■ 脚買う男と売る男

スティーブン・A・スターフェイズは自他共に認める美丈夫だ。
涼しげな目元にスペイン系の整った顔。頬についた大きな傷痕でさえ彼の魅力を引き立てる材料となる。スティーブンが所属している秘密結社のリーダーと並べば細いと思われる者も多いがよく見ればスーツがとても生えるほどの均等の取れた体付きをしている。
そのおかげでスティーブンの人生で女に困ったことはない。むしろその容姿を最大限に利用して情報を取っているのだからそれこそ自分の見た目にはそれなりの自信を持っている。
時には女性以外にももてたりもするものの、持ち前の話術を駆使して今でも無事処女を貫いている。スティーブンは根っからの異性愛者、野郎と寝るつもりは今もこれからもない。


指先が足の付け根に手を伸ばす。少し湾曲を描く脚の指の骨格を楽しむようになぞる。指先で形を辿って行き、指の腹で肌の感触を楽しむかのように撫でる。
そんなところ何が楽しいのか、スティーブンには全く気持ちが分からない。時計の秒針を数えるのも500を超えた辺りで飽きてやめた。

(俺はなんでこんなことをさせてるのだろう)

スティーブンはもう何度目か分からない思いに駆られた。
ちらりと時計を見るのをやめて下へと移す。延々と脚を触っている相手はとても楽しそうだ。鼻歌なんて歌いだしそうな雰囲気を醸し出しながらずっと足の指を触り続ける。
もちろん、相手自身のではない。スティーブンの、足を触っている。

「……Mr.みょうじ、そんなに僕の脚触るの楽しいんですか」
「ああ、とっても」

当然と言い切った晴れ晴れとした顔にスティーブンはそれ以上聞くのをやめた。彼からすれば愚問なのだろう。
一体こんなやりとりも何度してきただろう。自分の脚を触って何が楽しいのか、何度も許してはきたがスティーブンは未だその気持ちに共感できずにいる。

男の名はMr.みょうじ、スティーブンのいるライブラのスポンサーだ。数多くのスポンサーの中でも5本の指に入る出資者でスティーブンにとっては絶対に離したくはない人物だ。
しかし、このスポンサーには一つ困ったことがある。他者の身体に異常な執着を持っている。その中でも特に脚――――世間一般でいえば、『無類の脚フェチ』であった。
そんな脚フェチのMr.みょうじ、一体何をとち狂ったのかスティーブンの脚をいたく気に入っている。
それはスポンサーとなる前の食事会でのこと、上手くいけばスポンサーになっていただける大事な場面でMr.みょうじはある条件を持ちかけられる。

『君の脚を月に一度好きに触らせてもらえるなら、出資予定の額の三倍を出そう』

最初は聞き間違いかと思った。スティーブンにとって脚は武器だ。それを触らせるのに抵抗があった。しかし、出資額の三倍。まだ立ち上げたばかりのライブラにとっては喉から手が出るほど嬉しい話である。スティーブンは考えた、頭の中で浮かぶ天秤に『男のプライド』と『出資額』。
たかが脚、されど脚。
結局、スティーブンは自身の脚を売り渡した。
どんな状況でも戦えるように片足だけ触らせるという条件Mr.みょうじは快く受け入れてくれた。
そしてライブラを立ち上げて早3年、Mr.みょうじとの月に一度の関係も気付けば2年半となった。スティーブンとしてはもっと早くに切れるだろうと思っていた分、ここまで続いてるのに驚きを隠せずにいる。

昔を思いを馳せることで現実逃避を試みたものの、突然膝に何かが触れるのを感じて無理やり現実に戻される。ぶれていた焦点を合わせるや、Mr.みょうじが膝を掴んでいた。咄嗟に靴を穿いたままの利き足を出しそうになったけどなんとか思い留まった自身をスティーブンは褒めた。

「いきなりそんなところ掴まないでくださいよ」
「あれ、もしかしてここ弱い?スターフェイズの性感帯マニアックだな」
「そういうのではありませんって」

否定をしてもMr.みょうじはくすくすと笑って膝を触るのをやめない。別に気持ちいいなんて思わない、ただ、やはり自身の最大の武器に触られるのに未だ抵抗を覚えてしまうというの正しい。これがスポンサーでなければ蹴り飛ばしてるところだ。

「そんなところ楽しむの貴方ぐらいですよMr.みょうじ」
「そうかな、俺からすれば君の脚はとても魅力的だよ。まずこの骨格だろ、無駄が一切ない肉付き、あとは」
「あー、すみません聞いた僕が馬鹿でした」

これ以上話をされても理解できないし、聞いてる身としては恥ずかしい。
一方的に話を止めたのにいささか不満げな表情を見せるMr.みょうじであったが、すぐに触る方に専念する。脹脛を揉んで弾力を確認したかと思えば、太腿に唇を寄せて舌を這わせる。もう触るのに慣れきってしまったおかげでまったく身体はまったく感じない。というよりも、そういうスイッチを切っている。もはやスティーブンの脚しか見えていないみょうじMr.は陶酔しきっている。スティーブンはなんともいえない目で眺めた。
そんな表情を見ながら、ふとスティーブンはある考えが浮かぶ。

「そういえば気になってたんですけどもし僕が貴方以外に足を触らせたらどうするんですか?」

ここまでスティーブンの脚に心酔しきってるMr.みょうじだ。もし、彼以外にこのようなことをさせたらどうなるのだろう。ちょっとした疑問から持ちかけた。
自分以外に触れるのに怒るのか、悲しむのか、それとも違う反応を見せるのか。さあどっちだ、と反応を待つ。
しかし、そんなスティーブンの予想を反してMr.みょうじは怪訝な顔を浮かべた。

「別に何も思わないけれど?」
「へえ」
「だって僕が好きなのは『君』ではなくて、君の『脚』なんだから」
「まあ、そうですね」
「確かに俺は君の脚をこよなく愛してはいるけど、この脚は俺のではなく君のだ」

それをどうするかは君の自由だろう。
淡々と返されてしまって少し拍子抜けであった。しかし、本当に脚しか興味がないのだなとちょっと安堵する。

「ならば逆に聞くけど、君はどうなんだスターフェイズ」
「なにがですか」
「俺が君以外の脚を触っていたら」

太腿の内股にキスを落としたまま、視線だけを上げて様子を窺う。スティーブンはその視線と合わせたまま、ふむと顎に手を添えて考えた。

「……それは、貴方の自由ですから別に気にしませんよ。むしろ貴方のお眼鏡に叶った人物なら僕も一度見てみたいものです」
「だろう?それと一緒だよ、僕も君の脚に興味を持った相手なら是非語り合いたいものだ」

ふうと吐息を零すMr.みょうじの表情はどこか期待に満ちている。もしかしているのではないかという、興味が瞳を見れば伝わってくる。残念ながら彼の期待に応えられない。今のところスティーブンの『脚』だけ興味があるのはMr.みょうじしか会ったことがないのだ。
その事実に素直に喜べない部分があるスティーブンは大げさに肩を落とした。

「僕ら、こういう駆け引き向いてませんね」
「逆に俺たちにそういうの必要ないだろう、別に男女ではないんだから」
「うーん、それもそうですね。ところであともう少しで終わりですけど」
「今月の出資額3倍」
「どうぞ満足いくまで触って下さい」

しかし、こうして自分の容姿に関係なく他愛もない話をするのは嫌いではないスティーブン・A・スターフェイズなのであった。さすがに目の前の相手には口が裂けてもいわない。いったところで彼には関係ないのだけれど。


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