■ 嘘と一緒に針を飲め

※このお話はGE→血界といったトリップものです。NOT主人公。
※GEネタが結構出てます。分からない方は回れ右で。
※スティーブンが損な役回りでちょっと女々しいです。苦手な方は回れ右でお願いします。




「俺が『人』じゃなくなったら、スティーブンが俺を殺してくれよ」

 それはいつかの酒の席でいわれた、酔っぱらいの戯れ言だった。まだ自分もクラウスも牙狩りとして世界中を飛び回っていた頃の話だ。
 男の名前はなまお・みょうじ、牙狩り歴5年とこの仕事をやっている奴の中ではまだまだひよっこに入る。
 酒が相当回っているのか、へらへらとだらしない笑みを浮かべる目がいまにも瞼が落ちかけている。
 なまおの発言に特に驚きもせず、ふうんと適当に相槌を打って持っていた酒瓶に口をつけた。
 なまおの言葉に驚きなどなかった。耳にタコができるほど、色々な奴にいわれてきた台詞だったからだ。なんの力も持たない奴に限って、クラウスや自分の力が特別だと思っている節がある。自分たちを神とでも思っているのか、バカバカしくて鼻で笑い飛ばしたくなる。
 ただ、なまおがそんなことをいうのは意外だった。

「なんだ、いつもバズーカ振り回すなまおにしては弱気な発言じゃないか」
「バズーカじゃなくてブラストだっていってんだろ、いい加減覚えろよー」
「はいはい、それでいきなりどうしたんだ。そんなに今回の任務堪えたか?」
 
 今回の任務は村一つが転化させられ、BBの討伐兼転化した村人の処理であった。牙狩りでは一番多い任務、なまおだって何度も経験している。
 転化された人間は元には戻れない、助ける方法なんて一つしかないのだ。それで一々凹んでいたらこの仕事はやっていけない。
 今更なにをいってるんだと目で訴えるとなまおは首を振って否定する。

「違ぇって、ただ俺もあいつらとそう変わんねぇなって思っただけ」
「はあ? 全然違うだろ」
「同じだろ、俺の場合はいつそうなるか分からない話」

 腕を上げて手首に装着している『腕輪』を見せる。宝石が埋め込まれた洒落たものでもパンク系が身につける刺々しいものでもない。
 なまおの手首の二回り以上も大きく、境目のない頑丈なそれは簡単に取り外せる設計とはいい難い。現になまおがそれを外してるところは一度として見たことがなく、どんなときもその腕輪を身に付けている。
 その腕輪を見るたび、真っ先に浮かんだのは手枷だった。
 それをなまおの前で口を滑らせてしまった際、「あながち間違っちゃいねぇな」と悲しげに笑っていたのを今でも忘れられずにいる。
 ひらひらと手を振るなまおの腕輪をじっと見つめ、ふうとため息を吐き出す。

「……『アラガミ』だったか、もう五年も経ってるが何も変化ないんだろ」
「まあな、でもほらもしもの場合があるだろ」
「もしも、ねえ」

 そのもしもが事実なのか、スティーブンは何度目か分からない思いを口にはせずに酒を流し込んだ。

 なまお・みょうじは異世界人だ、と本人はいっている。
 彼がいうには自分のいた世界は『アラガミ』という化け物が蔓延り、そいつらのせいで人口もこっちの世界よりも半分近く激減しているのだそうだ。
 なまおはそのアラガミを狩る者―――神機使い(ゴッドイーター)としてアラガミと戦っていたという。そして彼が扱う武器は、そのアラガミに対抗するための神機であった。
 傷だらけのなまおを拾い、手当をしながらたどたどしい英語で語ったのはもう5年も前になる。
 正直、その話を聞いたときは頭の病院に行かせるべきだと本気で思った。SFの読みすぎて空想と現実がごっちゃになってるのだと信じて疑わなかった。それだけなまおの話はぶっ飛んでた。だが、それ以上にその話を信じたクラウスはなまおを上回るぶっとびっぷりだった。
 もう駄目だこいつらと関わるのもこりごりだったというのに、一体なんの因果かこうして一緒に牙狩りなんてやっている。なまおと出会ったのは5年前、もう5年の付き合いだ。なまおは未だ自分を異世界人だといっているし、自分もまたそれを信じたふりをして話を聞いている。付き合いも長くなれば適当な相づちもお手のものだ。

「お前の話じゃ、薬を投与をし続けないと暴走してアラガミ化するんだろ。それを投与しないでもう5年だ、なら平気なんじゃないか」
「うーん、そこは俺も不思議なんだよな……なんで俺アラガミ化しないんだ?」
「知らないよ、僕はそのゴッドイーターじゃないんだから」

 なまおの話を信じない理由はこれだ。本人曰く、神機使いはアラガミと対抗するためにアラガミの細胞を投与するのだそうだ。いわば半分アラガミといってもいい。そのため、投与し続けなければ細胞が暴走してアラガミ化してしまう。
 だが、なまおはこの5年の間にアラガミ化していない。5年も投与していないのに一切変化もない。その時点で矛盾が起きている。本人はそれに気づいているがそれでも頑なに異世界人だといい続けている。
 これ以上話しても堂々巡りなのは経験済なので話題のすり替えを試みた。

「そんなことより、どうして僕にいうんだ」
「え、なにが」
「さっきの言葉だよ、介錯人なんて僕じゃなくてもできるだろ」

 仕事中に転化した仲間を処理した経験はもう両手では足りない。実際のところ、つい数日前まで酒を交わした仲間を殺したあとの気分は最悪といってもいい。
 あっさりと自分に介錯人を頼む目の前の男の神経を疑う。疑問をぶつけるとなまおは瞬きを数回する。

「そんなのスティーブンなら躊躇いもなく殺してくれそうだからに決まってるだろ」
「……まるで人を冷血漢みたいにいうな」
「いやそういう意味じゃなくて、お前ならそういう情とか抜きにして殺すだろ」

 こいつ何をいってるんだと顔に書いて首を傾げる。むしろこっちの台詞だ。こいつ、自分を人間じゃないとでも思ってるのか。氷漬けにしてやりたい衝動をぐっと堪える。

「そりゃあ仕事だからたとえ仲間でも殺らなきゃこっちが殺られる、だからといってまだ人間の相手からいわれたって素直に頷けるわけないだろ」
「前の世界じゃダチにお願いしてたけど、こっちだとお前とクラウスくらいしか頼めないからさー頼むよスティーブン先生ー」
「その呼び方やめろ、だったらクラウスに頼んだらいいだろ。あいつだったら了承してくれる」

 クラウスならあの強面で悩みに悩んで頷くだろう。クラウスはそういうやつだ、どんなに人がよくても人類の平和のために選ぶべきものを重々理解している。
 自分なりにいいチョイスだと自画自賛する。しかし、なまおは駄々っこみたいに首を横振ってみせる。

「してくれるだろうけど、それでも俺はスティーブンがいい」
「……理由は」

 そこまで自分にこだわる理由が知りたくなり、好奇心に逆らえず理由を催促する。
 なまおは瓶をゆらゆらと揺らし、中の酒を覗きながら語りだす。
 
「俺、お前の出す氷が好きでだな」
「へぇ、悪趣味だな」
「本当にな、俺の人生の汚点」
「おい」
「冗談だって、それでもしも俺が人に戻れなくなったときに」

 この世界で殺されるなら、スティーブンの氷で殺されてもいいって思った。

 眩しいものを見るように目を細めてはにかむなまおに絶句した。なんて言葉をかけるべきか全く浮かばずになまえを凝視することしかできない。
 自分の氷が好きだから、そんな下らない理由で選ばれる身を考えてほしい。好きだけで介錯人に選ぶ名前の神経を疑ってしまう。生にそこまで執着していないのか、はたまた何も考えてないただの馬鹿か。なまおの性格からして後者が有力だ。
 こんな下らない話、相手にせずに鼻で笑ってスルーすればいい。だというのに、あんまりにも嬉しそうに語るものだから―――それなら仕方がないなんて思ってしまった自分も相当酔っていたのだろう。
 聞いてるこっちが恥ずかしくなってがしがしと頭をかいて照れを誤魔化す。

「ああもう分かった、分かったよ。なまおがそのアラガミになったら僕の氷で殺してやる、それでいいだろ」
「よしいったな! 約束だからな!」

 承諾した途端、さっきのはにかみがすぐさま輝かんばかりの笑顔に変わる。頭に犬耳が見えるのは気のせいだ、しっぽが揺れているのもきっと幻覚だ。そう言い聞かせていると、突然なまおが小指を立ててずいっと自分の前に差し出してきた。

「……いきなりなんだ」
「指切り、知らねぇの?」
「知らない、初めて見た」
「ええっ、マジかよ……お前の初めて奪ってごめんな」
「その言い方やめろ」

 申し訳なさそうに謝られてもさらに誤解を招く。そのせいでさっきまでどんちゃん騒ぎだった周りがこっちに意識を向け始めた。「え、あいつらそういう関係だったのか?」「なんだお前知らなかったのか?」「んでどっちが掘られてるんだ?」なんていってるやつら、後で覚えておけ。というか知らなかったのかってなんだ、まるで前から出来てるみたいないい方やめろ。
 頭痛を覚えて米神を押さえている間になまおは自分の手を掴むとそのまま自分の小指に絡ませてきた。おいと窘める前になまおが歌い出す。

「指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます」
「……明るいメロディの割に物騒すぎる歌だな」
「俺の国じゃこれなんだって、それ指切ったー」 

 歌い終わると同時に勢いよく小指を離した。歌詞を聞けば約束というよりかは契約ともいっていい、破れば針千本飲まされるだなんて重すぎる。
 絡ませていた小指をじっと見つめているとスティーブンとなまおを自分を呼ぶ。

「約束だぜスティーブン、俺がアラガミになったらお前が俺を殺してくれ」

 たかが約束、なのになまえは心底嬉しそうに微笑む。
 安心しきったそのだらしない顔を、数年経った今でも脳裏に焼き付いて離れられずにいる。



 そんな呪詛みたいな約束は、結局のところ果たされることはなかった。
 なまおが元の世界に帰ったからだ。
 何度もあの約束を取り付けておいて、なまおはあっさりと俺たちにさよならを告げる。

「じゃあなスティーブン、お前に会えてよかった。こっちでもやっていけたのはお前とクラウスのおかげだ」

 彼は最後まで化け物にもならず、清々しい顔で自分に別れを口にする。
 あまりにも唐突に、知らぬところでなまおは元の世界へ帰る術を見つけ、そして呆気なく関係を切って見せた。
 あの様子じゃ約束のことなど忘れているだろう。
 散々介錯人になれといっては小指を絡めて約束したのをなまおの中でなかったことになっている。晴れやかな笑顔が証拠だった。
 嘘つきめ、心の中で吐き捨てる。

 (お前が化け物になったとき、一体誰がお前を殺すんだ)

 いますぐ襟首掴んで問いただしてやりたかった。しかし、それはまるで行くなといっているようで、そんなみっともない姿を曝すなどプライドが許さない。ましてや相手がなまおなら尚更だった。
 自分の氷が好きだといったくせに、自分の氷で殺されたいといっておいて、そんな思いが沸々と湧き上がっては無理やり蓋をする。 
 喉から出かけた罵倒を飲み込んで笑顔を作った。自分の中では100点満点といっていい、完璧な笑顔だ。

「……ああ、さよならなまお」

 いっそ遠い昔に交わした指切りの歌の通り、お前の好きな自分の氷で作った針千本を飲ませてやればよかった。
 だが、実行したところで自分の行き場の無い思いが晴れることはないのは自分が一番分かっている。
 分かっているから、今の自分が酷く滑稽で思えて仕方がなかった。


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