■ 馬に蹴られて死んじまえ

「あんたもしかしてレオナルド・ウィッチ?」

人間、異形が入り乱れる雑踏の中で名を呼ばれて気づいたのは奇跡に近かった。一瞬空耳かと周囲を見渡すも人が多いおかげで判断がつかない。そんな自分に見かねたのか、肩をぽんと叩かれた。

「こっちだこっち」
「あ、すみません」

すぐに気づかなかったことを謝罪しようと振り返る。
そこに立っていたのは人間の男性だった。別にこの街には異形のやつばっかりではないからそう珍しくもない。珍しいといえばだいたい声をかけられるのは初対面でカツアゲされるもんだからこうやって名前を尋ねられたのは初めてに近かった。
いやでももしかしたら知っていて何かいわれるとか?とちょっと身構える。そんな自分の様子を察した男性はすぐさま肩から手を離してくれる。

「ああ、悪い。いきなり話しかけられたらそりゃあ驚くよな」
「……僕お金持ってませんよ」
「カツアゲじゃないって、ちょっと道を尋ねたいだけ」
「道、ですか?」

道案内なら別に構わない。だが問題がある。どうして彼が自分を、しかも名前を知っているかだ。道案内だったら警察、それこそそこらの人でもいいはず。しかし、彼は間違いなく自分を特定して選んでいる。ここまでの流れで推測できるのは一つだけ。
距離を置こうと一歩引こうとしたら寸前で腕を掴まれてしまった。

「逃げるなって、別に怪しいもんじゃない」
「……怪しすぎる相手ってだいたいその台詞いいますよね」
「人の良さそうな顔して結構いうじゃねぇか……スティーブンの野郎、案内役にぴったりっていってたくせに。会ったときに覚悟しろよ」

苛立った様子で舌打ちをする。一気に柄が悪くなって身の危険を感じたが、逃げるよりも先に聞き捨てならない名前を口にした気がする。

「す、スティーブンさんのこと知ってるんですか?」
「知ってるもなにもクラウス……お前のボスととっても仲良しなんだわ、いきなりで悪いがちょっとライブラまで道案内頼むぜ」

案内代くらいは出すから、と親指ですぐ近くのホットドックショップを差す。にこやかな笑顔を浮かべながら、逃がさないといわんばかりに強く掴む手からの無言の圧力に頷く以外の選択するしかなかった。


 * * *

「それでホットドック一個で案内したってか? お前それで敵だったらどうするわけ? 俺らもしかしたら奇襲で殺られてかもだぞ? おーまーえーばーかーなーのー? しーぬーのー?」
「うぐぅっっ……で、でも結局知り合いだったんだからいいじゃないですかっ!」

いつものごとくザップさんからの悪態を受けながらホットドックを頬張る。珍しく正論いわれて反論できなかったとかではない。決して。

あのあと結局断ることができず、罵られる覚悟でライブラに案内してしまった。もちろん、案内代のホットドックも頂いて。ホットドックで売ったに見えるこの行為にももちろん訳がある。歩きながら彼の情報を引き出そうと思ったのだ。黒ならばすぐにクラウスさんたちに連絡、とポケットの中の携帯をずっと握りしめて。
だが、向かう途中情報らしい情報が聞けなかった。むしろ僕の方が質問責めにあってしまう。

「クラウスは元気か」ええ元気ですよ
「スティーブンは友達出来たか」それはちょっとわかりません、というか返答に困ります。
「ザップは相変わらずゲスだろ」はい、いつもどおり。
「あー、ギルベルトの紅茶飲みてぇな」わかります、あの人の淹れたのおいしいですよね
「チェインはどうだ、ザップの息の根止めれたか?」残念ながらまだです。
「KKと子供たちは仲良くやれてる?」ちょっと仕事でドタキャンしちゃうの悩んでるっぽいけど目に入れても痛くないってくらい可愛がってます。
「最近新しいやつ入ったって聞いたけど本当か?」ツェッドさんですね、ザップさんの弟弟子なんですけど正反対でとても礼儀正しい人ですね。
「そういえばレオ君って妹さんいるんだって、可愛い?」……ノーコメント
「話に聞いたとおりシスコンだなお前」うるさいですよ、ていうかそれいったの誰ですか!

ここまでの会話を交わしていたら(あれ、本当に知り合いなんじゃね?)って思ってしまうのは仕方ない。メンバーだけではなく僕の家族事情まで知っているなんて、いったい彼は何者なのか。警戒心は薄まるどころか強まるばかり。
そんな間に一応スティーブンさんにも連絡してみたりもした。一応見た目の詳細を送ってみたが、返ってきたのは『多分安全だと思うからそのまま連れてきて』だった。知り合いなのはわかったけど多分ってなんだ、逆に気になるじゃないか。
だが、連れていってみたらその場にいた全員が彼を見た瞬間に一斉に歓迎ムードになった。ザップさんは滅茶苦茶嫌そうな顔してたけど反応を見る限り知り合いみたい。そのことにちょっとだけ安心した。

「それで、あの人いったい何者なんですか?もしかして俺が知らないだけでライブラの人とか?」
「いんや、あの人はただの一般ピーホーだぜ」
「えっ、でもみんな知ってましたね?」
「そりゃああの人は旦那の……」

そこまでいいかけてなぜか口を閉ざしてストローをズズッと吸い始める。一番やめてほしいパターンだ。本人もいってたが、どうやらクラウスさん経由の知り合いみたい。確かにあの二人は仲がよかったな、と先ほどの光景を思い出す。

『なまお』
『クラウス』

和気藹々を再会を喜ぶ中で、一歩引いて見ていたクラウスさんが彼に声をかけた。背中しか見えなくて顔は見れなかったが、応えた彼の声色は他のメンバーと話をしていたときは違って優しげだった気がする。クラウスさんもいつもの厳格な雰囲気が少し和らいだ気がした。気がしたというのは自分の錯覚かもしれないということ。だが驚いたのは次だ。
彼はみんなの輪から離れ、クラウスさんの前に立つ。自分よりも身長が高くてもクラウスさんと並べば結構な身長差がある。必然的に見上げる形になり、話しでもするのかと思ったら全く予想外な出来事が起こった。彼はクラウスさんに向けて両手を伸ばした。するとクラウスさんが突然腰を折って屈んだ。えっ、と思ったときには彼はクラウスさんの頭を掴むと―――

『あー、お前のこれ触ると本物だなって実感するわー』
『……そちらも元気そうでなによりだ』
『そりゃあ俺はお前と違って安心安全な生活送ってるからな』

頭突き、はさすがにしなかった。むしろ楽しげに談笑を交わしている。ただ会話している間、彼はずっとクラウスさんの頭を撫でていた。
もう一度いおう、『あの』『クラウスさんの』『頭を』『撫でていた』。
まるで飼い犬を誉めるみたいに髪をわしゃわしゃしている。心なしかクラウスさんも嬉しそうに見えるのは錯覚かもしれない。否絶対錯覚だ。
信じられない光景に思わず目を見開いて凝視してしまった。しかも、流れからして彼に撫でて貰うためにクラウスさん自ら屈んだのだ。『あの』『クラウスさん』がだ。
もしかして幻術でもかけられたかと疑って目を擦る。けれどその光景は消えず、周囲を見渡しても同じように戸惑っているツェッドさん以外はみんな呆れた様子で二人を見ていた。結論をいえばあれは幻術ではなくリアルということになる。
クラウスさんと親しい仲なのは話しを聞いていて察してはいたが、まさかあんなことをできるくらい親しい仲だとは思いもしなかった。いったい彼は何者なのか、謎は深まるばかりである。

「クラウスさんにあんなことできて一般人とかありえないですって」
「……まあ、一般人ではねぇな」
「でしょ?現に僕たち全員追い出されちゃったし……」

結局あのあとスティーブンさんの命令で全員部屋を出ていく羽目になった。
「それじゃあ俺らは出ていくからあとは二人で」なんて冗談めかしにいって自分たちを無理矢理部屋から追い出されてしまう。結局のところ、あの二人の関係を聞けなかった。分かったのはクラウスさんから発せられたなまおという名前だけ。それでも二人きりにさせるのだからなんらかの理由があるのは明白だ。
もしかしたらあそこで秘密の会合を行われているのかも、と真面目に呟いたらザップさんが飲んでたコーヒーを思いっきり吹き出す。

「きたなっ!いきなりなんですかっ」
「テメッ、マジでいってんのかよっ!クハッ、やっべ超ウケるっ」

ひいひいと呼吸困難に陥りながら机をバンバン叩いて大爆笑。あんまり笑い出すもんだから周りも不審な目で見られて非常に居たたまれない。僕としては至極真面目にいったつもりなのにどうしてここまで藁割れなきゃいけないのか。そのまま呼吸止めちまえ、いわないけど。

「これだからチェリーは困るぜ、あんなの見ておいて会合とか思うとか。これだからチェリーは」
「全然大事なことじゃないから二回もいわないでください!!」

どうしてここで自分のことをバカにされなければないのか訳が分からない。色々追求したくても未だ笑いの大津波に襲われているザップさんに聞ける状態ではなかった。
秘密の会合じゃないならなんだっていうんだ。いや確かに会合にしてはあの二人の間柄は久しぶりに会う級友のように親しさがあった。そこまで考えて違和感が生まれる。

(いやでもあの親しさってどっちかっていうと……いやいやいやいやいやないないないないない)

一瞬頭に過った考えを一掃させようと頭を思いっきり振る。確かに親しげだったけれど、やたら触れ合いあったけれど、というかあんな声で呼び合ったりしてたとしても、あのクラウスさんがまさか。
浮かんでは消し、また浮かんでは消去を繰り返す疑惑の数々。自分の思い違いと分かってはいるのに、それでも一度考えてしまったら簡単に拭えない。敬愛する上司に申し訳なくて心の中で何度も謝罪をしているところにザップさんが語りかける。

「陰毛知ってっか、ジャパンにはこんな言葉があるらしいぜ。日系人のジャイミがいってた」
「な、なんですかそれ」

飲んでいたコーヒーを一気に飲み干し、机に叩きつけるように勢いよく置く。


「『人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ』」
「……えっ?」


まるで自分の脳内を覗きこんだかのように、ザップさんは爆弾投下した。
一瞬言葉の意味が分からず、ザップさんに疑問をぶつけられたのは三拍置いてからだった。

「あの、それってどういう」
「言葉のまんまだ、ついでにいうとあの人俺らどころか旦那たちよりも年上だぜ」

アジア系って童顔だよな、なんて呑気にいって颯爽と自分のホットドックを奪って齧りついた。すぐに抗議したかったけれど、いまはホットドックどころではない。
ザップさんがいっていた言葉の意味は、なんとなく理解できた。
あの互いの名を口にしたときも、
あんな風に髪の毛を撫でていたのも、
スティーブンさんが出ていくときに二人に向けた台詞も。
つまり、そういうことなのだ。
全てを理解した瞬間、全ての熱が顔に集中した。

「えっ……ええええええええうそおおおおおおお!!?」
「うっせぇよ陰毛!!!」
「いってぇっっ!!って僕のホットドック!!!」

とりあえずいまいえるのは、明日事務所に行くのがとても気まずい。


[ prev / next ]
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -