企画小説 | ナノ


「団長。あー、クロロ、これ。・・・あ、大丈夫。オレが見ても、全部文字が暗号だし読めなかったから。じゃあ、オレは帰るけど今日はゆっくり休んで。」

真っ白なベッドから体を起こして、シャルナークという(オレの仲間らしい)男が渡してきた、オレの持ち物であるという携帯の連絡先を見る。すると、何個もカテゴライズされており、オレは人脈が広い男なのだと知った。
しかし、まだ団長というのは慣れないな。本当にオレは盗賊の頭で裏の人間なのか?
分からない。分からないんだ、本当に。

『仲間』『仕事:情報』『仕事:殺し』『調達』と読めた。
『仲間』にはシャルナークに紹介された、幻影旅団という盗賊のメンバーの連絡先が入っている。
とりあえず、オレを知るきっかけ作りにでもと思って、次のカテゴリーの中で4番目に登録されていたナマエという人物に電話を掛けてみた。

「・・・ナマエか。」
『ええ、久しぶりね。』
「話したいことがある。20分後に、会おう。」
『・・・わかったわ。』

X

「・・・今日は土曜日、安息日よ。仕事は勘弁してもらいたいわ。」

ナマエは深い青のワンピースを着ていた。
伏せられた長い睫毛がオレを感傷的な気分にさせる。

「すまない、オレは神を信じていないんだ。自分が誰かすら、まだよく分からないから。」
「ふふ。その割には、あなた、それこそ宗教っぽい理由なのね。」
「きっと何かに縋るのは楽なんだろうな。なあ、ナマエ。オレは、どういう人間なんだ?」
「人間って、アバウトすぎる。・・・そうね、あなたは冷たくて優しい、残酷な人よ。」
「随分な言われようだ。」
「・・・情報料は、また。クロロに会える時、その時・・・今度でいいわ。」

どうやら今ので情報料を取るらしいナマエの背中を見送ってから、携帯の画面に視線を落とす。
『仕事:情報』で止まっていた画面を更に下にスクロールさせると『恋人』があった。しかし、その中には何も登録されていなかった。

・・・オレはなぜ1番目ではなく4番目の人間に連絡を入れたのか。
無意識だ。指が勝手に動いた。
オレはなぜナマエの顔を覚えていないはずなのに、顔を見て彼女だと認識していたのか。
無意識だ。脳が心が、勝手にそう判断した。

オレは、オレ達は、なぜ場所を確認しなかったのにあの場所で会えたのか。

唇が震える。「ナマエ」という響きは優しくて暖かくて穏やかで。
瞼が震える。先ほどは終始難しい顔をしていたはずのナマエは笑っていて。

これは幻なんかじゃない、笑わせるな。

チップを置いて席を立ち、走る。汗で前髪が額に張り付くが、構っていられる程オレは余裕がない。

そうだ、そうだった。そうだったんだ!

オレの懐の中では、いつだって何物にも変えがたいナマエと過ごした時間が流れていたんだ。
止まることを知らずに、流れ続けていたんだ。たとえ、記憶喪失になろうが。

オレは、ちゃんと思い出せた。
しかし、気づいてしまったんだ。

ああ、本当に、残酷だ。
オレが残酷なんじゃないよ、ナマエ。
世界が、神が、残酷なんだ。

XX

「だって、あなたは'すべて'忘れてしまったんだもの。」

ぽつりと呟いた言葉は涙となって消えた。
深い青のワンピースに真夜中の色の染みを作って。

日課と化してしまった『クロロを待つ』という行為をしながら、涙で溺れる私は彼と過ごした幸せな時間を懐に仕舞いこんだまま――また、明日もこうして彼と会うのだ。

同じ時間にあなたから電話が来て、同じ場所で会い、同じ会話を交わす。あなたは同じように思いつめた顔で自分を探し、私に同じことを問う。
そして私が家に着いた頃に、必ず。
必ず抱きしめに私の元へ走って来るの。

'あなた'は来るけれど、'クロロ'は、来ない。もう6年も待ち続けている。
同じことを、馬鹿みたいに毎日繰り返して。
明日こそは、'クロロ'からの電話がくると信じて。

私はいつだって、ちゃんと懐の中からクロロとの思い出を自由に取り出せるのに。
私は、いつだって、いつだって、取り出せるのに。

携帯の画面は【September 13,2004(Wed.)】。
日めくり式カレンダーは【September 13,1998(Sat.)】。

私は、変わらない。そして土曜日を繰り返していく。愚かでしょう。
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