■ デッド オア ○○○○○


「今日からなまお君にはある囚人の担当に入ってもらう!彼を更正させるために二人で頑張ろう!!」

なんて突然現れた番刑事に強制的に連れてこられたのは死刑囚専用の独房。少し前まで普通のところ担当だったのに、いきなりどうしてこうなった。
驚きを隠せず番刑事に尋ねようにも彼はずんずん先へ進んでしまう。自分も慌てて彼の後ろについていくことしかできない。
同じ収容所のはずなのに、死刑囚専用というだけでこんなにも重々しい空気が流れる。独房から突き刺さる視線に身を縮こませながら早く着くことを願った。
そんな場所に不釣り合いな大きな声が廊下に反響する。

「さあ着いたぞ!ここが彼の部屋だ!」

高らかに宣言して急停止した番刑事にぶつからないようによろめきながらもなんとか踏みとどまる。そこは、刑務所の一番奥。つまり、死刑が決まった囚人が入る場所だ。その奥に、全身が黒ずくめの男がベッドに腰をかけている。ごくり、と生唾を飲み込む。

「おいオッサン、そいつは誰だい?」

地を這うような低い声に思わずヒッと悲鳴を上げた。情けない自分に番刑事は大丈夫だ!と力強く頷く。

「彼は今日から君の担当になったなまお君だ!仲良くしてくれたまえ!」

さあとでいうように背中を強く叩かれてふらつきながら一歩前にでる。鉄格子を挟んでの対面のはずなのに、男から発する威圧に足下を竦んでしまう。

「よ、よろしくお願いしますっ」
「そんな尻込みすんじゃねェよ、別に捕って食やしない」

のっそりと腰を上げると一歩一歩と近づいてくる。まるで蛇に睨まれた蛙みたいにその場から動くことができなかった。男が近づいてくるたびに姿がはっきりと見えてくる。
時代錯誤の武将のような出で立ちに一つに結んでも広がる白髪混じりの黒髪、そして手には頑丈すぎる手枷がつけられていた。
ゆっくりとした足取りで自分の前に立った男は自分と目線が近いのにその出で立ちのせいで一回りも大きく見えた。

「紹介しよう、彼は夕神迅君!ここではユガミ君と呼ばれているぞ!」
「おう、仲良くしてくれや。ま、オメェさんがいつまでいられるかだけどな」

ニヤリと悪人顔負けの笑みを浮かべながらも、伸びた前髪から見える鋭い眼光が自分を貫く。

(あ、俺近いうち死ぬかも)

そんなことを光の早さで頭に過った。






「だーかーらー!!どうして!?裁判所行くたび手錠壊して帰ってくるんですか?!」

某刑務所にて、静まり返った廊下で自分の声が大きく木霊する。怒りで我を忘れて怒鳴る自分にユガミ検事はうざったそうに小指で耳をほじる。

「うっせェよ、壊れちまったんだから仕方がないだろうが。そんな柔なもんで縛ろうとしたオメェが悪ィ」
「俺が悪いんですか!?あれでもめちゃくちゃ硬い素材で出来たの頼んだんですけど!!」
「ならもっと硬ェの用意すんだな」

悪そびれもない様子でくわえた羽を揺らすユガミ検事。そのぶれない態度に脱力してがっくりと肩を落とした。
ユガミ検事の担当になって早三月、いまだ命が奪われることはないが心労でいまにもぶっ倒れそうな勢いだ。
死刑囚でありながら検事という謎の二足の草鞋をしているユガミ検事は法廷に立つたびに人がつけた手錠を壊して返ってくる。壊したなら逃げろよ。そしてそのまま帰ってくるな。
そんな繰り返しのおかげなのか最初に抱いた恐怖なんて一掃され、いまじゃ面倒くさい男としか思えない。

「ていうか壊せるならそのまま逃亡とかできるじゃないですか、なんで戻ってくるんですか」
「あのおっさんが電流流すせいで逃げたくても逃げれねェんだよ」
「はあ!?なんですかそれ、もはや拷問じゃないですか!」

あの豪快な笑い声を上げながら電流を流す番刑事を想像して顔をしかめる。豪快だからこそそういうこともためらわないのか、それもそれで恐ろしい。

「あの、怪我とか」
「このとおりピンピンでさァ、おりゃあ頑丈だけが取り柄でね」
「そうですか」
「なんだい、心配してくれんのかい?」
「そ、そんなわけないでしょっ!ほら新しいの持ってきましたからつけますよ!」

急いで持っていた手錠を取り出してユガミ検事の千切ってしまった手錠を外し、再び新しい手錠を取り付ける。手錠なんてものじゃない、分厚い金属で手首を拘束するそれは奴隷がつけるような手枷だ。それを壊すのだからこの男の底知れぬ力が恐ろしい。
ユガミ検事は抵抗もせず、黙ってかけられるのを待っていた。ガチャリと重々しい音を立てる。鎖で繋がった手枷はユガミ検事の手首にぴったりと納まった。しっかりと鍵がかかったのを確認してから、ユガミ検事の手首から手を離す。が、離れる途中で突然ユガミ検事に手首を掴まれた。

「ユガミ検事?」
「……オメェさんも、慣れたもんだな」
「はあ?」

突然なにを言い出したかと思えば、元々変な男をさらに変なものを見るように見下ろす。だが、ユガミ検事はそんな自分の視線に怯むどころか楽しげに喉を鳴らして笑う。

「最初の頃はあんなにビクビクしてたくせに、いまじゃ小慣れちまって可愛気なんてありゃしねえ」
「そりゃあ、毎度毎度手枷壊されて付け替えてたら嫌でも慣れますよ」

ていうか、男に可愛気なんてあっても気持ち悪いだけだ。
時折ユガミ検事は冗談でそういうことを口にする。最初はゲイかと疑ったが本人にしてみれば自分をからかいたいだけなのだと結論付けた。
だからいま握っているのも自分が焦るのが見たかっただけだろう。そう言い聞かせて離してくれと頼んだ。だがユガミ検事は一向に離す気配を見せない。

「ユガミ検事、いい加減離してください」
「いやだってつってんだろ」
「ユガミ検事っ!」
「オメエが、俺のいうことを全部冗談にするから悪ィ」
「……はあ?」

自分を聞き返そうと口を開く前に掴んでいた手を離す。ホッとしたのもつかの間、腕を上げて自分の後ろに鎖を潜らせる。やばいと本能で危険を察知して一歩下がったら潜らせた鎖によって阻まれた。鎖で繋がった手枷のせいでユガミ検事の腕の中に閉じこめられてしまったのだ。その事実に血の気が引く。

「ゆ、ユガミ検事っ?」
「黙りなァ」

法廷でよく口にするときとは違う、甘さを含んだ低い声にくらりと目眩を覚えた。けれどそれもつかの間、閉じこめる鎖で勢いよく引き寄せられ、噛みつかんばかりに唇を塞がれてしまう。
ざらついた唇の感触が自身の唇で伝わり、ぞくりと悪寒が走る。驚きのあまり見開いたまま、至近距離で目を細めて笑うユガミ検事と視線が重なる。まるで試すように物言いに眩暈を覚えた。

(……これで断ったら、俺命ないかもしれない)

初めて出会ったときのように、光の速さでそんなことが浮かんでは消えていった。



デッド オア ホモライフ
(でもさすがにすぐにはいとはいえなかったので考えさせてほしいといったら五分しか猶予を与えてくれませんでした。鬼です。)



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