■ 黒猫の憂鬱

「クロさんの浮気者」

ぽつりと口にした言葉に顔上げる。恨みの籠もった瞳で睨んでくる相手の視線は自分ともう一人の男に向けられていた。言葉の意図を掴めない自分をよそに男はちらりと軽く相手を一瞥する。

「いきなりなんだよなまお」
「本当のことをいったまでだこの浮気野郎」

あんなに愛してるっていったじゃない!と悲痛な叫びをあげながら袖を噛んで引っ張った。心底悔しそうな様子に男の方は呆れた様子で肩を竦める。

「俺、これでもなまお一筋なんだけどなー」
「はあ?なにをいってるんだ黒尾、俺がいってるのはお前じゃない」

訳が分からないといった顔でクロオと呼んだ男に不信な目を向け、それから自分の方に視線を移す。視界に自分が入った途端、ぶわっと相手の目から涙が溢れ出た。

「そいつの膝の上にいるんだよクロさああああああんんん!!」

突如膝をついて大声で叫んで泣き出してしまった相手、もといなまおをクロオはまるで可哀想なものを見るかのようになまおを見下ろす。大量に零れ落ちる涙が大嫌いなシャワーを連想させて尾がまっすぐ伸びる。そんな自分を安心させるかのように、クロオが自分の顎を指先で擽ってきた。

「君もこんな飼い主で苦労するね」
「……にゃあーご」


私の名前はクロ。猫だ。
そして先ほどから泣いているのは自分の主人であるなまお、そして自分が乗っている膝の上の主はクロオ。二人は『コイビト』という関係らしい。
クロオから自分とよく似た匂いに居心地の良さを感じてクロオが来るたび膝の上に乗るのが密かな楽しみだ。
だが、それがなまおには気に食わないらしい。こうしてクロオの膝の上に乗ると必ず泣き喚くのだ。まるで発情期を迎えた私の仲間のようである。

「俺のクロさんなのにっ……どうして黒尾なんだっ、猫か音駒に通ってるからか!!」
「いやそこ関係ないだろ、つーかクロさんいつお前に愛してるっていったんだよ」
「飼い主だから分かるの!!」
「分かるならもっと余裕持てって」

これぐらいで喚くなよ、と自分の頭を撫でながら零す。だが、それが癪に触ったのか床に顔を押しつけておいおい泣いていたなまおがガバッと勢いよく顔を上げた。その顔は自分が柱に爪研ぎをして怒ったなまおの母親と同じ顔をしている。

「お前には分からない!!毎日毎日愛でて愛でて愛でまくってるのにお前が来た途端あの美しくしなやかなしっぽを翻してお前の所に行かれるのをハンカチ噛んで見送る俺の気持ちが!?愛してるってあんなにいってるのに伝わらない俺の気持ち考えたことある!?」
「……そーいうところが冷たくされる要因じゃねーの?」
「間男黙れ!ううっ、なんでだよクロー……あんなに愛してるっていったのに、どうして他の男のところに行くんだー」

そういうところがイヤだからだ。と、伝えたくても猫の自分はなまおやクロオのようにしゃべることができないので心の中で突っ込む。
クロオのいうとおり、飼い主のなまおは嫌いではないがべたべたされるのは好まない。それはクロオのいうとおりだ、飼い主よりも時々家に来るクロオの方が自分をわかってるのもどうかと思うが。
極上の枕ともいえるクロオの膝の上で毛繕いに勤しみながら、チラッと見上げる。ちょうど自分を見下ろしていたクロオと目が合い、ニヤッと悪いことを思いついたような笑みを浮かべる。

「それはなまおより俺の方が好きってことだよ、なあクロさん」
「にゃーん」
「ちょ、なんでクロさん返事するの?ねえクロさんまさか同意って意味だよね!否定してクロさーん!!黒尾はあとでぶっ飛ばす」
「あれ、なまおの拳が俺の顔に届いたことあったっけ?」
「黒尾ぶっ殺す!」

何やら喧嘩を始めた模様だが、自分には関係ない話なので軽く欠伸をして優雅に昼寝を決め込む。なまおの声がうるさくて去ることも考えたが、クロオの膝から離れるのも惜しむ。結局そのまま居座ることを決めた。頭上で激しい、といってもなまおの一方的な幼稚な罵りが耳に入る。しかし、そんななまおの怒りもクロオは気にした様子も見せずさらりとかわした。勝敗は見なくもても分かる。
毎度毎度飽きないものだ。さっさと寝てしまおうと無視を決め込んでいたら、頭上から声が聞こえた。

「……浮気者は一体どっちだか」

片目だけ開いて盗み見る。口にした声の主は笑ってはいたが、肝心の目が全く笑っていなかった。その言葉の意図を自分にはわからない。わかるのは結局どっちもどっちだという話だということだ。どうして人間というのは素直に生きようとしないのだろう。
そんなクロオをよそに、なまおはまだ自分の名前を呼んでいる。さすがにずっと騒がれると煩わしさを感じてくる。

「お互い飼い主には苦労しますねー」
「……にゃあ」
「ちょっと!そこイチャつくの禁止!!」

全くもってその通りだ。
同意と少しの同情代わりに尾で体を撫でる手の甲を軽く叩いてやった。


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