企画小説 | ナノ


 例えば、世界がこの世の全てを忌み嫌ったとしたら。それとも明日、風が吹かなくなったら。こんな馬鹿馬鹿しいこと、君の前では言えなかった。


 素敵な春が来たとしよう。街を歩く人々が可憐に咲く花を見るため足を止め、美しい花たちを眺める。誰かが零したため息も、柔らかい春風に吹かれて何処かへ流れていく。その中で君はひらひらと飛ぶ蝶を目で追いながら歩くもんだから、転びそうになる。それをボクが慌てて支えてやるんだ。照れくさそうに笑う君をね。
 また蝶を追って、ふらふらと歩く君と手を繋ぐんだ。危なっかしいからね。でもきっと温かくて優しいだろうな。ボクより体温の高い、君のことだから。手をつないだまま君は器用に振り返り、ボクに笑いかけてこう言うんだ。

『ヒソカ!今度はあの蝶をさ、追いかけようね』って。だからボクも仕方なく笑って「いいよ」と返事をするんだ。


 素敵な夏が来たとしよう。日傘を差す人や白い服を好んで着る人々に交じってさ。照りつける太陽をにらみながら、オレンジシャーベットとソルティライチのソルベをぺロリ。ボクはバニラアイスクリームに、チョコミントのアイスクリーム。お日様のせいで、コーンからとろりと溶けだしたアイスを慌てて舐める。ひとくち頂戴、だなんて言いながら。
 暑いね、なんてぼやきながらサンダルを鳴らして歩く。生ぬるい風が吹きつけてきて、君によく似合う麦わら帽子を揺らした。君は右手で帽子を押さえた。じゃあ、空いている君の左手と手をつなごう。きっと暑いだろうな。ボクより体温の高い、君のことだから。それでも嫌な顔をひとつもしないで、笑いながら君はボクを誘うんだ。

『ねぇヒソカ、ここじゃ暑いから公園に行って涼みに行こうよ』と、かわいらしくね。だからボクも「それは名案だね」と答えて歩きだすんだ。


 素敵な秋が来たとしよう。長袖や丈の長いズボンを着用する人々にまぎれて。君の好きなクラシックでも聞きに行こうか。眠くなりそうだけど、君が居るなら問題ない。ヴァイオリンやピアノなんかの音色に耳を傾けて。ふかふかの椅子に背中をゆったり預けて、音楽に浸るのだって悪くない。
 暗い劇場内で、もしくはその劇場を出た薄寒い外で、君と手をつなごう。きっと温かいだろうな。ボクより体温の高い、君のことだから。ああ、一本のマフラーを君と二人で使いたいな。君が編んだマフラー。背の高いボクでも、君の作る長いマフラーなら一緒に巻けるよね。カフェオレを片手にマフラーを編む君は、毛糸玉を弄んでいたボクにこう尋ねるんだ。

『あのさぁヒソカ。これから何をする?』ってね。だからボクはぴん、と人差し指を立てて「じゃあ、買い物なんてどうだい」と君の手を取るんだ。


 素敵な冬が来たとしよう。厚着をして、白い息を吐く人たちと共に。鮮やかに装飾されたモミの木を見上げたり、イルミネーションで照らされた道を二人で並んで歩いたり。お互いのためにプレゼントを買うのもいいかもしれない。ボクだったら君に、ネックレスを贈るよ。少し洒落ていて、派手すぎでない綺麗なラピスラズリのついた物をね。
 君の編んだマフラーを二人で半分ずつ巻いて。家に帰って、湯あみをして髪を乾かす。そして二人一緒にベッドに入るんだ。そして君と手をつなぐ。きっと安心するだろうな。ボクより体温の高い、君のことだから。長いまつげをぱちぱちと揺らしながら、君を囁くように言うんだ。

『…おやすみ、ヒソカ。また明日ね』と。そんな君を見てボクは、君を胸の中に閉じ込めるように抱きしめて、それに言葉を返すんだ。「…おやすみ、良い夢を」と微笑んでね。


 時間というものは、巡り巡って何かを作りまたは破壊し、それでも止まることなく進んでいく。けれどもし、この世界に神様と呼ばれる存在があったとしたら、神にとってその循環は瞬きをした間のようなほんのわずかな物なのかもしれない。その短い時間の中で何かを得たものも居れば、大切な物を失ったものもいるのに。神はそれを知っていたとしても、見なかったことにしてその先を見続けるのだろうか。


「………ねぇ、ナマエ?起きてよ…目を、開けておくれよ…」

冷たくなってしまった、ボクの愛する彼女。昨日、ボクに笑いかけてくれた彼女は幻だったのですか?…世界を愛することを諦めた神様、答えてくださいよ。

彼女は、“まぼろし”だったのですか。
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