企画小説 | ナノ


「……私、花嫌いだって言わなかったっけ」

 両手一杯に抱えていた花束を差し出せば、ナマエは露骨に嫌な顔をして見せた。それでもしぶしぶといった様子で受け取る彼女の眉間には、深い皺が刻まれている。

「そういうのツンデレって言うんでしょ? ボク知ってますよ!」
「ホンットーーに嫌いなの! しかもこんな大きな花束、どうしろっていうのよ。花瓶もないのに」
「ほらぁ、花瓶があったら活けるつもりなんじゃないですかー。天の邪鬼だなあ」

 ボクがそう言うと、彼女はキッと音がしそうな勢いでこちらを睨んだ。しかしすぐに目を逸らし、花束を乱暴な手付きで机へと置く。衝撃で彼女の嫌いな花粉が机を黄色く染めたが苛立ちに塗り潰された彼女は気付かなかったようで、そのまま定位置のパソコン前へと荒々しく歩みを進めた。

 そして外界を遮断するようにヘッドフォンを耳に当て、キーボードを叩く作業に戻る。わかりやすい無視のポーズだ。

「あれあれ?」

 わざとらしく声を上げてみても、その背中は何の反応も示さない。眉間の皺も消えているだろう。

 まいったなあ、などとこれまたわざとらしく呟いて頭越しにディスプレイを覗き見れば、がっしりとした浅黒い腕がサブマシンガンを操っていた。彼女の好みがこの体型ならボクは対象外だなあなんて思いながら、細い肩を包み込むようにして両手を置く。ヘッドフォン越しでもはっきりと聞こえるよう、無骨なそれに唇を寄せて言った。

「機嫌なおしてくださいよー、花瓶ならボクが買ってきてあげますから。うんと豪華で大きなやつ」
「い、い加減にして」

 羞恥ではなく怒りに震える語気を漏らしつつも、頑なに画面から目を逸らさない彼女の眉間に再び皺が刻まれていることに口元の笑みが深まるのがわかった。こういうとき、ボクって結構正直だなあと思う。

 笑っていることがばれないよう顔を離す。それから彼女の耳を覆うヘッドフォンに手を移して「これ外してほしいなー」と言えば、ナマエはパソコンのイヤホンジャックからコードを引き抜いた。作り物の銃声が部屋に響く。

 手の中の存在意義を失くした物体を放り投げたい気持ちになりながらも、さすがにそれは部屋を追い出されかねないと丁寧に耳から外すにとどめた。

「もう、ナマエさんったら今日が何曜日かわかってるんですかー? 花金ですよ花金、引きこもってないで外でパーっと遊ばなきゃ」
「キャバクラでもなんでも一人で行けばいいでしょ」
「やだなあ、外での遊びがキャバクラだなんて、イメージが偏ってますよ」
「女で遊びたいならキャバクラに行けって言ってるの。男で遊びたいならホストクラブ行け」
「誰でもいいわけじゃないんだけどなあ」

 吐き捨てられた言葉に合わせてそう呟けば、彼女は沈黙を返した。絶句ではなく意図的なもの、無視だ。だからこそキミで遊びたいんだけど、とこちらを見ない横顔に視線を注ぐ。

「いつまでも作り物の世界で遊んでないで、現実に戻ってボクと遊んでくださいよー」
「エリート副会長様は現実からドロップアウトした女なんか構ってないでお帰りになられたらどうかしら?」
「もう、歪んでるなあ。すべては受け取り方次第なのに」

 ナマエは再び口を噤んだ。その顔には「それを利用するアンタが言うな」と書いているが、彼女は意味のない問答はしない。ボクが聞き飽きていることは言わないのが彼女の美点だ。とはいえ、今の関係にも飽きてきた。

「そうだな……キミが変われないなら、ボクが頑張ろうかな」

 今日はじめて、彼女の瞳が怒り以外の感情で揺れた。思わずといった様子でこちらを見る彼女の、日に当たらない白い肌に指を伸ばす。察しのいいナマエの肌は冷えていく最中で、触れた指から伝わる体温は低かった。

「キミに遊んでもらえるように頑張るよ」

 踏み込んでぐちゃぐちゃに荒らしたいくらいにはキミが好きだから。
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