■ UNbreakable

ライアンと出会って恋人という関係になってからというもの、それはめまぐるしい日々を過ごしていた。
ライアンはああいう男だ。派手好きで、目立ちたがり屋なゴーイングマイウェイ。
そんな男が、どうして自分と付き合おうと思ったのか分からない。しかし、いつか終わる関係だと分かってもライアンと一緒にいるのは嫌とは思わなかった。つまり、そういうことだ。

しかし、ライアンがアポロンメディアから離れると速報ニュースによって突然終わりを告げた。




「ようなまお」
今日も変わらず重い気持ちを抱えて帰宅すると、部屋の中に不法侵入者がいた。目が眩むほどの金髪、派手な身なりに身を包んだ男。ついこの間までテレビで活躍していたヒーロー、ライアン・ゴールドスミス。
俺の、『元』恋人だ。
久方ぶりに出会った『元恋人』の姿に眉を寄せる。
「……なんでいるんだよ」
「ああ?つれねぁな、恋人が来たってつうのに」
やれやれと呆れた様子で首を振るライアン。我が物顔のようにソファに居座る男に顔をしかめる。しかし、そんな自分におかまいなしにライアンがくいっと手を挙げる。
「コーヒー」
「そんなの自分で淹れろよ」
「俺よりあんたが淹れた方が美味いんだよ、俺様ずっと待たされてチョー喉乾いてんですけどー」
なにがチョーだよ、ギャルかお前は。
心の中でツッコミを入れる。そのギャル男はというと後ろではーやーくーなんて子供みたいに足をバタバタさせている。少し前までこんなやつがヒーローやっていただなんて誰が思うだろうか。
言い出したら早々に折れないライアンを嫌でも知っている。仕方がないと大げさにため息を吐き出してキッチンに向かった。
コーヒーメーカーで淹れたコーヒーを持ってライアンの前にカップを置く。置いたカップを見て、ライアンが眉を顰めた。
「なあ、俺のマグどうしたんだよ」
「……落として割った」
「はぁ?あれスッゲェ気に入ってたのに」
ぶつくさと文句をこぼしながらもカップに口をつける。それを確認してから自分のを飲んだ。つかの間の沈黙が部屋の中に訪れる。少し前ならこの空気に心地よさを覚えた。しかし、今はそれが苦痛に感じてしまうのは自分の中で変わってしまったからだろう。
早く帰れという気持ちで一杯になりながら、おもむろにライアンが話題を切り出した。
「なんでメール無視すんだよ」
「……忙しかったから」
「嘘つけ、一週間も返さないでなにいってんだ。この俺を無視するなんざいい度胸じゃねぇか」
ん?と口元を上げてニヒルに笑って見せる。しかし、目は全く笑っていない。言い訳は許さない、そういっているのが分かる。ぐっと言葉を詰まらせ、とっさに言い訳が浮かばず視線を外した。
「なあ、今度は何に腹立ったせてんだ」
「別にそんなんじゃ」
ない、と言葉が終わる前にドンッと大きい音が響いた。突然の大きな音にびくりと体を震わせる。音はライアンが勢いよくカップを叩きつけた音だった。
「あんときからだ」
「……」
「俺がアポロンメディアから離れるってニュースが流れてからだ」
その指摘に、カップを持っていた手が止まってしまう。ダメだ、そう思ったときにはもう遅かった。ライアンはその自分の反応を見逃さず、ぶはっと吹き出す。
「わっかりやすいななまお」
「う、うるさいっ!」
腹を抱えて笑いだしたライアンにカッと顔が熱くなる。どう見てもバカにした笑いに怒りと羞恥でどんどん体中の熱が上がっていくのを感じた。何か言い返そうと口を開こうとするのをライアンが遮る。
「なに?俺がここ離れると思って別れると思ったわけ?」
「それはっ」
それ以上の言葉が続かず、ぐっと奥歯を噛みしめる。ライアンはライアンで目を細めて自分の反応を楽しんでいる。なんて腹が立つ男だろう。腸が煮えくり返る感覚に我慢できず、声を振り絞って言葉を吐き出す。
「お前が、何もいわなかったからっ」
恋人の移籍発表をテレビで初めて知った恋人の気持ちをぜひ考えてほしい。いままで当たり前のようにあった日常が突然音を立てて壊れたショックは言葉にはできない。あまりに唐突だったから持っていたコーヒーをぶちまけてしまうぐらい動揺を隠せなかったのだ。
口にしてしまったら最後、もう自棄になって前髪をかきむしる。もうとっくにライアンとは終わったのだ。そう思えば何をいっても許される気がした。
「そうだよ、ライアンのいうとおり俺はお前に別れ話をいわれるのが怖かったんだ」
ライアンのニュースを見て、真っ先に考えたのは別れ話であった。
付き合い始めてまだ数ヶ月しか経っていない恋人と遠い海の向こうの大富豪、考えなくても分かることだ。
目立ちたがり屋で、俺様で、けれど律儀な男だと知っている。
女々しいと自分でも分かっていた。しかし、ライアンの口から別れ話をいわれるのが耐えられなかった。
今までずっと抱えていた思いを、もう最後だと分かって全てをさらけ出す。その間、ライアンは何も言い返さないで黙って話を聞いていた。それが自分ができる最後の行為だとでもいうように。
(ああ、こんなに壊れるのって呆気ないものか)
そんな考えで拍車が掛かり、言葉はどんどんヒートアップしていく。ヒドいことも口にした。けれど、ライアンは表情を変えない。
ライアンに罵声を飛ばすかのように全部を吐き出したときにはもう声が出ずに肩で息をするほど呼吸は荒くなっていた。
しかし、当のライアンはやっぱり無言を貫いて表情も同じのまま。こんなのものなのかと逆に冷静さを取り戻し、先ほどとは違った羞恥が湧き上がる。そして、ライアンは一度深く息を吐き出すとやっと口を開いた。
「なまおよぉ」
「なん、だよっ」
「バカにもほどがあるんだけど」
「……はあ!?」
「いやホントバカだわ、救いようのないバカっているもんだ。もうウケるったらありゃしねぇ」
俺様チョウビックリーなんてお手上げポーズをする始末。もう出ないと思っていたのに、ライアンの第一声のおかげで上げてしまった。
人が散々溜まった思いを吐露したというのに、第一声がバカとは酷すぎやしないか。
怒りでわなわなと体を震わせていると、ライアンが面倒くさそうに頭をかく。
「で? 誰が、誰と、別れるっていった?」
「だ、だってあの流れだとそうとしかっ」
「勘違いにもほどがありすぎ、俺は一言も別れるなんていってねぇし」
「でも連絡一つも寄越さなかっただろ!」
「驚かそうと思ったんだよ、サプライズってやつ」
それぐらいなんで気づかないかなー、と耳をほじりながらソファを立ち上がって自分に近づいてくる。一体なにを、と後ずさるがそこまで広くない部屋のせいですぐに壁際まで追いつめられた。
「勝手に勘違いして、勝手に連絡絶って、挙げ句勝手に別れたと思って、メール電話全て無視された俺の気持ち考えたことあるか?あ、考えてないからできたのか」
「ら、ライアンっ」
「あーあー、もうなまおの話はうんざり。もう俺の勝手にするから」
「なにをっ……!?」
するりと自分の服の中にライアンの手が忍び寄る。指先が臍をなぞり、軽く爪で引っかかれただけで体が跳ねた。ライアンが今からしようとするのがすぐに察して顔から血の気が引いた。
「ライアンやめろっ」
「聞いてなかったのかよ、俺の勝手にするって」
「だ、だからってこんなのっ……っ、んっ」
黙れといわんばかりに胸の突起を抓られて痛みで声を上げる。身の危険を感じて逃げようと試みたがライアンに両手首を拘束されてしまい身動きが取れない。ライアンとてヒーローだ、一般市民の自分が勝てるはずがない。
「ライアンっ」
「なまおがどんなに逃げようとしても、この俺―――ゴールデンライアンからは逃げらんねぇんだよ」
だから黙って俺にキスされな。
その言葉と共に唇に噛みつかれ、全ての言葉をライアンに飲み込まれてしまった。


ライアンに無理矢理襲われてから、解放されるまで長い時間を有した。食われるという表現がよく合う、まさにライアンのような捕食行為だったといえる。
途中で飛んでしまった意識が戻り、横を見るとライアンが暢気に眠っている。いつも上げている前髪が下ろされ、いつもより幼く見えた。
そのままトイレに行こうと、節々が痛む体を起こす。ふと、自分の携帯が視界に入った。ライアンが自分用にと押しつけた携帯だ。
ニュースを見てからずっと無視して起きっぱなしだったことを思い出す。少し迷ってから、勇気を出してその携帯を取った。
画面を開くと、ライアンからのメールや留守電がたくさん入っている。
無視するな、なんで連絡してこない、今度は何に腹立てた。数え切れないほどのメールがライアンから送られてきた。そのどれもには必ず連絡しろがついていて、謝罪のメールなんて一言もない。

それがあいつらしくて笑みがこぼれる。
そして、ライアンと連絡を絶ってからの最初のメールを開けて、指が止まった。内容に目を通してから、耐えきれず瞼を手で隠す。
(ああそうだなライアン、お前のいうとおりだった。勝手に今までの生活が壊れたなんて思っていたのは、俺のほうだった)
それはニュースがあの流れてから、数分経ってからのメール。
本文には、なんとも彼らしい内容が書かれていた。


『ニュース見たか?
驚いたろ、なんと海の向こうの大富豪からオフェーがきたんだ!
今頃さすがダーリンだって誉めてるなまおが目に浮かぶぜ。
まあそういうわけだからあんたも一緒に来いよ。
このゴールデンライアンがなまおを一生養ってやる。
詳しい話はいつもの店で、そんじゃまたあとで。

PS.今夜は楽しみにしてろよxxx』




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