■ いつまでも一緒に

「タイガーただいまー」

玄関から間の抜けた声が聞こえてくる。時間を見ればもう0時を過ぎている。とっくに寝ている時間だが明日は学校も部活も休みというので久しぶりに夜更かしをしていた。といっても夜更かしした理由は先ほどの声の主を待っていたのもある。肝心の声の人物は玄関からさほど距離はないはずなのに一向にリビングに入ってこない。もしや、と思い廊下をのぞいてみると案の定廊下に倒れていた。またか、と呆れながら廊下に出て倒れいてる人物に近づく。

「おいなまお、そんなところで寝たら風邪引くぞ」
「んー、だいじょうぶー」
「どう見ても大丈夫じゃねーよ……たくっ、そんなになるまで飲むなよな」

介抱する身にもなれ、なんて悪態をついてもなまおは「俺は酔ってませーん」なんていってくる。酔っぱらいは大抵そんなことをいうのでスルーして体を起こす。

「ほら肩貸せって、ソファまで運んでやっから」
「やだー、タイガかっこいいー」
「はいはい」

腕を自分の肩に回して引きずるようにリビングへつれていく。酔っぱらって返ってくるなまおをこうして連れていくのも慣れたものだ。リビングに戻るとさっきまで自分が座っていたソファになまおを寝かせる。

「水飲むか?」
「ん、飲みたい」
「わかった、ちょっと待ってろ」

ぽんぽんと頭を叩いてすぐに台所に向かう。水を注いだグラスを持って戻るとなまおは陽気に鼻歌なんて歌っていた。その様子にため息をこぼしながらグラスを渡す。

「また彼女に振られたのか」

口にするとぴたりと鼻歌が止まった。

「……なんで」
「なまおが酔って帰ってくるときはだいたい彼女に振られたときだろ」

体を起こしてやりながらなまおの唇にグラスを押しつける。飲ませようとしたら自分で飲めるからと腕を振り払われてしまう。自分で飲めるなら大丈夫かと手を離してなまおが飲むのを眺める。
ちびちびと水を飲みながらなまおはぽつりと呟いた。

「俺ってブラコンなのかな」
「はあ?」
「なんか彼女にいわれてんだよね、『そんなに弟君のこと好きならずっと一緒にいたら』って」

今までの彼女にも同じこといわれてきた、なんて他人事のように口にしてまた水を飲むのを再開する。俺はというとなまおの彼女がいった台詞の方が気になってたまらなかった。

「なんで俺が上がるんだよ」
「その子がいうには俺デートのときでもずっとタイガの話しかしないんだって」

そんなつもりなかったんだけどなー、といいながら遠い目をするなまお。本人の自覚のない行動にこっちが呆れるしかなあった。なまおが自分に甘いのは知っていたが、まさかそれが彼女と別れる原因にまでなっていたとは露にも思わなかった。

「俺の話なんかすんなよ」
「だって家族の話になって、あっちから話題降ってきたから……タイガの話するしかないじゃん」
「あのなー」

自分以外にも海外にいる父親の話ができるはずだ。家族になってもうそれなりの年数が経っているというのになまおは未だに親父に遠慮している部分がある。自分にはこんなにべったりだというのに、と呆れてしまうがそれは当人の問題だからとやかくいえない。

「つーか、一緒にいればいいってオレたち一緒に住んでるんだからイヤでも一緒にいるだろ」
「……タイガ俺と一緒にいるの嫌なの?」

不安げな顔で見上げてくるなまおにぷっと吹き出す。「言葉のあやだって」と軽く額を小突いた。自分好きすぎるにもほどがあるだろう、なんていうがもう慣れた。

「まあその女のいうとおり、なまおの面倒見れるの俺ぐらいだからな。当分は一緒にいてやるよ」


ソファのあいているところに腰をかけてなまおの腹に手を乗せる。なんだかんだ口にしてしまうあたり、自分も大概ブラコンだなと心の中で笑ってしまう。
なまおのことだから嬉しいなんて笑ってくれる。そう思ってたのに、予想外にもなまおは首を横に振った。

「無理だよ」
「……なんでだよ」
「だって俺たち兄弟だし」

なまおの声は酔っているとは思えないくらい落ち着いていた。突然のなまおの変化にドキリと心臓が一瞬跳ねる。

「き、兄弟だからいいだろ」
「バカだな、兄弟だからこそだよ」

腹に乗せている手に、なまおの手が重なる。口元に笑みを浮かべたままなまおは瞼を閉じる。

「俺たちは兄弟だから、いつまでも一緒にはいられないさ」

たとえば俺が結婚したり、もしかしたらタイガが結婚するかもしれない。そうなったら、一緒になんていられない。
タイガの子供はきっとタイガに似てるだろうな。そしたらきっと俺はおじバカになるの間違いない。もし男の子だったらタイガのことだ、バスケを教えるんだろうな。それで奥さんが呆れながらランチを作ってあげて、三人で並んで食べるんだよ。あ、もしかしたらランチもタイガが作るかな。そうだ明日はせっかくだしお弁当でも作って外にでようよ、作るのはタイガだけど。

酒が入っているせいでやけに饒舌だった。もう声はいつものぽやっとした口調に戻っていて、少し安心した。
俺はなまおが眠るまで、なまおの話をずっと聞いていた。いや、なにもいえなかったの方が正しい。まさかなまおからそんな言葉を聞くなんて、思いもしなかったからだ。自分の予想が大きく外れ、なまおの口から出た言葉はまるで自分が拒絶されたような感覚になる。と、同時にずっと一緒にいるかもしれないと信じて疑わなかった自分がいたことに戸惑いを隠せなかった。
それがなぜなのか、自分でも分からない。ただ、そう思った自分はなまお以上にブラコンなのではないかと心配になってしまう。
やがて、なまおの話すテンポが少しずつ遅くなっていく。少しすれば話も途切れ途切れとなっていき、最後には寝息だけが聞こえてきた。
規則正しく繰り返される寝息がなまおが完全に落ちたのを教えてくれる。これなら大丈夫だとなまおの体の下に手を潜り込ませて横抱きで寝室へと運ぶ。

「……兄弟っていっても、俺たち血繋がってないくせに」

ベッドに下ろしたなまおの穏やかな寝顔を眺めながら、ぽつりと呟く。その声は自分でも驚くほど、寂しげなものだった。

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