今日は天気もよくて洗濯日和。 洗濯物が風にパタパタと靡いていて心地よい風を部屋に通す。 洗濯物を干し終えたら、朝御飯の準備を始める。 最近引っ越してきたこのこじんまりとした小さなアパートにフライパンでベーコンを焼く音が響く。 トースターでパンを焼き、皿にレタスやトマトを切って乗せる。 ベーコンを焼いた後は卵を割ってスクランブルエッグを作る。 いつもは二人分作っているのたが、昨日の夜から帰ってないみたいだから今日は一人分の食事だけ。 パックジュースのオレンジジュースをコップに入れ、テーブルに置く。 ただ無音に近しい部屋に洗濯物が風に靡く音と食べる音しかない。 気晴らしにテレビをつける気もなく、部屋を見渡した。 いつもは広くは感じないのに広く感じる。 いつも一緒にいる人間がいないだけで、人は寂しく感じる。 どんな人間でも。 私は、寂しさを誤魔化すように食器を片付けた。 今日は彼からもらったバニラの香りがするオーデコロンをつけた。 彼は甘いものは苦手なのに甘い香りがするバニラのオーデコロンをプレゼントしてくれたのは意外だった。 でも、甘い香りがキツくなくて私のお気に入りなのだけれど。 思わず、鏡の前で彼を思い出して笑った。 一人で笑って少し気恥ずかしい。 何に誤魔化そうとも思わなかったけど、誤魔化すように頬を膨らませた。 ガチャリ。 玄関のドアが開いた。 私は弾かれたように玄関に向かった。 「おかえりなさい。クラピカ」 自分でも信じられないけど、余程寂しかったのかバニラのオーデコロンをプレゼントした恋人に抱きついた。 クラピカが確かにここにいることを確認するように。きつく。抱きついた。 「ただいま。ナマエ」 疲れている筈なのに私を抱き留めたクラピカに嬉しく思う。 「つけてくれたのだな」 「え?」 「オーデコロンだ」 クラピカは私の髪に埋めながら囁いた。 私はそのことに少し恥ずかしくなった。 とは言っても先に恥ずかしいことをしたのは私なのだけれど。 「クラピカが私にプレゼントしてくれたものだもの」 「それは嬉しいものだ」 こんなに恥ずかしいことを言うなんて私は相当末期みたいだ。 「ねぇ、クラピカご飯まだでしょ?急いで作るね!」 バニラのような少し甘い空気に耐えられなくて話を反らした。 「すまない。ナマエもう済ましてきたんだ」 クラピカは凄く申し訳ないと顔に出ていた。 「そっか、」 「悪いが、少し眠るよ」 護衛の仕事で凄く疲れているのに私の我が儘に付き合ってくれて申し訳ないと思った。 現に彼の着ているスーツは少しくたびれていた。 「わかった。おやすみなさい」 「おやすみ」 そう言って私の頬にキスをした。 そして、少し私に微笑み寝室に入っていった。 いつもはそんなことをしないのに、よっぽど疲れているようだ。 私はまだまだ赤い顔を誤魔化すように自営業の薬局屋の薬を作り始めた。 ・・・・・・・・・ 今日、作っておくべき薬は作り終わったし洗濯物も片付けた。 やるべきことをした私はもうすっかり夕方に染まった部屋のソファーでくつろいでいた。 薬を作るときには香水は絶対に着けない。 匂いが薬品に移ってはいけないから。 だから、化粧とかもしてはいけない。 だけど、クラピカは私にオーデコロンをプレゼントした。 私は仕事柄つけることはできないから、受け取れないと断ったのだけれど、そのことをわかっていたのか、匂いが弱くて薬品になにも支障のないものをくれたのだ。 私は初めてオーデコロンを身に付けることができた。女の子なら誰でもできるおしゃれを出来たことに喜びを感じクラピカに感謝したのだ。 それで、女の子として扱ってくれるクラピカがもっと好きになった。 なんだか、物に釣られているみたいで複雑な気持ちになるけれどね。 だからこそ、クラピカのことか心配になる。 私の生活にクラピカがいなくなることが怖くなる。 クラピカは世界的な犯罪集団、あの賞金首ハンターでさえ、むやみに手が出せない幻影旅団に一族への復讐を誓っている。 倒すために自分の命さえ捨てられる位の覚悟で。 それは並大抵の覚悟ではないことはわかっている。 わかっているつもり。 でも、クラピカがどれ程の悲しみを憎しみを抱いているかは知らない。 私の想像では到底理解ができないのだろう。 それが凄く悲しくて悲しくて私がクラピカにしてあげられることが見つからなくて、なくて、クラピカの悲しみを憎しみを少しでも軽くしてあげたいのに私には、その方法がわからない。 私がどんなに、クラピカを元気づけようとしても、クラピカの気持ちは少しは軽くはなっていないのではないかと、毎日不安になる。 そんなことを考えていたら目尻が熱くて頬を何かがつたった。 拭いても拭いても溢れて情けなくなった。 「そんな強く擦ってはいけない」 後ろからいとおしい人の声を聞いた。 その声にハッとして思わず顔を俯いた。 「ナマエ、不安があるなら私に話してくれないか?」 いつものクルタ族の服に着替えたクラピカは私の隣に腰を下ろして肩を包むように抱き寄せ、私をクラピカに寄り掛からせた。 私を落ち着かせるようにトントンと優しく一定のリズムで赤子の背中を叩くように私の肩を叩いた。 そして、私が語るまでクラピカは待つ気でいるのか何も言わず傍にいた。 気がついたら私は唇が震えながらも私の抱える不安をクラピカに話してしまった。 「クラピカは、いなくならないよね」 「……っ!」 クラピカが驚いたように息をのんだが、はっきりと。 「私はナマエを一人にしていなくならないよ」 そう言ってくれた。 「ありがとう。でもね、私、クラピカがヨークシンの後に寝込んだ時のようにうなされてる、苦しんでいるのではないかと不安になるの」 まだ涙は渇いてはいないのか、私の目から止めどなくまた溢れた。 「私は、クラピカの悲しみや憎しみを理解することができなくて、その気持ちも共有できなくて、クラピカが自分の命も懸ける覚悟なのも頭ではわかってはいるけど、クラピカが私の居ないところで一人で苦しんで悲しんで私の前からいなくなってしまうんじゃないかって凄く怖いの」 せき止めていたダムを開けたらあとはひたすら流れるだけ。 私もダムがせきをきったように言葉が流れ出てきた。 クラピカの気持ちを考えたらそんなことを言ってはいけないと頭の中ではわかっているのに止められない。止まらなかった。 「私は、クラピカに苦しんで欲しくないの……!」 クラピカが初めて人を殺めたとき、一人で凄く苦しんで葛藤をして悲しんだことを知ってしまった。 私のエゴだけど、クラピカには苦しんで欲しくないし、幸せになってほしい。 私ではない別の誰かだとしてもクラピカには幸せになってほしい。それが私の本心だ。 でも、クラピカはそんなことを望まないだろう。 彼が優先すべきことは復讐なのだから。 「……ナマエ、そう悲しまないでくれ。ナマエが泣いていると私はどうしたらいいかわからない」 クラピカは壊れ物を扱うように私の頬を流れる涙を優しく拭いた。 「私の目的は復讐だ。この事実を変えることはない」 「そう、そうよね……わかってるわ」 私は顔を俯かせるようにしようとしたが、クラピカが両頬を持っていたのでそれは叶わなかった。 さっきよりも目を合わせるようにクラピカが私の目を見ながら続ける。 「でも、私はナマエとの暮らす日々が幸せなんだ」 「え」 私は間抜けな声しか出なかった。 クラピカが少し照れたように言った。 彼は少し余裕な表情ばかり見せていたから滅多に見られないクラピカの表情にドキッとした。 「私は一族の生き残りとしてずっと一人だった。ナマエやゴンたちに会うまではずっと一人だった。だが、今は違う復讐をやめる気はないが、私は良い仲間と恋人に巡り会えた」 私は不安な所しか見ていなかったのかもしれない。 クラピカがいなくなる未来はいつになるかはわからないけと、必ず来るのだ。 でも、今のクラピカは仲間たちの死を乗り越え新しい仲間に出会い、復讐に囚われはしているが今を生きている。 どんなときでも私の傍にいてくれる。 「私はナマエやゴンたちに会えて不思議と心が苦しく重くのしかかることがなくなったよ。しかし、私がいなくならない保証はない。私の復讐という目的がナマエをこれからも不安にし苦しめるだろう。だが、ナマエがいるだけでも私は幸せなんだ。失いたくなのだ。本当は私のようなものは幸せにはなってはいけない。そう頭の中では理解しているのだが、今のナマエとの日々を手放したくないんだ」 その言葉に私は胸がいっぱいになって涙が出た。 そうだね。不確かな不安な未来より今、一緒にいられる幸せを噛み締めようね。 「ありがとう。クラピカ、私も幸せだよ」 「ナマエ、不安にさせてすまない。だか、私はこれからもナマエの傍にいたいんだ」 「うん。私もクラピカの傍にいるからね」 そう言って私はクラピカに抱きついた。 クラピカはさっきと同じように私に応えるように私を包み込むように抱き返してくれた。 私のオーデコロンの匂いが少しついたのかはたまたクラピカの匂いなのかわからないけど、クラピカ自身から微かにバニラの香りがした。 それが私を余計に安心させてくれた。 彼が私を安心させる言葉をくれた火曜日。 私はこの日のことをずっと忘れないだろう。 私たちにはいつか、近い未来かもしれないし遠い未来に別れは存在するけれど、その時まで一緒にいようね。 |