■ 花弁掴みの脱獄犯

シィテルンビルトでは知らない者はいない脱獄常習犯が存在する。
脱獄回数は両手で数え切れないほど、捕まって戻されても諦めず脱獄を繰り返す。そんな彼女を支持する市民も増えてきた。
彼女の名前はなまこ・ブルックス。

「おいやばいぞなまこが消えた!」
「なまこー!なまこどこー!?」
「まだこの近くにいるはずよ! 急いで見つけないと!」
「なら私は空から探そう!」
「い、いまジェット機ないから浮くだけではっ」
「あの子ったら、ここで脱走するなんてぶれないわねぇ……」
「あとで尻叩きの刑ですね……」
「ば、バニー落ち着けって!」

別名、自発的迷子常習犯ともいう。


ぴょん。ぴょん。
空に向かって手を伸ばしては力一杯ジャンプする。そのたびに二つに結んだ髪の毛が揺れ動く。まるでウサギみたいだ、と飛び跳ねる後ろ姿を見ながらイワンは思った。
夢中になって手を伸ばしている先には満開のサクラ。ここら一体、見事な花を咲かせるサクラが並んでいる。イワンはこのサクラを眺めながら仕事仲間たちと宴会をする予定であった。だが、とあるハプニングのせいでこうして探し回る羽目になっている。
その原因が、目の前でぴょこたら跳ねている幼女なのだが。
子供と交流を持たないイワンにとってどう対応したら悩む。どう言葉をかけようと悩んでいたら、幼女が着地に失敗してぐらりと後ろに体が傾いてしまう。
まるでスローモーションのように後ろに倒れ込もうとする姿を目にした瞬間、考えるよりも体が動いた。

「だ、大丈夫でござるかっ……?」
「あ、わーにゃ!」

幼女が地面と激突する直前に間一髪でイワンが体を張って壁になったおかげで激突はしなかった。焦ってつい仕事時の口調になってしまったぐらい。
しかし、そんなイワンの心情など露知らず、幼女―――もといなまこ・ブルックスは自分の顔を確認すると暢気に笑顔を見せてくる。大人の心など子供知らず、といったところだろう。いやそれよりもいまの呼び方が気になってしまった。

「なまこさん、その呼び方はちょっと」
「なんでー? わーにゃってよばれてたんでちょー?」
「そう、だけど……その呼び方恥ずかしいから」

母国ではイワンをワーニャと愛称で呼ばれていた。それを話して以来、なまこはイワンのことをワーニャと呼ぶようになってしまった。何度訂正を求めても一向に直す気配を見せない。子供とはどうしてこうも頑ななのだろう。

「ところでなまこさんさっきから何を……?」
「あんね、ちゃくらとよーとってゆの!」
「ちゃくや……もしかしてサクラのこと?」
「あい!」

びしっと綺麗な挙手をして元気よく返事する。いや返事されてもどうしてサクラの花を取ろうとしたのかわからない。だが、イワンが尋ねる前になまこが先に理由を答えてくれた。

「こてちゅがおちてきゅゆおはなをごまいとったやおねがいごとかなうっていってたのー!」
「タイガーさんが……」

そういえば先輩のタイガーは日系だったのを思い出す。今回の話もタイガーの地元でやっている行事の一つだったという話から持ち上がったのだ。タイガーの相棒であるバーナビーの養女という立場にいるなまこのことだからタイガーに色々教えてもらったのだろう。
なまこはイワンに背を向けて「とおっ!」とかけ声と共に勢いよくジャンプする。落ちてきた花びらを掴もうと試みたようだが、握ろうとした風圧によってするりと手からすり抜けてしまう。

「むぅー! またとえないー!」

ぷくっと頬を膨らませて地団太を踏むがもめげずにまた飛び上がって取ろうとする。これをずっとやってたのかと思うと、なまこの集中力にはほとほと感心してしまう。
タイガーの言葉を信じてずっと取ろうと奮闘していたと思うと微笑ましい。が、状況を思い出すとなまこの行動は偉いといえなかった。なまこさん、とイワンが呼ぶとなまこが不思議そうに振り返る。

「なまこさん、君がいなくなってみんな心配してるんです」
「う?」
「なまこさんがいなくなってみんな必死に探してるですよ」

ポポの脱走癖は今に始まったことではないにしろ、突然消えてしまったなまこに全員がいま捜索に当たっているのも事実だ。まさかサクラの花びらを取ろうと奮闘していたなんて誰も思わない。当のなまこも自分のせいで花見を中断してしまっているとは思いもしないだろう。なにせまだ子供だ、自分の思うがままに突き進む。
ここは大人として叱るべきなのかもしれないが、誰かに強くいうのに慣れていないイワンにはできるはずもなかった。できるのは、なまこを心配する養父や同僚の話をすることだけ。

「戻りましょうなまこさん、みんなもなまこさんと一緒に花見したがってます」
「……」

手を差し出して握り返すのを待ったが、なまこは躊躇いがちに首を横に振る。理由はなんとなく分かっていた。きっと花びらをまだ取れていないからだろう。
本当ならばすぐに連れて帰ってみんなを安心させたかった。しかし、無理矢理連れて帰ればなまこは機嫌を損ねるのも目に見えている。どうしたものか、と悩んだ末にイワンはある提案を持ちかける。

「それなら、僕も取るの手伝います」
「ほんちょ!?」
「うん、だから5枚取ったらバーナビーさんのところに戻りましょう」
「あーい!」

イワンの提案になまこは元気よく了承する。その姿にほっと安堵する。再び花びら取りに専念したなまこから空へと視線を移す。視界に広がる真っ青な空と広がるピンク色のサクラ、そして風によって宙を舞う花びらたち。綺麗だとイワンは純粋に思った。こんな綺麗な花があるなんてやっぱりニホンは素晴らしい。

(いつかニホンでサクラが見れたらいいな)

「わーにゃー!はーやーくー!!」
「あ、い、いまやりますっ!」

ポポの呼び声に耽っていた意識が戻ってくる。すぐさま返事をしてなまこと同じようにサクラの花びらを掴もうと空に手を伸ばした。


余談だが、このあとすごい早さで取ったイワンに臍を曲げてしまったなまこを連れてくのに手間取ってしまい、結局なまこはバーナビーから尻叩きの刑に処されてしまう。

「ううっ、いちゃーのー……」
「お、お疲れさまです……そういえばなまこさん、さっきいってた願い事って一体」
「ひーみーちゅー」
「え、えー……」

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