■ 置いてけぼり

アポロンメディア社員、ヒーロー事業部に所属するアレキサンダー・ロイズはヒーロー専用トレーニングルームにいた。
ドアをくぐって中に入ると人の気配がなく、いつも賑やかな場所はいまはとても静かだ。
当たり前だ、先ほどアニエスから要請がきたため、全員救助に向かったばかりである。しかし、ロイズがここに来たのはヒーローが理由ではない。歩き回りながら目的の人物を探す。そして、ウォーキングマシーンに座っている人物を発見した。
「なまこ君、今日はここにいたのかい」
声をかけると体操座りで丸まっていた人物が顔を上げた。その顔は頬を膨らまして不機嫌極まりない。機嫌が悪いのを隠さず自分を睨んでくる人物に腕を組んでため息をこぼした。
「君ねぇ、ここにいたってバーナビー君たち戻ってこないよ」
「や!」
首がぶっ飛びそうなほどぶんぶんと横に振る。ここから動く気がない様子にロイズは呆れてやれやれと肩を落とした。
さきにいっておくがなまこと呼ばれた人物―――ロイズの腰よりもさらに低い幼女はロイズの子供ではない。アポロンメディアに所属するヒーロー、バーナビー・ブルックスJr.が引き取った養女だ。
いつもバーナビーが仕事場に連れてくるのだが、要請を受けてそのままなまえを置いて出動してしまった。一人にさせるのは危ないのでこうしてロイズが連絡を受けて引き取りにきたのだ。ちなみになぜロイズなのかというと、彼がなまこのお気に入りという理由である。しかし、いつも笑顔の幼女も今回父親に置いてけぼりをくらったのかへそを曲げてしまったらしい。
全身毛を逆立てて威嚇する姿はまるで野良猫、こういう状態の子供がどれほど厄介か子供を持つロイズにも十分理解している。
というかなんでこの私が子守なんて。嘆きたい気持ちになるがもう何度も経験していて慣れてしまった自分がいて悲しくなった。
「置いてけぼりくらって悲しいのは分かるけれど、ずっとここにいられてもこっちが困るの?分かる?」
「わかんにゃい!」
悪そびれもなく言い切られたのが癪に触って額を軽く叩く。ふぎょっ、なんて変な声を出して額を押さえた。
「ろいずしゃたたいたっ」
「私だってヒマじゃないの、仕事がいっぱいあるのに君を迎えに来てあげてるんだからいうこと聞きなさい」
「うー」
腕を組んでなまこを見下ろす。平均男性と同じ身長を持つロイズではあるが子供であるなまこからしたら大きい存在だ。しかし、相手はあのバーナビーの養女、これくらいで怯える様子を見せない。逆に唸りながら反抗的な目で見上げてくる。一向に動こうとしないなまこにロイズは眉間に寄った皺を揉みながら深いため息を吐き出す。
「……お願いだから私を困らせないでなまこ君。私のところにいればバーナビー君が迎えに来ること君も知ってるでしょ?」
「……」
ロイズの言葉になまえは少し間を置いて一度だけ頷いた。別にこれが初めてではない、なまこ自身もロイズのところにいればそのうちバーナビーが迎えに部屋を訪れてくれるのを知っている。しかし、置いて行かれてしまうのは子供ながらに寂しいのかもしれない。
「ここにいて、バーナビー君が探しにきてくれるかもしれないけど……とても心配して探し回ったあとかもしれないよ。そして君に説教するかもしれないねぇ」
「ぴょあっ!?」
説教、というフレーズになまこは驚きで大げさに飛び跳ねた。ガタブルと震えだした様子をみると、さぞや恐ろしい想像をしているに違いない。
「それが嫌なら私のところにいなさい、君が前に食べたがってたプリン用意しておいてあげたから」
「ぷいん!?」
ロイズがプリンを口にした瞬間、がばっと顔を上げた。目を輝かせ、花が咲かんばかりに喜びを露わにしている。さっきまでの不機嫌な様子が一変してご機嫌になった姿に子供はやはり単純な生き物だと再確認する。
「食べたいでしょう?」
「たべちゃい!」
「なら私と一緒に来てくれるね?」
「あい!」
ロイズの問いにびしっと手を挙げて勢いよく立ち上がる。毎度ながら、こうすぐにデザートで釣られてしまうのはどうなのだろう。目の前の子供の食べ物への執念にロイズは少し心配になる。これはバーナビーと一度話し合わないといけないかもしれない。
ロイズがなにもいわずなまこに向けて手を差し出すとなまこはその手を握った。だっこして運ぶのが一番手っとり早いのだけれど、この子どもはなぜか歩く方がお好みらしい。身長差があるせいでやや歩きづらい部分があるが、ご機嫌でいてくれるならこれぐらいは目を瞑ってやらなくもない。
「そうだ、お願いだからプリン食べてるときはソファに汚さないこと。でないと今度からお菓子抜きにするから」
「やぁー!」
「ならお行儀よくすること、いいね?」
「あーい」
空いている方の手を上げて返事をしてなまこが歩き出す。それに引っ張られるようにロイズも後ろからついていった。前を歩くなまこはプリンがよほど楽しみなのか、楽しそうに鼻歌を歌っている。ぷりんぷりーん、なんてへんてこな歌、きっとなまこの即興に違いない。
子供って本当に単純、ロイズは呆れながらも口元に笑みを浮かべていることに気づいてはいたが、それに気づかぬ振りをしてトレーニングルームを後にした。





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