企画小説 | ナノ


大しておもしろくもない今日の出来事、をぺらぺら話すナマエの声をBGM代わりにして本を読む、のは日課に近い。テーブルに置いた紙コップから延々と流れるナマエの声は、こちらの反応などおかまいなしにぺらぺら、ぺらぺら、途切れない。

「今日は天気が良かったから街へ出かけたの! そしたらね、お気に入りの服屋さんがセールしてたから衝動買いしちゃった。店員さんに聞いたら毎週火曜日は10パーセントオフなんだって! ずっと通ってたのに今まで知らなかったの。ひどいでしょう? 損しちゃったわ。それでね、ねぇ、聞いてる、クロロ?」
「ああ」

 内容は薄っぺらく聞く価値もない、が、一通り聞いてやらなければこちらの要件も聞いてはくれないので黙って聞き流す。

「旅団のみんなはお金払うなんて馬鹿だって言うでしょう? でもね、奪った服はすぐに飽きちゃうのに、ちゃんと買った服は飽きないの。どうしてかしら? そういえば、私って飽きっぽいじゃない? この間調べてみたらそういうのって星座や血液型が関係するんですって。不思議よねぇ、」

 適当に相槌を打つこと20分、ナマエの声が唐突に止まった。「どうした」、ナマエは答えない。イライラして舌打ちすれば、「猫が」、小さい呟きが聞こえた。

「猫?」
「猫が、」
「うん?」
「盛ってる」

 そうか。ため息交じりの返答はすでに彼女に届かない。「にゃーにゃー、にゃーん!」へんてこなリズムに合わせてナマエは声を張る。「にゃーにゃーにゃー!」徐々に声が遠くなる。どうした、と問う前に、ナマエの声の後ろで悲鳴が響いた。ぎゃっ。ナマエの声も同時に止む。紙コップ越しの足音が近づき、次に聞こえた声は上機嫌だった。

「お待たせクロロ」
「気は済んだか」
「うん」

 ようやく仕事の話ができる。紙コップに手を伸ばし耳に当てれば、部屋に響いていた声が小さくなり、俺だけに聞こえるようになる。ひどく間抜けな光景だが、記録が残らないこの能力は使い勝手がいい。誰から奪ったのかはもう忘れた。

「例の件は?」
「順調。明日、終わる。届ける?」
「いや、取りに行こう」
「マチちゃん? シズクちゃん? パクさん?」
「俺が」
「ええー」
「失礼な奴だな」
「せめてシャルナーク」
「だめだ」
「どうして!」
「お前は節操がないから」

 耳をつんざくような悲鳴が上がり、思わず耳を塞ぐ。「うるさい」、しかしナマエがおとなしくなるはずもない。

「どうしてどうしてどうして!」
「うるさい」
「やだやだやだやだ!!」
「うるさい」
「クロロのばか!」
「ならばヒソカにしようか?」
「……、……、」

 途端に黙りこくるナマエに喉がくくっと鳴った。

「ヒソカは、いや」
「なら我慢しろ」
「痛くしない?」
「ああ」
「……、わかった」
「良い子だ」

 襲うのはいいけど襲われるのはいや、とナマエは言う。痛くするのは好き、痛くされるのは嫌い、とも。以前無謀にもヒソカを襲おうとして逆に襲われ、身体中に傷をつけられたナマエはそれがトラウマになっているようで、もともと好き嫌いの多い中でもヒソカを極端に嫌っている。傷は痕になり、いたるところに残っている。ひとつひとつ確かめるように舐め、噛みつくと、ナマエは涙を流しながら悲鳴を上げる。その悲鳴が嫌いじゃない。

「ねぇクロロ、優しく、抱いてね」
「わかってる」

 あからさまな嘘でもナマエは安堵のため息を吐く。彼女は俺の行動の意味をわかっていない。他の男に付けられた痕、それがどんなに俺の心を乱し、興奮させるのか。忘れたのか、俺は盗賊だぞ。「じゃあまた明日」「おやすみ」「おやすみ、クロロ」。ナマエの声の後ろで、猫が戦慄いた。にゃーん。ああ、生きてたのか。ゆっくり手のひらを握れば紙コップが煙となって消える。にゃーん。耳に残る猫の声をかき消しながら、俺の思考はナマエの白い肌に支配されていた。さぁどうやって可愛がってやろうか。思わずこぼれた笑い声が部屋に響いた。また、明日。
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