企画小説 | ナノ


 目の前には机に突っ伏して眠っているキルア。そしてそれを見つめる私。
 窓から射す夕焼けの光は彼の銀色の髪に反射してきらきらと輝いていた。とても綺麗なそれに思わず見蕩れてしまう。もうこの眩いばかりの銀色を見ることもなくなるのだ。彼が眠っているのをいいことに、私は下校時刻を過ぎているにも関わらず彼を起こすことをしなかった。
 私は明日、この土地を去ってしまう。今日がこの学校で過ごす最後の日であった。私はこのことを誰にも話していなかった。明日になればクラスメイトの皆はようやっとその事実を担任から知らされるのであろう。ゴンは怒るだろうなぁ。キルアも、怒ってくれるかな。怒ってくれたらいいなぁ。
 ゴンとキルアは私の最高の友達だ。高校で初めて知り合ったとは思えないほど私たちの仲はよかった。最初は彼らが男であることに多少の戸惑いを感じ取っていた私だけれど、日を追うごとにそんなことはどうでもよくなった。それほどに、彼らの側は心地よかったのだ。彼らも同じことを考えてくれていたのであろう、入学当時から既に仲のよかった彼らは、ぽっと出の、突然ふたりの輪に混ざるようになった私のことを対等に扱ってくれた。

 彼らとの付き合いを経て私はようやく男友だちというものを理解できた気がする。高校に入学するまでにも異性の友人はいたけれど、やはり私は彼らのことを異性として見てしまっていて、仲はいいけれど友だちと呼ぶには遠すぎる微妙な関係を築いていた。そうして、私の属していた女子のグループの誰かが共通の男友だちと付き合ったりなんなりをするのが常であった。恋人になるまでの曖昧な期間のあいだの関係を男友だちと呼ぶのだと、そう思っていた。
 女子の友だちがいる以上、その子の異性の友だちともまあ話すようになる。私にとっての男友だちというのはその程度の存在であった。しかしその認識は高校に入ってから、ゴンとキルアの存在によって改められた。
 きっかけはなんだっけ……ああ、たしか掃除当番。入学して間もない頃、中学時代からの友だちとクラスが分かれてしまい、人見知りな私は誰かに話しかけることもできずにひとりで生活していた。掃除当番が私にまわってきたとき、正直げっと思った。掃除する以上少しは会話をすることもあるであろう、きちんと受け答えができるか不安でいた。うちのクラスの掃除のグループは男女混合で、私以外のメンバーが男子だと知ったときはほっとしたような、残念なような複雑な気分を味わった。女子なら話すきっかけを得ることができたかもしれない、いや、面白い話ができなくて気まずい雰囲気を味わうだけかもしれない……。そんなことでぐるぐるしていても放課後はやって来る。そしてゴンとキルアと私の三人で教室を掃除することになった。
 結果、私は大切な友だちをふたりも得ることができた。彼らが相手だと、頭で考えてから受け答えをする暇もないほど、言いたいことや伝えたいことがすらすらと出てきた。私たちは掃除を終えてからも教室で駄弁っていた。教師が教室の鍵を閉めに来るまで、私たちは時間を忘れて話に耽った。
 次の日、学校にやって来て彼らからの「おはよう」を聞いて嬉しくてたまらなかった。教室には、昨日の放課後のように誰もいないわけではなくクラスメイトがいる。そんな中、女である私に話しかけてくれるであろうかと少し心配であったのだ。その心配は杞憂であった。私が彼らと仲良くしていてもクラスメイトは私になにかを言うことはなかったし、私たちが昼食を共にしていてもそれは変わらなかった。このことをゴンに話してみると「ナマエの考えすぎだよ」と言われた。たしかにそうであった。クラスには私以外にも男友だちのいる女子はいる。私の知る男友だちは皆、最後には私の友だちと恋人になっていたから、少し過敏になってしまっているだけなのかもしれない。ゴンとキルアと友だちになってから、それがきっかけでクラスメイトたちと話す機会が増えた。女子の友だちもできた。それでも私が学校生活を共にするのはゴンとキルアだけであった。

 今日の日直は私とキルアであった。日誌を書くためにこうして教室に居残りをしていた。ゴンは先に帰ってしまった。目の前で眠っている彼の銀色は色褪せないまま、その光を反射させていた。
 彼は今日、授業中に眠っていたはずだ。それでもまだ寝足りないということであろうか。彼はいまだに起きる気配すら覗かせなかった。そのおかげでこの銀髪を堪能できるのだから、ありがたいといえばそうであるけれど。
 私はゴンとキルアを最高の友だちだと言ったけれど、キルアだけは実は違ったりする。いや、彼のことは友だちとして大好きだけれど、ほかの意味でも好きだったりする。私は彼のことを異性として意識しているのだ。
 彼とは友だちという関係のままで満足していた。彼のことは好きだけれど、友達としても大好きなのだ。だから、ひとまずは卒業まではこのままでもいいかなと呑気に構えてしまっていた。
 しかしそれもどうだ、引っ越しするとわかってからは彼への恋心がひょっこりと顔を出してきた。人間とはつくづくよくわからない生き物だ。友だちという彼との関係に満足していたはずなのに、いざ手放さなければならないとわかればそれに縋りついて放そうとしない。
 それなのに私に警戒することもなく目の前でぐっすり眠っている彼。くそ、その顔に落書きしてやろうか。
 筆箱からマジックを取り出した。マジックは水性だから、彼が帰りの電車の中で落書きされた顔を晒すこともないであろう。さて、なにを書こう。
 せっかくだからこのまま告白してしまおうかと思った。「好き」とその頬に不恰好に書いてみる。うん、悪くない。
 この落書きを、彼はどう思うのであろう。なんだか心臓がどきどきして落ち着かなかった。まるで泣いているようにせわしない鼓動に、ああ私は本当に彼のことが好きなのだと実感した。
 今日は水曜日。たしか彼らと初めて掃除をしたあの日も水曜日であった。曜日ごとに班で掃除をしていたからよく覚えている。なんという偶然であろうか。
 私は彼を起こすことなく教室を出た。もうこの高校に足を運ぶこともなくなる。この土地のすべてにさよならだ。

 ばいばい、好きだったよキルア。
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