■ てのひらのなかのしあわせ

今日は厄日だ。
靴の紐が切れるわ、黒猫の親子(子沢山で可愛かった)が目の前を通り過ぎるわ、大量のカラスに頭上で鳴かれるわの不吉フラグびんびんを朝から始まった。
厄日はこれだけでは飽き足らず、突発小テストを始め、すべての授業で先生からご指名を受け、昼飯のパンはまさかの売り切れ、挙句の果てには部活中にまさかの顔面ガードを決めてしまう。
まさか三年になってこんなミスをするなんて思いもしなかった。しかも打ち所悪くて鼻血が出る始末。
周囲からの爆笑が耳に痛い。一年だってやらないミスに顔から火が出るほど恥ずかしかった。その中でも指さして腹抱えて笑う木兎はとりあえずケツキックかましておいたよね。八つ当たりだよ、わかってる。
ここまでの不憫っぷりをみて厄日といわずしてなんというだろう。涙出ちゃうよ、男の子でも泣いちゃうよ。
唯一ラッキーだったのは鼻血が止まるまで休めることぐらいだ。そんなわけで俺は今体育館の外で黄昏ている。もちろん鼻にティッシュ詰めてる間抜け面を部員に見せないために。

「おいみょうじ!こっち向いて部活見てろよー!」
「うっせぇ木兎!そういって今の俺の顔見たいだけだろ!」
「チッ、バレたか」

バレバレだわアホめ。ぺっと唾を地面に吐き捨てると血が混じって赤くなっていた。鼻血特有のそれに気分はさらに下がっていく。後ろから聞こえる部員たちの声をBGMに虚ろな気分で空を見上げた。
本日厄日な俺の憂鬱な気持ちとは裏腹に快晴の空が視界いっぱいに広がる。まるで自分を嘲笑ってるように感じてしまうのはいまの自分の心境のせいなのは百も承知だ。
今日一日ずっと続くのか、そう思ったら部活に参加する気も失せてしまう。
止まらないと法螺吹いて早退でも、と悪魔の囁きに耳を傾けているところに突然の襲来を受ける。

「ひいっ!」
「あ、すみませんみょうじ先輩」
「あ、赤葦てっめぇ……」

背中に冷たい刺激が襲いかかり、変な声をあげて振り向いたらそこには後輩の赤葦が立っていた。手にはキンキンに冷えたペットボトル。こいつ、まさかそれをシャツの中に入れやがったな。

「いきなり冷えたの押し付けんじゃねえよっ、びっくりしただろうが!」
「すみません、なんか帰りたそうだったんでつい」
「うぐっ」

まさかよ図星を突かれてつい息を詰まらせる。言い訳が思いつかず、咄嗟に視線を逸らしてしまう。それだけで真面目な赤葦には伝わったようで、大げさにため息を吐かれた。

「鼻血出たくらいで早退は無理だとおもいますよ」
「なっ、なんでわかった!?」
「みょうじ先輩わかりやすいですよ、木兎さんの次に」
「え、何それすごい傷付く」

木兎と同格扱いされて傷つくやつはいない。やはり今日は厄日だ。赤葦の最後の一撃によりテンションが急降下してしまう。ずーんという効果音が聞こえるほどの落ち込みようはもはや上がるのは一苦労だ。
心の中で赤葦への恨み言(本人にいったら冷たくあしらわれるのは目に見えている)を吐いていると突如視界に何かが入ってきた。

「お?」
「これ、よかったらどうぞ」

ずいっと赤葦が差し出したのはさっき自分の背中につけたペットボトルだった。いきなり差し出されたもんだから訳がわからず赤葦とペットボトルを交互に見る。

「なんで」
「間違えて買ってきたんです、みょうじ先輩確か好きでしたよね」
「好きだけど、ちゃんと払うぞ」
「いいですよ、間違って買っただけですし」
「いやでも先輩として」
「鼻血出したんですから、これでもつけて冷やしてください」

ほら、とずいっと押し付けてくるもんだからなんだか断るのも申し訳ないのでありがたくいただくことにした。

「サンキュ、ありがたーく飲ませてもらうな」
「それ飲んだら早く部活に戻ってくださいね、木兎さんがスパイク打ちたがってるんで」
「あの野郎、人をなんだと思ってるんだっ」
「的じゃないですか」
「木兎ぶっとばす、ついでに赤葦もぶっとばす」
「ぶっ飛ばすのはいいですから早く鼻血止めてください」

それじゃあ先に戻ります、と相変わらずのそっけない態度で颯爽とコートに戻っていった。再び一人になった俺は手の中にあるペットボトルに視線を落とす。

「……間違えて、ねえ」

自分の記憶が正しければ、赤葦はこの飲み物が嫌いだったはずだ。実際嫌いとは口にしてはいないが、飲んだときの微妙な顔を思い出すとどう考えても好きではない顔だった。つまり、そういうことなのだろう。考えたら笑いがこみ上げてきた。

「くはっ、これだけで機嫌治すとか木兎のこといえねぇじゃん」

悔しいが、今の自分はきっとにやけているに違いない。鼻にティッシュを詰めてにやにやしてる俺は間抜けにもいいところだ。
厄日だった1日がたった一本のペットボトルのおかげで帳消しになった気がした。

だがこのあと鼻血が止まって戻ったらサボってた分だと練習二倍にされた。
やっぱり厄日だ。


※なんと作中のイメージイラストを頂きました!
とてもうれしい!tさんありがとうございます!
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