■ 兎と亀

ハロー、ミシェーラ。そちらは元気ですか。
僕のほうは――――


「おい兄ちゃん、あんたがぶつかったせいで俺の肩外れちまったんだけど」
「はぁ」
「はぁ、じゃねぇよ!!どうしたくれんだよ!!」

相変わらずカツアゲ被害を受けてるけれど元気でやってます。
なんて、心の中で最愛の妹に思いを馳せる。朝卵焼きに使う卵の黄身が二個出てくるミラクルな出来事があったから今日はいい日かもなんて思ったらこのざまだ。

「兄貴はこれでも裏ではそれなりに有名なワルなんだぜ?そんな相手に盾ついたら……どうなるか分かってるよなァ?」
「はぁ」

今時ワルって言葉使う人いるんだな。というのはさすがに今の状況で口にするほど馬鹿ではない。辺りを見渡してもまるで僕たちなんて存在しないとでもいうかのように素知らぬ顔で素通りしていく人たちしかいない。当たり前だ、ここはヘルサレムズ・ロット。よくも悪くも自己責任なのだ。
さてどうしたものか。目の前で延々としゃべり続けるワルな二人を眺めながら現状打破の策を考える。

@立ち向かう―――できれば苦労しない。
Aザップさんたちに助けを求める―――絶対にあとで見返り求められる。
B神々の義眼を使う―――はさすがに躊躇う。

と、なると―――Cの潔く払う、しかない。
すぐに思い至った最良案にため息が出てしまう。それがいけなかった。つい無意識にやってしまったものだから、どうやらワルコンビの癪に障ってしまったらしい。

「テメェッ!人が下出に出てりゃあいい気になりやがって!!」
「あ、いや今のは違くてっ」
「アニキこいつやっちまいましょうぜ!」
「いわれなくてもやるに決まってるだろ!」

僕の制止の声も聞かず、ワルのアニキが胸倉を掴んでくる。頭上まで振りあげた拳にもう止められないことを一瞬で悟る。
やっぱり今日も変わらない。情けない気持ちになってもあきらめてしまっている自分にさらに情けなさを感じる。
昔からそうだった、故郷でもことあるごとに不良やらに絡まれていた。そのときはどうしていたっけ、と一瞬だけ考えてーーー思い出した。

(ああそうだ、いつもミシェーラと『あいつ』が助けにきてくれてたっけ)

脳内で浮かんだのは、故郷にいる妹―――そして幼なじみだった。
とにかく腕っ節が強く、そして喧嘩っ早い幼なじみ。僕が不良に絡まれると必ずといっていいほど現れて、ばったばったと投げ倒していく。
僕にとって必ず駆けつける『あいつ』の背中がとても眩しかった。だがそれ以上に猪突猛進な性格だから勘違いで騒動を起こすのもよくあったけれど。
僕が不良に絡まれ、それをミシェーラが見つけ、そしてミシェーラに連絡を受けた『あいつ』が駆けつける。故郷にいた頃の公式であった。

『お兄ちゃんが亀の騎士なら、なまおは兎の騎士ね』
『ええっ、なんでだよミシェーラ』
『ふふん、俺はお前と違って足が速いからな!』
『ちがうわ、なまおって兎と亀のウサギみたいにせっかちだから』
『えー!!』

なんて会話をしていたのを思い出す。現実逃避してると自分自身でも分かっていた。
いまはミシェーラも『あいつ』もいない。僕一人だ。今更になってそんな事実を理解した自分がおかしくなって笑いがこみ上げる。それがさらにワルコンビを怒らせるとは分かっていても。

「このやろうっ、余裕ってかっ!」
「アニキやっちまってください!」

勢いよく振り落とされる拳がやけにスローモーションに見えた。できれば顔だけはやめてほしいな、と無意味なことを考えて流れに身を任せた。

その直後、ワルのアニキの顔が歪んだ。それはもうおもしろいくらいに。

「ひでぶっ!??」
「あ、アニキぃいいいいいい!?」

声を上げるまもなく、ワルのアニキが行き追いよく吹っ飛んでいく。そしてそのままゴミ捨て場にゴール。これには僕もワルの手下も驚くしかない。ワルの手下が慌ててアニキに駆け寄っていくのを見送りながら、あまりの一瞬の出来事に呆然と立ち尽くす。
そうして、やっとアニキが蹴り飛ばされたのだと理解した。しかも顔面をボールの如く思いっきり。僕はその光景に見覚えがあった。

「レオ!!」

そしてその声にも、とても聞き覚えがあった。

(そんな、嘘だっ)

聞き間違いだと自分に思いこもうとした。だがその声と共に僕の前に現れる。背中を見せるように、まるで僕を守るかのように。
夢だと、きっとこれは夢なのだ。だってまさか、あいつが、ここにいるなんて!

「な、なんでお前がいるんだよっ……なまお!!」
「……んなのいつもいってんだろ」

違うと信じてたのにとっさに名前を呼んでしまう。
すると、突然現れた男は振り返った。そうして、僕が知っている笑顔を浮かべ、僕が何度も聞いてきた台詞を口にする。

「主役っつうのは、遅れてやってくるもんだって!」

力強く言い放ったと同時に、なぜか僕の腕を掴んで走り出す。

「……って戦わないのかよ!」
「俺がイカ嫌いなの知ってんだろ!!」
「知ってるけど!あんな台詞いっておいで出オチとか!!なまおにはガッカリだよ!」
「うっせぇ!!俺だってあいつがエビだったら存分に茹でて食ってやったわ!!」

後ろで呼びとめようとするワルコンビなんかとっくに眼中にない。足の速いなまおについていくのが精一杯だ。足がもつれかけるもなんとかなまおの後ろを追いかける。

「なんでここにいるんだよ!」
「観光!」
「嘘つけ!どうせミシェーラに頼まれたんだろ!」
「なんで分かった!?」
「分かるわ!!ていうか分からないと思ったか!!」

いい年した男二人が大声出して言い合ってる光景をさっきまで目を逸らしていた人たちが奇異な目で見てくる。恥ずかしいやら苦しいやらでもういっぱいいっぱいだ。
けれど、そのやりとりがとても懐かしくて、もうないと思っていたのにあっという間に引き戻されたような感覚。
見慣れたはずのなまおの背中を見ながら、不覚にも泣きそうになったのは絶対に秘密だ。

「ところでさレオ!」
「なんだよ!」
「ここどこ!?」
「だと思ったよ!!!」


ハロー、ミシェーラ。そちらは元気ですか。
君が寄こした兎の騎士のおかげでちょっといい日になれたみたいです。


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