■ 誰も知らない赤葦京治について

赤葦君って大人っぽいよね。
と、女子が話しているのをよく耳にする。
他の男子に比べて落ち着いてるとか、どんな小さなことでも気がついてくれてとても気が利くとか、口数は多くはないけど女子への扱いがとてもスマートだとか、二年で副部長に選ばれるのも分かる、などなど。
とにかく周囲の女子からの評価は『大人っぽい赤葦君』この一言。そのため密かに憧れを抱く女子も少なからずいる。


「くそっ、また死にやがったっ」

物騒な台詞と同時にばんっと床に投げつける音が耳に入る。読んでいた雑誌を胸の上に置いて横を向く。

「京治、それ俺のコントローラーなんだけど」
「知ってる、でもムカつくからしょうがないだろ」

こいつが強すぎるのが悪い、もっと倒しやすくプログラムを改善すべきだ。なんてぶつぶつと文句を口にしながら投げたコントローラーを手にとってコンティニューを選ぶ。もうこの一連を見たのは三度目だ。いつも器用にトスを上げる正セッターもゲームでは役に立たないみたい。
見ているこっちが不安になる手つきでゲームを進める背中を眺めながら声をかける。

「倒せないなら倒し方教えてやろうか?」
「別に必要ない」
「なんで」
「なまおに教えてもらったらズルしてるみたいになる」
「ズルって……」

別にゲームなんだからいいじゃん、とこぼすと勢いよく振り返って睨まれた。苛立ちも相まってかあまりの凄み具合に身の危険を感じてそそくさと雑誌を読み振りをして逃げた。チクチクと感じる京治の視線に冷や汗たらたらで耐える。相手が獰猛な獣だと思って目を合わせないように読む振りを貫いていたら、チッと舌打ちが聞こえた。恐る恐る雑誌を持ったまま目を向けると京治はゲームに集中していた。標的が変わったことにほっと胸を撫で下ろす。これ以上はなにもいうまいと心に決めて読む振りを続けながら京治を盗み見る。

(……これが大人っぽいねえ)

他の男子に比べて落ち着いていて、とても気が利き、口数が少なくても女子への扱いがスマート。と女子の間での赤葦京治君。
それがどうだろう。いま自分の目の前にいる赤葦京治君はゲームのボスが倒せずコントローラーに八つ当たりをし、挙げ句ズルはしたくないを言い訳に頑なにアドバイスを聞き入れようとしない。
その姿は女子が話す『大人っぽい赤葦君』からはえらくかけ離れていた。女子がどれだけ夢見る生き物なのかよく分かる。

(女子って自分の都合のいい部分しか見ないからやんなるわー)

実際の京治は口も悪いし、手癖も悪い。バレー部でもそれなりに素は出しているがここまで酷くはない。つまりだ、こういう一面を見るのは極限られた数しかないのだ。

(つまりまあ、エエカッコしいなんだよなこいつ)

本人は全く認めようとはしないけど。そういうところがまた、女子が知らない一面というやつに違いない。いまのところ知ってるのは限られた人数だけ。

(……うん、まあ嬉しくなんていったら嘘になるけど)

だってそんだけ京治が心開いてくれていると思えば、少しは優越感に浸れる。人にあまり懐かない動物を懐かせた気分に似ている。
いつかは人前でそれをネタに京治をイジってやるのだ。そんな目標を掲げて京治に話しかける。

「京治ってさー」
「いま忙しいから話しかけんな」
「さーせん」

……それができる日はまだまだ遠いけど。


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