■ クリスマス革命

赤・青・黄色・緑―――目がチカチカしてしまうくらい沢山のイルミネーションが普段殺風景な町を色鮮やかに輝かせる。いつもと違う町並みに煽られてか子供も大人もやけに浮き足立っているように見えた。
そんな中、一人ベンチに座って眺める自分はさぞや寂しい男に映っているに違いない。

(皆浮かれてんな……クリスマスだし当たり前か)

今日は12月24日、世間でいえばクリスマス・イブ。
その証拠に右を見ればサンタがチラシを配り、左を見ればトナカイが必死に呼び込みに専念している。海外ではサンタは特別らしいけど日本のこの時期には大量発生する。一体今日一日でどれだけのサンタが存在しているのだろう。
そんなサンタやトナカイにはしゃぐ子供がいればそれを窘める親もいる。そこは家族団欒な光景で微笑ましいから許す。問題は肝心のサンタなんて目もくれずにいちゃつくカップルだ。
綺麗なイルミネーションを見てはしゃぐ女に男が何やら囁いて人目も憚らずキスしだす輩が出没する。それが一組二組じゃない。酷いやつはディープキスなんて始めるものだから親が子供に見せないようにと必死に隠そうとしてる始末。雰囲気に酔いすぎにもほどがある。無意識にペットボトルを持つ手に力が籠り、ペキッと凹んでしまう。

(くそっ、公衆の面前でいちゃつくんじゃねぇよっ! 公衆猥褻罪で訴えるぞ!)

奥歯をギリギリ噛みしめてカップルたちを睨みつける。決して羨ましい思っていない。何組かのカップルに指差されて何かいわれてるけど全く気にしてなんかいない。

「俺だって、俺だって本当ならっ……」
「みょうじ先輩?」

不意にどこからか聞き覚えのある声が聞こえてくる。辺りを見回してみるもそれらしき人物が見当たらない。聞き間違いだったかと思い込もうとした直後、突然後ろから肩を叩かれる。

「うわっ……って赤葦?」
「やっぱりみょうじ先輩でしたか」

慌てて振り返ると立っていたのは委員会の後輩だった。苗字は赤葦、下の名前は武将と同じだった気がするけど忘れた。そんなことよりどうして後輩がここにいるのか。

「赤葦お前なんでこんなところにいんだよ」
「部活帰りなんです」

いわれてみれば赤葦は私服ではなく制服を着ていた。肩には『梟谷高校男子排球部』とプリントされた鞄がかけられていた。ジャージにプリントされている排球という漢字が一瞬なんの競技が分からなくてじっと睨めっこすていると赤葦がバレーボールだと教えてくれた。ちょっとド忘れしただけだし。

「こんな日まで部活かよ、バレー部も大変だな」
「大会近いですから、ところでみょうじ先輩どうしてここに?」
「うっ……ち、ちょっと買い物に出てだな」

内心冷や冷やしながらバレないように平静を装って答える。けれど、人間やましい気持ちがあると目を合わせられず視線を泳がせてしまうのは最早人の性である。頼むからそのままスルーしてくれ、と心の中で必死に赤葦に祈りを捧げた。だが、そんな自分の祈りを赤葦は非情にも裏切る。

「でもみょうじ先輩確か今日は彼女とデートだっていってませんでした?」
「グハッ」

赤葦からの攻撃。俺の心にダイレクトアタック!!
胸を抑えて蹲る自分に赤葦は大丈夫ですかと尋ねてくるが、声に全く抑揚がないあたりわざとなんじゃないかと疑いたくなる。いや多分半分はわざとに違いない。

「くっ…お前絶対分かっていってんだろ!!」
「別にそんなつもりじゃ、ただ喧嘩したのかと」
「喧嘩、喧嘩ならなら……まだよかったよっ」
「ということは振られたんですね」
「グホッ」

赤葦からの渾身の一撃!! 俺戦闘不能!!
もはや立つ気力も失くして膝をつく。そんな自分をよそに赤葦は黙って自分を見下ろす。まるで楽しんでいるかのような(と、自分には映った)態度に段々腹が立って顔を上げて睨みつける。

「ああそうだよ!! しかもついさっきな!! 折角今日のためにバイト入れまくって奮発してプレゼント買ったのにっ……」

八つ当たりだと分かっていた。けれど、自暴自棄になった自分の口を止めることができない。吐き出ししながら頭の中で走馬灯のように彼女との思い出が駆け巡る。
クリスマス一緒に過ごそうね、と照れくさそうに笑う彼女。
プレゼント楽しみにしてて、なんてはにかんだ彼女。
ごめん元彼と寄り戻すことにしたの、と申し訳なさそうに元彼と手を繋いで去って行った彼女。
付き合ってたった数ヶ月しか経っていない。それでも初めてできた彼女に浮かれてた分ショックは計り知れなかった。
そうしていくうちにどんどん赤葦がぼやけていく。悔しさやら悲しさやらがごちゃごちゃに混ざって結局我慢できずに涙が滝のように流れ出た。道行く人が自分たちに視線を向けていたがもう気にする余裕などない。
それでもまだ少しプライドが残っていて、赤葦に泣き顔が見られないように下を向く。口を開いたら最後みっともなく声を上げて泣かないように奥歯を噛んで必死に耐えた。
そんなとき、地面しか見えていなかった視界に何かが入り込んでくる。『梟谷男子排球部』と書かれたタオルだ。瞬時に持ち主を理解して顔を上げる。案の定、差し出してきたのは赤葦だった。

「あがあじ……」
「部活で使ったので申し訳ないですけど使ってください」
「ううっ、いいのか…?」
「構いません、それより場所移動しませんか? 愚痴ならいくらでも聞きますから」

ほら立ってください、と手を差しだす赤葦の後ろに後光が見えた気がした。赤葦によって傷心したというのに、自分の単純っぷりに呆れる。けれど、その手を振り払う選択などいまの自分にはなかった。

 * * * *

赤葦に手を引かれて連れて来られたのはすぐ近くの○ックだった。店内に足を踏み入れると店員も客も俺達を見るやギョッとした顔で凝視してくる。それもそうだろう、男子高校生が手を繋いで入ってきたら驚くに決まっている。しかも片方は鼻水垂らして泣いてるときた。そりゃあ誰もがどういう状況なのか気になる。
一応場所が場所なのでここは先輩らしく奢らなければと鼻水を拭って財布を出そうとしたらなぜか赤葦に止められた。

「俺が払っておきますからみょうじ先輩は席探してきてください」
「いやでも」
「別に奢りじゃないです、あとで払ってもらいますから。みょうじ先輩なに飲みますか?」

そこで奢るといわないあたり赤葦らしい。いまの自分は涙のせいで小銭もまともに数えられない気がしたのでお言葉に甘えてその申し出を受け入れた。

「……じゃあホットコーヒー」
「分かりました」

赤葦がレジで注文している間に席探しの旅に出る。一階は人が多かったので二階に上がるとちょうどよく窓際の席が空いていた。他の客に盗られる前にと急いで荷物を置く。涙はもう止まってはいたが、目は真っ赤にはれあがってる上に鼻は啜るたびに間抜けな音が鳴る。そのせいで一階と同様こちらを盗み見る視線が刺さる。赤葦早く来いと心中唱えていたらその願いが届いたのか赤葦はトレーを持ってやってきた。

「みょうじ先輩いい席見つけるの上手いですね」
「ちょうどよく……ズビッ、あいてただけだって」
「そうですか? 木兎さんたちと胃来ると探すだけで騒がしいから時間かかるんですよね」
「へえ……」

赤葦はトレーをテーブルに置いて向かいの席に座り、どうぞと言葉と共に頼んだコーヒーを差し出された。それを受け取り、カップに口をつける。一口飲むとコーヒー独特に渋みと酸味が口の中で広がる。冷えた体にじんわりと染み渡っていくようだった。赤葦も同じく一口ほど飲んで、すぐに離してコップを置く。

「ではみょうじ先輩どうぞ」
「……お前ホントぶれないな」
「だってそのために来たじゃないですか」
「そうだけど、ええと何から話せば……」
「みょうじ先輩の好きなところからで」

愚痴いくらでも聞くって約束しましたし、なんてあっさりといってしまう赤葦のモテスキルを垣間見た気がした。
せっかくのご厚意に甘えてぽつりぽつりと話し始める。彼女とどう出会ったのか、付き合ったきっかけ、彼女との思い出、そして別れたときのこと。
聞いてて絶対つまらないはずなのに、赤葦は黙って相槌を打ってくれる。つまらなさそうにも飯ウマと喜んでもなく、ただいつものように顔色を変えずに話を聞いてくれていた。途中興奮して声を荒げたり、別れ話のことを思い出してしまってまた涙が出てきて借りたタオルで鼻を噛んでしまったりしても赤葦は黙って見守ってくれた。
きっと右から左に受け流しているのかもしれない。それでもそんな赤葦の態度に救われた。


* * * *


涙も鼻水も落ち着き、気がついたら外はもう真っ暗になっていた。夜になってからが本番とばかりにイルミネーションがさらに輝きを増す。驚くことにあんなに憎らしいと思っていたイルミネーションを見ても何も感じなかった。

「赤葦今日はありがとな、お前のおかげでスッキリしたよ」
「俺は何もしてませんよ」
「でも赤葦がいなかったらあそこで延々と呪詛を吐いてただろうから、お前がいてくれて助かったよ」
「……話を聞いてただけですから」

相変わらずのそっけない物言いでマフラーに顔を埋める。少し耳が赤いのは寒さのせいだけじゃない。後輩らしい可愛い一面に口元が緩む。

「そうだ赤葦、よかったら何か御礼させてくれ」
「御礼、ですか?」
「今日はクリスマスだしな、俺でよかったらお前のサンタになってやんよ」

今ならマックに戻って一番高いセットぐらいなら払ってやる気持ちで赤葦の肩を叩く。そんな軽い気持ちでいったはずなのになぜか赤葦は真剣な顔で考え込んでしまう。これもしかして高いもの払わされるフラグか。もういったことを後悔してしまう。だが赤葦に借りがあるので今更前言撤回などできない。できたら高いものじゃありませんように、もう何度目か分からない祈りを捧げると赤葦が口を開く。

「……俺このまえ誕生日だったんですよ」
「え、マジで?おめでとう」
「ありがとうございます」
「いつだったんだ?」
「12月5日」
「お、おう」

思ったよりもこのまえじゃなかった。しかし、なぜいきなり誕生日なんて言い出すのかと疑問が浮かんだがハッとひらめいてしまう。

「い、いっておくが誕生日も兼ねてなんていうなよ。俺そんなに金ないんだからなっ」
「あ、そこは安心してください。お金ないのは知ってますから」
「悪かったな!! どうせいま金欠だよ!!」

口ではいったものの、高いものじゃなくて安心している自分がいるから悲しい。再び考え込んでしまった赤葦にドキドキしながら返答を待つ。時間はそこまで経ってはいないはずなのに、その間がとても長く感じた。
考える時間が長すぎて、さすがに声をかけるべきかと口を開こうとしたら赤葦に遮られる。

「みょうじ先輩」
「な、なんだよ」
「だからみょうじ先輩がいいです」
「何が?」
「プレゼント」

一瞬間を置いて首を傾げる。

「……お、俺は物じゃないんですが」
「知ってます」
「なら一体何をプレゼントすれば」
「みょうじ先輩の彼氏、という立場を俺にください」

表情一切変えずにこちらを見つめられ、まるで蛇に睨まれた蛙のように固まってしまう。あまりに突発的な展開に脳が処理を仕切れていない。その口から出た言葉は自分にとってはまるで異国の言語に聞こえた。
状況を整理しよう。いま自分は彼女に振られたばかりで、ずっと話を聞いてくれていた後輩から彼氏になってほしいといわれたら誰だって混乱する。
どんな反応をするべきか頭の中で様々なシミュレーションを立てていたら先に赤葦が動いた。

「じゃあ俺これで失礼します」
「えっ、ちょっと待てよっ!! 返事聞かないのか!?」
「いま聞いたところでみょうじ先輩断る気でしょ」
「うっ」

赤葦のいうとおり、今の自分の脳内シミュレーションではどう断るかしか考えていない。赤葦にはなんでもお見通しみたいであまりいい気分はしない。

「だから次会うときまでに考えておいてください」
「次って……年明けじゃねえか!!」
「ええ、だからそれまで沢山悩んでくださいね。それではいい返事待ってます」
「おい赤葦っ」

慌てて呼び止めようとするも、赤葦は失礼しますと軽く会釈して颯爽と去っていってしまった。追いかける間も与えず、赤葦は足早に人混みの中に消えていく。掴もうとした手を上げたまま、その場に呆然と立ち尽くした。

「……次どんな顔して会ったらいいんだよ」

あんなに妬ましく思っていたクリスマスムードも数時間前に別れた元カノももういまの自分にはどうでもよくなった。
問題は、手の中にあるタオルをいかに持ち主に返すか。ただ、それだけだった。


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