■ 運命は13日の金曜日

※こちらの話はオメガバースパロです。実際の設定との違いがある場合もあります。そこのあたりはご了承ください。
※前半オリキャラが出張ります。
上記二点のどちらかでも苦手な方は閲覧をお控えください。



思えばこの性別に振り回される人生だった。
この世は男と女という性別以外に、ある3つの性別で分類されている。
上流階級ののα、中流階級のβ、そして下流階級のΩ。
βならまだしもΩになってしまったら最悪だ。まず、そこらの動物と同じ発情期がくる。『運命の番』がいなければ自身の意思関係なく、フェロモンをまき散らして周りのαを引き寄せてしまう。そのフェロモンはいってしまえば動物でいう繁殖、そう男女関係なく身籠ってしまう。まさに人間という皮を被った畜生だ。
運が良ければ『運命の番』とハッピーエンド、バッドエンドは性根の腐ったαに無理矢理手込めにされて死ぬまで好き勝手されて捨てられる。

俺はそのバッドエンドにハマったΩだった。
自分が会ってきたαの中で一番性格が悪く、ドン引くほどの性癖の持ち主に捕まってしまった。見た目が気に入ったからとかそんな理由でちょっと夜遊びが激しかった俺を誘拐し、無理矢理処女を奪っていった。それが地獄の始まり。
今までそいつになにをされてきたのを詳しく話そうならばダッシュでトイレに駆け込む羽目になるので伏せておく。
救いだったのはそのαには先に『番』がいた。おかげでそいつと番にならなかった。さらに奇跡的にそのαやそいつが用意したその他大勢のαとたくさん寝たが、ガキが出来たことは一度もない。Ω用ピル様々だ。
しかし、なぜそのαは番がいるのに他のΩを置くのか。理由は簡単、ストレス発散相手がほしかっただけ。あとそいつの番はあんまり見た目よろしくなかったようで、単に見せびらかし用だともいってた気がする。なら女のΩにでも頼めといったら飽きたから捨てたとあっさりといった。その言葉の裏をすぐに汲んでそれ以上の追求はやめた。
きっと俺が解放されるのはαが死んだときかαが飽きて燃えるごみの日に捨てるときなのだと悟ってしまえば、堕ちるのは簡単だった。


「なまおさーん、どうしたんですかぼーっとして」

耽っていた意識が誰かのせいで引き戻される。ぼやけた視界が徐々に焦点を合わしていき、ドレスやスーツを身に纏った人だかりを映した。
あたりを見渡して、ここがどこなのか把握したら真っ先に抱いた気持ちをそのまま口に出す。

「早く帰りてぇ」
「その気持ちわかりますけど当分は無理ですね」
「だよなぁ……あーあ、早く相手見つけて終わらせちまいたいのによ」

ぶつぶつ文句を垂れる自分に会話をしていた男は苦笑を浮かべて持っていたグラスを渡してくる。それを受け取ると一気に喉に流し込んだ。

「そんな一気に飲んだら酔い回りますよ」
「回った方が好都合だ、どうせあとで薬打たれてなにされるかわかんなくなんるんだから」

手っとり早いだろう、と冗談っぽく笑ってみせる。隣の男は困惑した様子で自分に何か言いたげな視線を送っていたが気づかない振りをした。
自分がいまいるのは某チャリティーパーティーの会場。なんていうのはもちろん隠れ蓑、実際はα同士が自身の所有するΩの鑑賞会。そしてあわよくばΩを使ってのパイプ繋ぎともいえる。そして自分はその後者としてこのパーティーにかり出された。αが多いパーティーの中に紛れてちらほらとΩがいる。

「俺はβだからよくわかりませんけど、よくまあ自分の番を他のαに抱かせようなんて考えれますね」
「別に番とは限らないだろ、俺みたいに所有されたΩだっているさ。まあ、α様はなにしても許されるからたとえ番でも他とのパイプ繋ぎになるんだったら喜んで差し出す野郎もいるだろうさ」
「なるほど、俺様何様α様ですか」

聞こえないようにつぶやいたようだがばっちり自分の耳に入って耐えきれず吹き出す。こんな場所でよくそんなことがいえるものだと感心してしまう。
失礼極まりないことを口にする男は俺の主人の部下だ。最近直属の部下に昇格したばかりで現在は愛人である自分の護衛を就いている。βだから自分のフェロモンにやられもしないし、年も近いからか気軽に話ができるから自分としてはそれなりに気に入っていた。

「でもそう思ったら『運命の番』って立派そうに聞こえて結構薄っぺらい関係ですよね」
「確かに、いてもいなくても結局扱いは変わらないってこった」

部下の的を得た言い回しに同意して胸ポケットから煙草を取り出す。一本取り出して口にくわえるとすかさず部下がライターを取り出して先端に火をつけた。

「お前も慣れたな」
「そりゃあ毎日なまおさんにしごかれてますから」

そのおかげで最近ボスにも評判よくって、と照れくさそうに笑う。まだこちら側に入ったばかりだからかまだまだ染まりきれてない。とても眩しくてつい目を細めてしまう。同時に他人事で済まそうとするβの性を垣間見て上がりかけた沸点を腹の内でなんとか止める。
くわえた煙草を噎せない程度に煙を吸い込む。一度離して腹に溜まったものを出し切るように吐き出す。

「俺からすりゃあ、『運命の番』を持っちまったほうがずっと可哀想に見えるけどな」
「え、なんでですか?」
「考えてみろよ、いきなり目の前に現れた見ず知らずのやつと自分の意志関係なく番になるんだぞ。ただ生まれた性別のせいでその運命とやらに決められるんだ。胸クソ悪い話だと思わないか?」

αとΩの間に存在する『運命の番』。
番を持てばいろいろと便利だと聞くか、自分としてはそんなもの必要と思わない。
結局番を持っても持たなくても、こうして道具として扱われるのに変わりない。また、番になれてもαの意思で解消される恐れもある。もちろん、Ωにはそんな権利はない。そして解消をされてしまえば、一生番を持てず、孤独の一生を迎えるしかない。Ωはただその運命に縋るしかできないのだ。死ぬまでずっと。

「お前番持ちのΩの発情期見たことあるか?」
「……いえ」
「番のαが少しでも離れただけで泣きじゃくる姿はみっともないったらありゃしねぇ。それでαのナニが欲しくて欲しくて足に縋りつく姿なんて同じΩでも直視できないもんだ」

実際のところ、番のいないΩのほうがみっともない自覚はある。なにせ不特定多数のαを誘うのだから、傍目見たらただのビッチだ。
しかし、たった一人のαを求めてよがり狂う姿は思い出すだけでぞっとする。発情期なんてみんな同じだと思っていたが実際番持ちのを見てしまったら自分に番がいなくてよかったと心底思ったくらいだ。
一人のαにそこまで執着して生きていくなんてとても生きづらい。一生そいつなしじゃ生きられないなんて、考えただけで反吐が出る。いっそ不特定多数の相手と結んでるほうがまだマシな気がしてしまうのは、自分の頭がとうの昔にいかれてしまったせいだろうか。
それさえも運命だというんだったら、自分には必要ない。誰かに執着して生きるなんて真っ平ごめんだ。たとえ一生周囲にそういった目で見られようとも下らない運命に翻弄されるくらいなら、俺は一生番などいらない。
ちょっとしたネタとして鼻で笑い飛ばしたが部下は黙り込んでしまう。別に同意を求めてるつもりはなかったがつい感情的になっているのに気づいて気まずさからまだ半分も残っていた煙草の火を消した。

「悪い、ちょっと感情的になっちまった」
「いえ……実は俺、知り合いに番持ちのΩがいるんですよ」
「……そりゃあ、悪いこといったな」
「や、それは全然気にしてないです。それで前にそいつに聞いたことあるんです」
「どんなこと聞いたんだ」
「番見つけた瞬間ってどんなもんだって」

グラスを軽く回していた手が止まる。相変わらず、直球というか考えなしというか。呆れのため息をなんとか抑え、部下に催促する。

「……んで、そいつの答えは」
「はあ、それがよく分からなくて」
「なんじゃそりゃ」

聞いて損したではないか。部下を軽く睨みつけると部下は慌てふためいて続きを話し出す。

「なんでもそいつがいうには、目が合った瞬間に悟ったらしいんです」
「『やだ☆この人が私の運命の人かも!』ってか?おいおい一昔前の少女漫画かよ」
「ちょっと人が真面目に話してるのに」
「悪い悪い、んで続きは?」
「ええと、それでですね」

社交辞令で続きを求めたはいいが他人の馴れ初めほどつまらないものはない。部下の話に適当に相打ちをしながら周囲を観察するのに勤しむ。
人のΩにちょっかいをかけるα、αの命令でほかのαに色目を使うΩ、体を密着させてどこかへ消えていくαとΩ。βなんて会場スタッフぐらいだ。本当にただの売春パーティーだな、と苦渋な思いを抱くも自分もそのうちその一人になるのだと思うと気分も沈む。
部下の話を右から左へ流しつつ、いかに手っとり早く終わらせて帰れるかを画策していたとき、ふとある一点に視線が止まる。

(うわ、なんだあいつ。でかすぎにもほどがあるだろ)

まず目に入ったのは他の参加者たちの中で群を抜いて身長が高い。それで美しい逆三角作るガタイのよさ。隣で話している優男もそれなりに筋肉はついてるし、身長もあるが男と並んでしまうと差は歴然だ。それこそ身長なんて頭一個分の差がある。どう見ても190は軽く越えているだろう。遠い昔にみたアニメ映画のロボット兵を彷彿とさせた。
遠目からでも分かる、あの男はαだ。その証拠にΩたちが男の周り集っている。こういう場所に慣れていないのだろう、Ωの対処に困る男を隣の優男がフォローを入れている。あの様子じゃこのパーティの趣旨を知らずに来たというところか、ほんの少しだけ同情した。
それにしてもよくもあんな大男を狙おうと思うなとΩたちの行動に呆れ返る。あんな大男相手にするとなると苦労なんて目に見えている。もしかしたら流血沙汰で済まない気がする。自分はどっちかというと隣の優男の方が自分の好みだ。好み、なのだが。

(なんか、やけに目につくんだよなあいつ……)

不思議なことに男から視線を外す気が全く起きなかった。好みの優男よりも赤髪の大男にばかり目がいってしまう。
なんでだろう、と不思議に思ったところで適当に流してたはずの部下の声が耳に入り込んでくる。

「最初はあれって思ったんですって、別に気になるところなにもないのにやたら目がいっちゃって」
「……へぇ」

別に大した内容じゃない。自分の場合、あのでかさが気になっているだけだ。
不意に、男が体の向きを変える。
遠目で顔はそこまで見えないはずなのに、横顔を捉えた瞬間に心臓が大きく跳ね上がる。

(え?)

一瞬なにが起こったのか分からず、とっさにスーツの上から胸を抑える。そんな自分の様子に気づかず、部下は話を止めない。

「顔を見ちゃったらいきなり心臓がバクバクいって、」

聞いてはいけないと、なぜかそのとき思った。耳を塞いでしまいたいのにまるで石になったように体がいうことを聞かない。
男は話すために下を向いていた顔を上げた。何かを探すように辺りを見回す。こっちを見るなと心の中で祈る。なぜそんなことを祈ったのか自分でも理解ができない。
しかし、男はその意思を無視して、否まるで自分の声に気づいたかのようにゆっくりと、自分のいる方向に首を動かす。

(あ)

それまでの動作をスローモーションに映った。視線を外せず、見守ることしかできない。
そうして、男を真正面から受け止める。
緑色の瞳が、自分を映す。

「目が合った瞬間、体中が大火傷に合ったみたいに熱くなって」

刹那、体中の血液が沸騰したかのように熱が下から沸き上がっていく。大火傷にあったかのように体が熱くて、いますぐにスーツを脱いでしまいたいくらいだ。

「そうして頭の中でピースがはまる音が聞こえて」

カチリ。頭のどこかでピースがハマる音が聞こえた気がした。ぽっかりと空いた空洞が埋まったような感覚が胸のうちを満たす。

「もう視界も聴覚も、五感すべてがその相手に向けられちゃうんですって。それこそ、時が止まったみたいに」

いつのまにか部下の声聞こえなくなった。周囲の音を遮断し、世界は無音と化す。口の中は異様に乾き、全身は硬直状態に陥る。
瞳は、男しか映さない。男もまた、ただ一心に自分を見つめる。
ドクン。ドクン。唯一聞こえた心臓が脈を打つ音が耳の奥から伝わってくる。

「それで思ったそうです、何の疑いもなく、当たり前のように受け入れたそうです」

駆け巡る激情は喜びなのか、それとも絶望なのか判別がつかない。
だが、一つだけ分かる。Ωの本能が叫ぶ。

(ああ、なんということだ)

「『ああ、この人が自分の番なんだ』って」

(あいつが、俺の『番』だ)


そして俺はこのとき『運命の選択』を迫られる。
このまま『運命の番』に身を任せるか。それともあらがうか。そのどちらかであった。
本能は男を求めて暴れ回り、理性は逃げろと叫び続ける。二つの間に挟まれて、俺は呆然と立ち尽くした。

「なまおさんどうかしたんですか?」

俺が様子がおかしいのに気づいた部下が心配そうに顔をのぞき込んでくる。すっかり部下がいたことを忘れていた。だがそのおかげで少しだけ冷静さを取り戻せた。再び男に視線を戻すと人混みをかき分けてこちらに近づいてくるのが見える。
逃げろ、と理性が叫ぶ声が聞こえた。そこで選択は決まった。

「……悪い、ちょっと気分悪いから部屋に戻る」
「えっ、でもそんなことしたらボスにあとでなんていわれるかっ」
「お前にとばっちりいかないように、ちゃんといっとくから……だから、たのむ」

部下の袖を握って見上げて懇願する。ごくりと部下の喉仏が動く。だが、自分の尋常じゃない様子に察したのか渋々了承してくれた。自分もついていくといったが今の状態で一緒に来られたらなにをするかわからない。まだ理性が残っているうちに距離を置かねばと提案を断ってすぐさま部下から離れた。後ろから自分を呼ぶ声が聞こえるも、後ろ髪引かれる思いなんて一切湧かない。早くここから離れたい、ただそれだけしか頭になかった。
重い足取りに鞭打って、引きずるようにエレベーターへ向かう。上のボタンを押すとエレベーターが自分のいる階に向けて動き出す。その間がとても長く感じた。早く早く、心の中で何度も念じる。
後ろから誰かがついてくるのを気配で伝わってきた。相手が誰なのかすぐに分かってボタンを何度も連打する。このままだと捕まってしまう。それだけはなんとか避けたかった。
願いが通じたのかエレベーターが到着した。扉が開いたと同時に中へ滑り込む。自分の部屋の階と閉ボタンを同時に押せば、数秒置いて扉が閉まっていく。閉まる直前、少し離れた先で男がこちらへ近づいてきてるのが見えた。
扉が閉まった途端、ゆっくりとエレベーターが上がり始める。
なんとか逃げ切れた。壁に背をつけたまま、ずるずると腰を落としていく。もう立っていられる体力もあの男に奪われてしまった。

「ははっ……すげっ、見ただけでこれかよっ」

たった数秒視線を交わしただけ、それだけなのにこのどうしようもない火照りに絶望を通り越して笑いがこみ上げる。
ずっと気づかない振りをしていたが、あの男と目があったときから自身のが勃起していた。座り込んだ際にズボンの生地を張っているのが視界に入り、笑えばいいのか泣けばいいのか分からない。
自分の意志とは関係なく体は男を求めて止まないという事実が自分のΩだというのを嫌でも思い知らされる。
欲しい欲しい、あの男が欲しい。いますぐ男のものを受け入れて、自分の中に出して、そして―――
そこまで考えたところで唇を噛みしめた。口の中が血の味で満たされるが気にする余裕などない。

「だから、いやだったんだっ……つがいなんて、おれにはひつようなかったのにっ」

脳裏に浮かぶのは番持ちの発情期の姿。発情期によってて余した熱は番でしか発散できないせいで狂ったように番の名前を呼ぶΩの姿は同じΩとして軽蔑し、同情し、そして恐怖した。
自分も番を見つけたらあんな風になってしまうのか。たった一人の番を狂うほど求めるなんて想像だけでも恐ろしかったというのに。望まぬ結末に悔しさのあまり、勝手に溢れ出た涙がズボンに染みを作っていく。
チンとエレベーターが目的の階の到着を知らせる。立ち上がろうと試みるも力が抜けて足が全く動く気配を見せない。役立たずと成り果てた足に軽く舌打ちをする。こうなったら這ってでも部屋に戻る覚悟だ。あの男から逃げれるなら手段なんてなんでもよかった。
エレベーターがゆっくりと開く。開いた先は廊下ではなかった。黒のスーツを纏った脚。自分の体は陰で覆い隠される。まさか、信じられない思いで顔を上げる。感情が絶望に支配される。

「あ、ああっ……なん、でっ……!」

先ほど逃げ切れたと思った男がそこに立っていた。恐怖のあまり後ずさる。しかし、壁に背をつけていたせいでそれ以上下がれない。男が一歩脚を踏み出せばすぐにエレベーターの中に入ってくる。
逃げろ、逃げろ、理性の叫び声が響く。
数歩歩いたところですぐに自分の前に立った。顔を見たら終わりだと察して下を向いた。だが、男はそれさえ許さない。自分の顎を掴むと無理矢理上げさせた。初めて近くで見た男の顔に思わず悲鳴を上げる。

「ひっ」
「貴殿の、名前をお尋ねしても」

先ほどよりも近い距離で交わした深いエメラルドグリーンの瞳、見てしまったら逸らすなんて考えは頭から吹っ飛んだ。
抑えていたはずの本能が再び顔を出す。暗示にかかったかのように、唇が無意識に動き出す。

「……なまお、なまお・みょうじ」
「なまお、なまお……」

まるで舌で味わうかのように何度も自分の名前を復唱する。極上の料理を楽しむかのように、鋭利な下牙を舌舐めずりする。その姿は獰猛な獣、そんな獣にこれから食べられてしまうのかと思うと―――背筋に悪寒が走った。

「私の名前はクラウス・V・ラインヘルツ」
「くら、うす……」

男に習って名前を復唱する。麻薬を摂取したかのように、頭がくらくらする。名前だけでこんなに興奮するなんて今までない。その快感に逆らえず、クラウスという男の名を呼び続ける。
そうして、気づいたときには腕の中にいた。

「この日をどんなに待ちわびたことかっ」

運命。半身。ただ一人の番。様々な言い回しで耳元で囁き続ける。声によってもたらされる熱と強烈な告白によって酷い眩暈を憶えた。もうズボンの中は大変なことになっていしまっていて気持悪い。興奮で我を忘れたクラウスの腕の力によって体が軋む。それでも振り払う気力もなく、むしろその締め付けに心地よささえ覚えてしまっている。

(逃げられない)

全て部下のいったとおりだった。自分の選択はどっちを選んでも逃げられないものだったのだとと思い知らされる。
逃げられない、逃げれない。胸の内に広がる多幸感を知ってしまったら突き放すなんて出来やしない。
理性の声はいつのまにか聞こえなくなった。代わりに本能という名の悪魔が全てを委ねろと囁き続ける。
熱に浮かされたかのように自身の名を繰り返し口にするクラウスが後頭部を押さえつけてた手で後ろ髪を掻き上げる。なにをされるかすぐに察した。僅かに残された理性で頭を振って抵抗を試みる。

「いや、だっ…たのむ、それだけはっ」
「諦め給え、そして受け入れ給え。私と貴殿の【運命】を」

後頭部を固定され、無意味な抵抗さえも呆気なく奪われる。自身の退路は全て絶たれてしまった。
絶え間なく流れる涙の理由さえ考えられない。
もはや自分の残される道は一つしかなかった。
項にあの鋭利な牙が食い込む感覚を感じながら、全てを受け入れ、諦め、クラウスの腕の中に酔いしれて瞳を閉じる。
そして、このとき俺は思ったのだ。



「ジェイソンに追いつめられたやつらってこんな気持ちだったのかなって」
「え、そこでまさかのジェイソン?!」

レオの冴え渡るツッコミが事務所に響く。あんまり大きな声だったもんだから周囲の視線が集中してしまい、レオは気まずそうに縮こまる。
一応ここ笑うところだったのに真面目に返されてしまうと滑ったみたいで恥ずかしくなる。K・Kなら笑い飛ばしてくれるのに、これだからレオは困る。

「だって考えて見ろよ、巻いたと思ったのにエレベーターの扉開いた途端にあの大男が立ってるんだぞ。気分はどうあっても13日の金曜日だろ」
「……わからなくもないです、はい」
「だろ?」

ビシッと現在プロスフェアー真っ最中の番を指す。身体から湯気が出ているから熱戦を繰り広げいるらしい。レオはクラウスを一瞥し、数秒の沈黙を置いて納得したようだ。
こうして笑い話にできてはいたが当時を思い返すとあの状況はただのB級ホラー映画である。発情期でなければ叫んで気絶してたところだ。

「今までのノロケでまさかのジェイソンオチとか、喉まででかかった砂糖が戻っちゃいましたよー。なまおさんほんとブレないっすね」
「そりゃよかったな、出してたらあそこの優男に清掃命令受けてたぞ」

今度はデスクで書類整理をしている男、元好みのタイプ現極力関わりたくない男NO1のスティーブンを親指で差す。スティーブンが胡散臭い笑顔を振りまいてきてレオが嫌そうな声を上げた。これはあとでいろいろ面倒事任されると見た。

「あ、でもいまはどうなんですか?」
「なにが?」
「その、今でも番なんてって思ってたり……してませんよね?」

さすがにクラウスに配慮したのか顔を近づけて小声で尋ねる。そこ心配するのかと苦笑を浮かべる。本人がいる前で聞いてくるあたりレオの勇者っぷりには感服ものだ。
心配そうに見つめるレオの後ろでプロスウェアーに夢中だったクラウスがパソコン越しからちらちらと様子を窺ってきている。どうやら戦いが終わってから聞く耳立ててたらしい。怖い顔三割増しなのは思い悩んでる証拠。大方自分たちがなにを話してるのか気になるがいきなり話に割って入っていいものかとなんて思ってるに違いない。
13日の金曜日のあいつよろしくな大男らしからぬ気弱っぷりを可愛いと思えるようになったのはとっくの昔。口元が緩むのを抑えきれず、ちょっとしたイタズラ心でレオの耳元に顔を近づける。
そして、愛しい番にしか聞かせない甘ったるい声で囁いた。

「思ってたらとっくに消えてるさ、番も悪くないと思う程度にはあいつに首っ丈なんだ」
「へ、へぇ」
「あとこれあいつには秘密な、バレたら色々面倒だから。もしバラしたらお前の童貞と処女奪う」
「えっ!?」

最後の仕上げに軽く息を吹き込むとレオは変な声を上げて一気に後ずさる。その顔は滑稽なほど真っ赤に染まっていた。視界の端でクラウスが勢いよく立ち上がる。真っ赤なレオと裏腹にかき氷のブルーハワイ味並に真っ青だ。差し詰めレオはいちご味だろうか。
面白いくらいに真逆な二人に耐えきれず噴き出す。腹を抱えて笑いだした自分にクラウスはおろおろし、レオは悔しげに地団駄を踏んでいる。スティーブンが呆れながら「あんまりクラウスと少年をいじめてやるな」と窘めるのが聞こえた。涙が出るほど笑い転げる自分には残念ながら全く効果がなかった。

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