■ 蛇の戯れ

バタンとドアが閉まる音が遠くから聞こえた。
誰か帰ってきたのかと作業していたパソコンの画面から視線を外す。長時間パソコンとにらみ合っていたものだからそのまま腕を伸ばすとバキバキッと体中が悲鳴を上げた。

「すごい音ですね、こっちまで聞こえてきましたよ」
「ウイルス」

入ってきたのは自分の直属の上司であるウイルスだった。どうやら日課であるシマの見回りから戻ってきたらしい。

「おかえりなさい、コーヒーは?」
「淹れてください」

尋ねるとすぐさま即答で返ってきて苦笑を浮かべる。ウイルスはけだるげにネクタイを解くと、近くにあったハンガーにかけた。これがトリップだったらソファに投げ出すところだ。その仕草だけでウイルスの性格が現れている。

「味は?」
「ブラックで」
「ですよね」

椅子から立ち上がって一回肩を回してからすぐさま給仕場に向かう。
棚からコーヒー豆の粉を取り出してコーヒーメーカーと一緒に準備にかかる。このコーヒーメーカーは共用のではなくウイルス専用のものだ。そして淹れるのはウイルスではなくもっぱら自分である。ちなみに自分は一度もこのコーヒーメーカーで飲んだことはない。ウイルスのようにこだわるタイプではないのでインスタントで十分なのだ。
コーヒーを準備している間、ウイルスは自分が先ほどまで使っていたパソコンをいじっていた。
時間が経ってウイルス専用のマグに注ぎ終わってもウイルスはまだパソコンの画面を睨みつけている。

「コーヒー入りました」
「そこに置いておいてください」

自分の方に一瞥もよこさず、キーボードを打ち続ける。お礼もねぎらいもないのはいつものことなのでいわれたとおりウイルスが座る席にカップをおいた。
一応この人の直属の部下だと自負しているので信頼されていないわけではないと思ってはいる。だが、どんなに自分に仕事を任せても最後には自身でチェックしないと気が済まないのだ。
いわれた仕事は全て終えたのであとはウイルスの確認を待つしかない。パソコンのすぐ隣に置かれたソファに腰を下ろす。残像が残るほどの速い速度でキーボードを打ち続けるウイルスを眺めながら終わるのを待った。
少ししてから打つ音がぴたりと止まる。終わったのかと顔を上げると涼しい顔でコーヒーを飲むウイルスが座っていた。

「どうでしたか?」
「特にありませんでした、さすがなまおですね」

ニッコリといつもの胡散臭い笑顔を浮かべての賛辞に喜びは感じない。それならよかったとだけいって飲みかけのコーヒーを飲み干す。

「そういえば、また彼に会って来たんですか?」
「ええ、やっぱり一回蒼葉さんに会わないと」
「はぁ、相変わらずのご執心っぷりですね」
「君も昔の蒼葉さんを見たら同じ気持ちになりますよ」

うっとり、という言葉がよく似合う恍惚とした表情を見せるウイルスに半ば呆れながら整理していた書類を纏める作業に集中する。
作業に勤しみながら何度か会ったことある蒼い髪の青年を思い出す。ウイルスとトリップがどうしてそこまで執着するのかいまだに理解できない。

「なまお」

呼ばれたのに気づいて顔を上げようとしたらその前に後ろからにゅっと腕が伸びてきた。伸びた手は自分の顎を捉えるとそのままぐいっと上を向けさせられる。向いた方向には天井とウイルスがいた。声をかけようと口を開こうとしたが、押しつけられた唇によって遮られてしまった。
開いたままの唇からぬるりと舌が侵入してくる。蛇のように蠢く舌が自身の咥内を好き勝手動き回る。抵抗する気も起きず、そのままウイルスの自由にさせた。飲みきれなかった二人分の唾液が顎を伝っていったがそんなのお構いなしにキスを続ける。
咥内を満足いくまで遊んでからウイルスの舌がでていく。だが、そこで終わりはせずにそのまま回ってきて自分の膝の上に乗ってきた。
なにをしようとしているのはもうとっくにわかっている。

「……まだ仕事中のはずですけど」
「これも仕事の内だと何度もいってるじゃないですか」
「これが、ですか?」

ずっと出さなかった手を動かしてウイルスの太股に乗せる。女のような柔らかさはないが同じ男の自分よりも細い太股を布の上から味わうように撫で回すとウイルスの手が重なる。

「上司のストレス発散の手伝いをするのも部下の勤めですよ」
「ストレスね……」

性欲の間違いだろ、と内心悪態をつく。口にし結局のところ、理由がどうあれウイルスにとって自分は性欲を満たす為の道具でしかないのだ。ウイルスにとってただの棒なら自分にとってはウイルスはただの穴。

「トリップは?」
「さあ、さっき別れたんでいつ戻ってくるか検討がつきません」

特に興味ない様子で自分のシャツのボタンを外していく。
どうせこの二人のことだ、トリップもウイルス同様発散しているに違いない。こうもシンクロすると呆れも通り越して関心してしまう。
馬乗りになったウイルスは誘うように腰を揺らして自分のものを刺激しながら姿はまるで風俗嬢だ。さながら真下から見上げる光景はストリップショーといえるだろう。

「同時に発情とは、あんたたち本当に似てるな。まるで双子」
「じゃありません」

思ったことを口に出すとすぐに否定の言葉が返ってくる。こにトリップがいたら同じようにハモっていただろう。そういうところが双子みたいといわれるのに彼らは気づかないのだろうか。
その間にも、ウイルスははだけたシャツの隙間から手を差し込んで肌に触れていくる。じらすように爪の先でひっかくのに

「どうせ当分帰ってこないんですから、それまで楽しませてください」

笑ってみせた唇の隙間から覗く長い舌。
それがまるで獲物を前にした蛇の舌のようであった。


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