中にファンがいるが中には過激すぎるファンも多い。彼の過激なファンが起こす事件はスポーツニュースで賑わせていた。そんなヴィクトルに危険が及ばぬように、大会開催中以外ではつねにSPがついていた。それがなまお・みょうじ、『ヴィクトル・ニキフォロフに最も近い男』だ。
 なまお・みょうじは移動中に限らずプライベートでもヴィクトルのそばから離れず、影のように気配を消して彼にぴったりと付き添っている。彼がSPについてからというもの、トラブルが起きる前に颯爽と現れて対処してくれるおかげでヴィクトルのファントラブルが激減した。そんな優秀なSPはヴィクトル関連の記事には決して写ることはないのになぜかヴィクトルのインスタには度々登場するので界隈では結構知られた存在だ。ファンの間では彼を『リビングレジェンドの守護者』とか『ロシアのニンジャ』なんて呼ばれている。ちなみに日本では高身長でありながら見えない壁の如くヴィクトルを守る彼に経緯を称して『ぬりかべ』と呼ぶ。最初に僕が呼ぼうとしたのはそれ、とっさにぬりかべと叫ばなかった自分を褒めてやりたい。
「よかったね、君有名人じゃないか」
「そうなった原因は100%ヴィクトルのせいだろう、俺を無断で盗撮した挙げ句インスタに上げたせいでこっちはSPなのに顔や名前はおろか趣味まで知られてるんだぞ。SP仲間の間じゃいい笑い者だ」
「なまおがただ顔が怖いだけのいいやつだって知って欲しかったんだよ」
 そのおかげで趣味も捗ってるだろ?と反省もなくむしろ自信ありげにウインクしてみせるヴィクトル。なまおは何か言いたげな顔をするが何も言い返さず、憎らしげに舌打ちをする。ちゃんとインスタの恩恵は受けているようだ。
 二人のやりとりを眺めながら、ヴィクトルがやっぱりヴィクトル・ニキフォロフなのだと再認識する。そんな彼が自分のコーチをしているんだと優越感に浸っていたが、ふとある疑問が浮かんだ。
「そういえばヴィクトルなんでええと」
「なまおでいい、俺もユウリと呼ばせてくれ」
「わかった、なんでSPであるなまおを連れてこなかったの?」
 僕の前に現れたヴィクトルはSPであるなまおもつけず一人で温泉に入っていた。プライベートでさえ一緒に行動していたというのに、どうして彼を置いて長谷津まで来たのだろう。そんな疑問をそのままぶつけると、ヴィクトルは目をぱちりと瞬きをし、少し間を置いてから「ああそのことね」と軽い調子で答える。
「だって彼が契約していたのは選手の俺とだろ? 休業してコーチになったんだから契約なんて切れたようなものじゃにないか」
「馬鹿をいうな、君が勝手に休業して日本に来ただけで契約が解消されたわけじゃない。それにヤコフからも君の面倒を見てこいといわれている」
「ええー、それってつまり監視役で来たってことじゃないか。二人は俺をいくつだと思ってるのさ」
「それだけ周りに迷惑をかけてきたってことだ、いい加減自覚してくれ」
 腕を組んでため息を吐き出すなまおだが、その声色からは怒りは全く感じられない。どちらかといえば手の掛かる弟に対して呆れだった。ヴィクトルもヴィクトルで僕の手前なのか居心地が悪そうにしている。こんなヴィクトル見たことがないから物珍しさから二人を黙って眺めていた。すると、なまおは手を上げるとヴィクトルへ伸ばした。
「それにヴィクトルが選手からコーチに変わったくらいでSP辞めるわけないだろ、こんな自由気ままで危なっかしいんだから片時も目が離せないさ」
 そういってヴィクトルの頭に手を乗せるとそのままくしゃりと撫で回した。なまおのヴィクトルに向ける視線はSPにしては優しい過ぎる。例えるなら世話の焼ける弟を見守るような、姉ちゃんが僕に向けるものに近い眼差し。ヴィクトルは小声でやめてくれなんて抗議をしているけれどなまおの手を振り払おうとしない。恥じらいや照れがありながらも、嫌な気はしないといった表情は以前ヴィクトルに誉められたユーリのときと同じだった。
 こんなヴィクトル、初めて見た。僕なんかでは到底引き出せない。それもそのはずだ、なまおはヴィクトルが10代のときから一緒にいるのだ、それだけの長い付き合いであればこうした気心知れた仲になるのも当然といえる。二人の長年培った信頼関係をありありと見せつけられた気がした。
 一人疎外感に苛まれていると、ヴィクトルが撫でる手を掴んだ。
「……本当にそれだけなのか?」
「なにが」
「俺が好きだからここまで来た、とかじゃ?」
 するりと指先なまおの手の甲を撫でる。彼の真意を探ろうと向ける流し目に色を汲み取り、ドキリと胸が跳ねる。まさか、まさかあのヴィクトルとなまおが?見てはいけないものを見てしまった後ろめたさがありながらも、二人のやりとに目が離せない。僕だったらすぐに首を振ってしまうだろう。だが、その予想は大きく外れ、ヴィクトルの流し目をものともせずなまおは怪訝な顔でヴィクトルを見下ろす。
「嫌いだったらとっくに転職決めてるだろう、今更なにいってるんだ」
「……そうか」
 そのとき僕は見逃さなかった。なまおが見えないところでヴィクトルが舌打ちをしたのを。あっ、これなんか見たら駄目な奴だ。本能的に危機感を察して一歩引こうとする前ににヴィクトルはなまおから離れ、いつもの笑顔に戻っていた。
「ところでなまお、君泊まるところあるのかい? いっておくけど、このあたりで泊まれる場所なんてユウリのところぐらいだよ」
「えっ」
 なまおの視線が僕へと向けられる。確かに泊まる場所はこの近辺だと『ゆーとぴあかつき』だけだ。だが、少し遠いけれどホテルは探せばいくつか存在している。というのを答えたいけれど、笑顔を浮かべるヴィクトルからの無言の圧力に耐えきれず、コクコクと頷いてしまう。僕の返答にうなだれるなまおにヴィクトルは仕方ないなと肩を叩いた。
「君には少し狭いかもだけどユリオが使ってた部屋で寝泊まりしなよ」
「ユリオ?」
「なまおがよく知ってる方のユーリのことさ、二人もユウリがいたからややこしくてね」
「ユリオ、なるほど今度からそう呼ぶか」
「あはは、君が呼んだら絶対怒られるからやめといたほうがいいぞ」
 ただでさえ君毛嫌いされてるんだから、とヴィクトルからの容赦ない突きになまおは顔を歪ませる。同じユーリに嫌われている者同士、少し親近感を覚えた。いやそれよりも、また居候が増えているのを指摘するべきか。しかし、二人の和気藹々と話す光景を見てしまうと指摘するのも躊躇う。これは帰りに母さんたちに電話しないとだ、とほほと肩を落とした。
 ヴィクトルはせっかく来たのだからとそのままなまおをスケートリンクへと案内する。我に返った僕も二人のあとを急いで追いかけた。ヴィクトルとなまおの背中を追いかけながら、先ほどのヴィクトルの言葉を思い返す。
(二人が仲いいのは分かったけど、ヴィクトルの言動とか行動とか……いやまさかな)
 だって世界の色男と謳われるヴィクトル・ニクフォロフ。世界中の女性を魅了する彼が、まさか……ねえ?
 ぶんぶんと頭を振って邪念を追い払う。これ以上考えたら変な誤解を生みそうな気がした。絶対に違う……と、思いたい。そんな気持ちを振り払おうと頬を思いっきり叩いた。ちょっと力が入れすぎて涙が出たのは僕だけの秘密だ。
「そうだ、ユウリと名前もう一回ジャパニーズドゲザしてくれない? せっかくだからインスタに載せたいんだけど」
「「それは絶対に駄目です(だ)!」」
「ちぇっ、ケチだなぁ……」


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