■ リアリストは運命を信じない

※こちらの話はオメガバースパロです。実際の設定との違いがある場合もあります。そこのあたりはご了承ください。
※『運命は13日の金曜日』の別視点となります。
上記二点をご理解の上閲覧をお願いします。



 スティーブン・A・スターフェイズはリアリスト<現実主義者>だ。
 ロマンや夢で腹は膨れないのは子供時代に得た教訓だ。成人を迎えてから何年も経つが、仕事柄そんなもので命を落とした同業者を何人も見てきている。
 時に女にロマンチストぶって愛を囁いたりもする。そうすれば大抵の女はころっと騙されてくれからだ。内心では馬鹿らしいとあざ笑ってるのなんて知らず、甘い声とキスを与えればあっちも満足する。
 
 そんなスティーブン・A・スターフェイズはβだ。αと間違えられるが、残念ながらスティーブンは中間・普通・一般人なβなのだ。
 第二の性の中でも中間種にいる彼がαとΩの『運命』に関してさらさら信じる気がないのは仕方のない話かもしれない。


 一体今日で何人目だろうか。離れていくΩの背中を見送ってため息を吐き出す。その隣でさらに重いため息をこぼすしたのは相棒のクラウス・V・ラインヘルツだ。自分以上にぐったりしている彼に慰め代わりに軽く肩を叩く。

「さすがの君もお疲れのようだなクラウス」
「スティーブン……すまない、君にばかり対応させてしまって」
「謝るなって、君より俺の方が向いてるから買って出てるだけさ」

 だから気にしなくてもいいと笑顔を向ける。だが、それはクラウスには逆効果だったようで、恐縮してぶわっと汗が放出していた。自分にばかり任せてしまうのが相当気にしているみたいだ。せっかく作った笑顔も苦笑いに変わる。

「君ももう少し気楽にいったらどうだ」
「そんなこと」
「できるはずないよな、君の性格上は」

 自分たちがいまいるのはとあるチャリティパーティーの会場だ。自分たち牙狩りがいるのだから表向きは、だ。今回の会場に『血界の眷属(ブラッドブリード)』が参加していると情報が入った。
 このパーティー、界隈でも有名なΩ斡旋組織が主催している。参加者はαがメイン、番または囲っているΩを連れ、他のαに提供してパイプ繋ぎに使う。または、番のいないΩを新たに手に入れるのも可能らしい。そこに血界の眷属が紛れ込んでいるとなれば、αと装って新たな獲物を狙う可能性もなきにしもあらず。
 その調査として自分とクラウスが選ばれた。自分たちが選ばれたのはもちろん理由がある。このクラウス・V・ラインヘルツは第二の性最上位のαだからだ。性別も家柄も申し分ない、問題なのは厳つい見た目と愚直ともいえる厳格な性格。このような場所では色々と悪目立ちしてしまうため、補助役としてよく任務でタッグを組む自分が選ばれた。

「君も災難だね、αってだけでこんな任務押しつけられるなんて」
「ここに血界の眷属がいるという可能性が少しでもあるならば、それを密封するのが私たちの勤めだ」
「それもそうだけどさ、でもクラウスこういう場所嫌いだろ」
「それは」

 さっきから嫌悪を隠し切れていないのを気づいてないと思ったのか。非人道的な行為をひと一番嫌う彼としては耐え難いのだろう。指摘してみればクラウスは押し黙ってしまう。口にはしないが態度が分かりやすい。本部もよく彼をこの任務に就かせたものだと半ば呆れつつ、クラウスの言葉を待つ。どう答えるべきか迷った様子を見せるも、間を置いて口を開いた。

「……こういう会場があるのは耳に入ってはいる。だが、なぜ自身の番をビジネスの道具として使うのか、とても理解に苦しむ」
「番だからだろう」
「?」
「番だから好きにしていいと思ってるのさここにいる奴らは、彼らにとっちゃΩは人間の姿をした家畜程度にしか思ってないんだろう……おい睨むなよ、別に僕はそう思っちゃいない」

 鋭い目つきのせいで少し睨まれるだけで凄みが格段に上がる。年下の、まだ牙狩りとしては新人ともいえる立場なのにこの迫力はαだからなのか、いや100%見た目のせいだ。
 ひと睨みされて肩が竦んだのを誤魔化すためにやれやれと首を振る。

「クラーウス、君の御両親が『運命の番』だったから君もΩを擁護したいのは分かる。だけど君の御両親のようになれない番だっているって話さ」

 そうだろ?と同意を求めてもクラウスは言い返さなかった。いや、いえなかったの方が正しいのかもしれない。
 自身の両親以外の番を自分以上に見てきているはず。運命でないにしろ番になった者、無理矢理番にさせられた者、むしろ番以前にただの慰み者として扱われる者、βの自分でも様々なαとΩの関係を見てきた。αのコミニティで育ったクラウスが知らないはずがない。
 だが、分かっていても認めたくない。口にはせずとも空気出伝わった。

「俺からすれば、パーティーに参加してる番たちより運命の番の方が可哀想だと思うけどね」
「それはどういう意味かね」
「確率的な問題さ、この世界に一体どれだけの人間がいると思う?αとΩの人口が少なくとも、βという大衆の中から唯一無二のΩを探すなんて……しかも会ったこともない相手と自分の意思関係なく番になるんだぜ、俺だったら怖くてできないな」

 世界はβ人口が一番多く、αとΩの人口はβの半分以下といわれている。それでも地球上で生存している人間を考えれば結局αもβもΩもみんな一緒だ。
 そんな人で溢れ返った世界の中で、たった一人の番を見つける。いってしまえば砂漠の中に一粒の砂金を探すようなものだ。それを運命と呼ぶにはなんとも惨い話だ。
 それで見つけられたとしても、初対面の相手と番になるとは相当なハイリスクではないだろうか。出会ってしまったら抗えないと聞くが、本当にそうならば同情もしたくなる。そういうとき自分がβでよかったと思うのはクラウスには口が裂けてもいえない。
 黙り込んでしまったクラウスに、少し意地悪く言い過ぎたかと反省する。これをクラウスを可愛がる年の近い隻眼の彼女が見たらまた怒られるだろう。
気まずい沈黙が流れる中、そろそろ謝罪するべきかと思い直したところで沈黙を破ったのはクラウスからだった。

「スティーブン」
「なんだい」
「君のいうとおり、生を全うするまでに運命の番に会えるか難しいかもしれない。ましてや、会えたところで両親のようになれるかも分からない」

 そこで一端言葉を切り、深く息を吐き出してから再び発話する。

「だが、もし私だけの『運命』に出会えたならば、私は―――」

クラウスが何を発したのか、理解した途端に言葉を奪われた。得意のポーカーフェイスも崩れ、驚きも隠すことができず、クラウスを凝視する。
 自分が口を閉ざしたのにいち早く気付いたクラウスは「スティーブン?」と心配そうに呼びかける。呼ばれてハッと我に返り、見つめていたのに気がついて視線を外す。だが、脳裏に浮かんだ疑問が拭えず、確認として彼にぶつける。

「……もしそうなら、君はそれがどんな相手でもそうするのか」
「無論、『運命の番』ならば当然だ」

 躊躇もなく、迷いも見せず、疑いも一切持たずに言い切った。むしろなぜそのようなことを聞くのかとでもいうのような堂々とした姿に言葉を失う。
 これがαなのだろうか、βの自分には理解できない思考についていけない。
 
「スティーブンもしや気分が悪いのではないだろうか、いま誰かに水を……」
「いや、いいよ。なあクラウスさっきの言葉なんだが」

 瞬間、隣から熱気が襲ってきた。クラウスだ。あのクラウスから湯気が出ていた。熱さと驚きのあまり取り繕うのも忘れて身を引いてしまう。

「く、クラウス一体どうしたんだっ!?」
「……見つけた」

 クラウスの声はとても固かった。その固さから出る僅かな震えが、溢れ出そうな激情を必死に押し隠そうとしてるのが伝わる。エメラルドグリーンの瞳孔が限界まで開きように、極度の興奮状態に陥っている。
 どんな敵を前にしても冷静でいるクラウスがここまで興奮するなんて滅多にない。すぐさま戦闘態勢に入ろうとしたところでクラウスに制止される。

「どういうつもりだクラウ血界の眷属見つけたんだったらすぐに処理しないと」
「違う、違うんだスティーブン……やっと、見つけたのだ」
「だからなんなんだ」

 一向に応えようとしないクラウスに苛立ちを覚え始める。クラウスは興奮のあまり周りが見えていないようで、ただ一点を見つめて譫言を繰り変えず。一体なにが彼をここまで駆り立てたのか、原因追究のためクラウスの視線の矛先を辿る。
 α、Ωと入り乱れる中、判別するのは困難だ。クラウスの巨体さに好奇の目を晒す者も少なくはない。いまのクラウスにはそれさえも目に入っていない状態なのが救いだろう。だが、そんな中で一人だけ他とは違う人物がいた。
 その人物は自分と同い年くらいであろう男だった。興奮と絶望が入り交じったなんとも矛盾した表情のまま、自分たちを見ている。αにしては年が若く、α独特なオーラも感じさせない。しかし、上等なスーツに身を包んでるのを見ればパーティーの参加者だろう。消去法でいけば一つしかない。Ωだ。そう、Ωなのだ。
 クラウスの異常なまでの興奮、視線の先にいたΩ、そこから成り立つ答えは自分の今までの価値観をぶっ壊すものだった。

「まさか君」
「嗚呼スティーブン、なんということだ。ついに、見つけた……私の【  】」

 興奮のあまり、最後の言葉だけ母国語に戻っていた。それでもいいたいことはすぐに分かる。だからこそ、この状況を受け入れきれない。

(おいおい、誰か嘘だといってくれ)

 スティーブン・A・スターフェイズはリアリスト<現実主義者>。
 偶然も必然も、ましてや運命だなんて信じない。あるのは目の前の事実のみ。

 そんな彼が全く信じていなかった『運命の出会い』を目の当たりにした瞬間は、彼の今までの価値感を粉々にぶっ壊した。



「え、それで旦那仕事放っぽり出して運命の番ちゃんとズッコンバッコンしちゃったんスか?」
「ってなりかけたところでなまおを囲ってたαと鉢合わせ、激昂のあまり自ら血界の眷属だとバラしてくれたおかげで無事密封できた。発情してもちゃんと仕事を全うするあたり、クラウスの鋼の理性には感服だよ」
「うっわ愛人をNTRたうえに浮気相手に密封されるとかそいつすっげぇ悲惨!!」

 ウケる!!とどうやらツボにはまったらしいザップは少年の頭をばしばし叩きながら爆笑している。隣で「ちょ、痛いっすザップさん!あんた絶対わざとでしょ!?」と少年が必死に止めようと試みてるが残念ながらザップが聞き入れるわけがない。少年がんばれと心中で応援してやった。

「でもクラウスさんもよかったですね、なまおさんとそこで出会えたからいまがあるんですから」
「……ああして丸く収まってくれるまで色々大変だったけどね」
「え、そうなんですか?」

 少年としては二人が出会ってめでたしめでたしだと思っていたのだろう。なまおもなまおで出会った話しかしていない。色々はぶきすぎである。驚いた様子の少年にちょっとした問題を投げかける。

「少年思い出してみろ、なまおはクラウスに会うまでどうだった?」
「ええと、確か番なんてクソくらえと思って……え、でもクラウスさんと会ってその考えも変わったんじゃ」
「それは発情期のときだけ、それが過ぎてしまえばなまおも正気に戻ってしまったのさ」
「……つまり」
「番であるクラウスに、あいつはこういったらしい」

『ひっじょうに不本意だがお前と番にはなっちまったのはもういい、だがお前とどうこうなろうとはコンマ1ミリも思ってない。せっかく自由になったんだから俺は俺の好きにやる、な・の・で!お前とは発情期以外では会わないぞ。お前は棒で俺は穴、それ以外の関係は絶対認めないからな!』

「だ、そうだ」
「ウワァ」
「ギャハハハハ!!旦那ザマァ!!」

 呼吸困難に陥るほど一人腹を抱えて笑い続けるザップはもう無視だ。少年も少年でさすがに同情している様子。頑張って笑おうとしてはいるが口元がひきつっているため失敗に終わっている。少年はそのまま隣に座っている人物へ言葉をかけた。

「なまおさん、よくクラウスさんにいえましたね」
「悪い、全く覚えてねぇ」

 悪そびれもなくあっさりといってのけた人物ーーーもとい、クラウスに先ほどの台詞をぶつけた張本人であるなまおにレオががっくりと肩を落とす。

「にしてもスティーブン、なんでお前がそれ知ってんだ?」
「恋愛に不慣れな坊ちゃんが君に振られるたびに報告してくれてたから嫌でも覚てしまったのさ」
「あー、そりゃまたお疲れさまだな」
「全くだよ、君たちのおかげで僕らがどれだけ苦労したか」

 大げさにため息を吐き出すも、なまおがそんなもので反省などしないのは長い付き合いで知っている。現に喉を慣らして笑い続けている。なまおからすれば懐かしい思い出程度にしか思っていない。こちらからすれば懐かしくもなんとも苦い思い出である。
 とまるでタイミングを計ったかのようにドアが開いた。入ってきたのは話題の中心人物のクラウスだ。自身が育てている植物の水やりがちょうど終わったようだ。

「往生せいや旦那ぁああああああ!!」

 クラウスの姿を捉えるや、勢いよく突進していくザップを黙って見送る。数秒もしないうちにノックダウンされるのはもう誰もが分かりきっていることなので特に気にする必要はない。持っていたマグカップに口をつけ、温くなったコーヒーを肺に流し込む。クラウスに瞬殺されるザップを楽しげに眺めているなまおを眺めてたところで、不意に浮かんだ疑問を何気なく聞いてみた。

「そういえば、君ってクラウスに最後なんていわれたんだ」
「最後って?」
「あれだけ拒否し続けてただろ、それを突然クラウスの交際の申し出受け入れたじゃないか。一体なにをいわれて承諾したんだ」


 いま思い出せば、本当に不思議で仕方ない。なぜ、なまおはクラウスを受け入れたのだろう。
 ずっと探していた『運命の番』からの拒絶されたクラウスの消沈っぷりは凄まじかった。クラウスはなまおにいわれた台詞を一字一句完璧にいってのけてから、ぽつりとこぼした台詞は未だに記憶に残っている。

『スティーブン、一体私は何を間違ってしまったのだろう』

 答えが見つからず、途方に暮れるクラウスの姿は失礼な話だが初めて年相応に映った。
 あのとき年上らしく、教えるべきだったのかもしれない。しかし、これはクラウス自身が見つけないといけない問題なのは重々理解していた。

 確かに、愛だった。あのときのクラウスはΩのなまおを確かに愛そうとしていた。
 だが、それは『運命の番』が前提となる。結局のところ、クラウスのなまおへのそれはαの本能から生じた『執着』でしない。
 あのパーティーで自分の問いに答えた『運命の番ならば』がそれを表している。
 クラウスのいう『どんな相手でも』というのは『どんな相手だとしても【運命の番】ならば誰でも同じ』といってるようなものであった。それはαとして生を受けた呪いともいえる刷り込み。クラウスはそれを自分の本心だと信じて疑わなかった。クラウスは誰よりもαらしいαだ、だからこそ彼の理性がαの本能に負けてしまったのだ。
 なまおはそれにすぐさま気がついたのだろう。だからクラウスを全力で拒絶した。だが、相手はあのクラウスだ。一度拒絶されて諦める玉ではない。なぜ拒絶されるのか分からないまま、クラウスはただただなまおを口説き続けた。
 それがまさか数年にも及ぶとは誰が思っただろう。自分だって思いもしなかった。それだけクラウスは鈍感だったし、なまおもなまおで頑固であった。つまり、ただの意地の張り合いである。
 なのにあるとき、突然なまおがクラウスの交際を受け入れた。それ以後、今までのが嘘のように仲睦まじくなったのだ。まさに青天の霹靂といってもいい。
 一体何があったのか、とクラウスに尋ねたことがある。ことあるごとに相談もとい報告をしていたクラウスは『すまない、その質問には答えられない』と気まずそうに断られたときはさすがに驚きを隠せなかった。同じようにクラウスに協力していたK.Kが尋ねても全く同じ返答、それ以降未だ謎のままとなっている。

 せっかくだから当事者に、と軽い気持ちでいってみた。素直に答えてくれるとは全く思ってはいない。ただの興味本位だ。
 なまおは腕を組んで考え込む。お、とちょっと期待するも、散々悩んで出た答えはNOだった。

「やっぱなしだ、教えるわけにはいかない」
「いいじゃないか少しくらい」
「駄目ったら駄目だ」

 だって、となまおの目と口が三日月のように弧を描く。
 
「あんなクラウス、番の俺だけが知ってればいいんだよ」

 緩んだ口元と甘ったるい声が答えだった。なんだか胸焼けした気分だ。
 逆にいわれなくてよかった、とはさすがに口にせず、社交辞令として「ごちそうさま」とだけ返した。

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