企画小説 | ナノ


まあ所謂身分差というやつで俺と彼女の恋愛はうまくいかないことが決定していた。俺だって好きでこの家に生まれたわけじゃないけれど「生まれは選べない」ってどっかの誰かが言っていたし、仕方のないことなのだろう。生まれは選べないけれどもこれからの人生は努力次第でなんとかなるよ〜って云う意味の言葉なのだろうけれども、前向きというか希望に満ち満ちた言葉なのだろうけれども、マフィアっていうかギャングっていうか殺し屋っていうかなんて言えばいいんだろうな。この平和ボケした国におよそ似つかわしくないのが我が家の家業である。そして小さい頃から才能があるからってそれだけの理由で親にビシビシしごかれてその道のスキルを身につけちゃって手ももうすっかり汚れてしまった俺は、うん、努力したってこれからの人生はまっとうに歩けないだろう。むしろ加速していくだろう。そんなこと、誰に言われるまでもなくわかっていた。でもさ、頭でわかっていても心で理解できないのが人間ってもので。過剰に過保護な母親の反対を押し切って家飛び出してマンションで一人暮らしして、ふっつーの学校に通っていたりする。中高と今のところ実家からそこまでの反対はないけれどモラトリアムはきっと高校生までで、大学に進学、なんてことはできないのだろうなあと思う。オヤジは実家を飛び出した俺には何も言わず黙認しているけれど、その黙認は期間限定だということが言われなくとも伝わっているからやりきれない。まだモラトリアムにさよならするには数年ある。友達とバカみたいなことで騒ぐとか、カワイイ女の子と恋愛するとか、学校帰りの寄り道とか、将来できなくなることを今のうちに全部してしまおうとしている俺は生き急いでいるのかな、なんて時々思う。まあ当然か。あと二年で普通の高校生であるキルアは姿を消して闇の世界に消えてしまうのだから。同窓会とかいってみたかったな、と思う。思うだけだけれど。

ところでこれまで割と彼女がいたことから俺は自分のルックスを悪くないと思っている。いつもつるんでいる奴らが図ったかのようにバイトや補習で一緒に帰れなくなったせいで通学路をひとり寂しく歩きながらキルアは考える。それなりのルックスと、家業で鍛えた運動神経はセーブしても並の人間より優れているし、頭の回転が早く会話も盛り上げれるからモテる要件は揃っている。おかげでこれまでの学校生活は楽しく過ごしてこれました。けれども、こう、あまり純粋な子と付き合って拗らされて執着されたら後々面倒なので、男慣れしているというか、彼氏をアクセサリーか何かだと思っている女子としか付き合ってこなかったから、たまには青春したいとか欲望が湧いてきちゃったりして。髪を染めていなくて物静かな女の子がいいな。たとえば同じクラスのミョウジさんとか。と考えて、今まで誰がいいとか具体的なことは思いついたことがなかったので自分で自分にびっくりしていたりする。

「あ、すいません」
「わりぃ前見てなかっ……」
「キルアくん?」
「ミョウジじゃん! 偶然だな」

本当に偶然だった。そして幸運でもあった。いつもつるんでいる連中がいればこうやって街中でミョウジと会ってもすぐに別れることになっただろう。けれども今日は皆いないし、彼女の方も一人だった。好きな子に出会えた時の心情ってこんなもんなのかな。学校という枠の中では男女の壁を飛び越えられるものはそう多く存在しない。だから、こういう偶然でもないと近づくこともできないんだ。

「そうだね。キルアくんと学校外で会うのなにか新鮮かも」
「あんま俺ら遊ばねーもんなあ。今度どっか遊びに行く?」
「え?」
「ん?」

俺、なにか変なことでも言った? と彼女に問うた。ミョウジは、大きく見開いた目を通常の大きさまで戻して、「ううん。突然だったからびっくりして」と返した。あ、そっか。今までつるんでいた奴らとミョウジはまったく違うタイプだもんな。そりゃいきなり言われたら困るよな。

「やー土曜にいつものメンバーで集まろうっつってたのに、皆バイトだなんだのでドタキャンしてきてよ。だから予定空いてて、それで言っただけだからあんまり深く捉えないでくれな」
「そうなんだ……残念だったね」
「おう。今日も一人にしやがってマジあいつら薄情だよな。……そういや、ミョウジ、このあとなんか予定ある?」
「ううん、特にないけど」
「ならちょっと俺と付き合ってくんね?」

ミョウジの答えは聞かないまま、無理に手を掴んで歩き出した。


「付き合うってどこに連れて行かれるか怖かったんだけど、随分可愛いお店だね」
「だろ? 野郎一人で行くのはかなり躊躇われるだろ」

俺がミョウジを連れ込んだのは駅前の有名なカフェだった。俺は、実は無類の甘い物好きである。普通のカフェなら平然と入っていくけれど、でもこんなのフリフリで少女趣味な店に一人で入っていくのは躊躇われたのだ。行きたいなーと思っていたのもあったし、これなら彼女をいきなり誘っても自然に思われるし、と様々な打算のもとに動いたというわけだ。実際「甘いものが好き」というと彼女は「可愛い」と笑ったし。

「ていうか怖かったって、ミョウジ俺にどんなイメージ持ってんだよ」
「え? ええと……ちょっと近づきにくい、みたいな」
「ひっでーなーこんないい男にそんな悪口とかねーわ」

こうやって冗談めかして空気を和ませたあと、甘いスイーツを肴にお喋りを広げていく。先生の悪口から始まって誰かの噂、学校行事のこと。少し親近感が湧いてきたところで個人の話へ持っていく。好きなもの、嫌いなもの。そうやって長いあいだ話し込んでいると、ミョウジもだいぶ壁がなくなってきたらしく、相槌だけではなく話してくれるようになった。

「そういえば、キルアくんのそれは自毛なの?」
「んーん、染めてる」
「そうなんだ! 名前がハーフっぽかったし、自毛だとずっと思ってたよ」
「いや〜せっかくだからやりたいことやっておかねえとな。社会人になってこんな色とか絶対できないし」
「確かに」

本当は、嘘。派手な髪の色をしていればそっちばっか印象に残って、そのうち顔を忘れてくれると思ったから。将来消えなければならないのだ、もし顔を覚えられていたら、その時仕事の邪魔になると判断したら、俺は容赦なく殺さなくてはいけないのだから。

「……ね。髪、自分で染めてるの? 美容院?」
「ん? 最初は美容院だったけど今は自分かな。ミョウジ、興味あるんだ」
「ちょっと、ね。茶色に染めてみたい」
「ふーん。黒髪、似合ってていいと思うけど」
「ありがとう」
「お、もうこんな時間か。帰ろうぜ」

ふと時計を見ると、六時を過ぎていた、一人暮らしの俺はいつになってもいいけど、普通の女子はそうではないことを知っていた。会計を払って(半分払うと言ってくれたのは新鮮だった)、家の近くまで送って、さりげなくメアドを聞いて、よかったら次もカフェに付き合ってくれ、なんて約束もした。うん、とミョウジが頷いてくれて、なんでこんなに幸福な気持ちになったのだろう。
それから、学校ではあまり交流がないものの、ミョウジと俺の関係は進んでいた。夜遅くまでメールして、たまに休みにカフェ巡りして。中途半端ではあるものの、特別な関係はとても心地良かった。彼女のリズムが、俺のリズムとぴったり重なって、ああ、こういうの運命っていうのかな、なんて柄にもなく思ってしまった。その日もいつものように駅で待ち合わせしてケーキを食べに行く予定だった。時間ぴったりに現れたミョウジは、少しだけいつもと違ったふうに見えた。

「あれ、ミョウジ髪染めたんだ」
「うん。どうかな」
「そっちもそっちで似合ってるな。可愛い」
「ありがとう」
「いきなりどうしたんだ?」
「ちょっと、変わってみたくて」
「イメチェン、的な?」
「うん、それもある。でも一番は、……キルアくんの彼女になれないかなって思って」

俺はその時どんな顔をしていたのだろう。いつものように感情を押し隠せていただろうか。こういうことを言わせてしまったのはミョウジとこうやってあちこち出かけている間、彼女がいなかったのが原因だったのかもしれない。実際、俺の気持ちはかなりミョウジに傾いていたから、当然といえば当然だっただろう。でも、今までの女子とは違って大切に思っていたからこそ、いつかくる別れを思って、このままの曖昧な関係でいたかったのだ。たぶん、俺の心情を察してしまったのだろう。彼女も後悔するような顔で、「今のなかったことにして」と呟いた。
ごめん。ごめんな。そんな顔をさせたかったわけじゃないんだ。まだ決心がつかないんだ。臆病な俺はいつものように舌先だけの空虚な言葉で、二人の恋心をはぐらかした。
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