企画小説 | ナノ


今日の彼の依頼は「林檎の悲しみ」というテーマで踊ること。彼からの依頼は毎回テーマが抽象的で難しいから嫌だ。今回も曲は無し。

足を三番の形、左足の土踏まず辺りの側面に右足の踵を付けてポーズをとる。今日は此処から始めるか。

右手を地面スレスレまでふわりと下げてから、円を描くように斜め45度まで上げる。初めは柔らかく、幸せな雰囲気で。目を大きく開いて眉を上げ、歯を出して笑顔の表情を。片足で立ってくるりと回る。それから、勢いをつけて走って左足で踏み切り、右足を振り上げると同時に頭の上に両手で円を作る。両手を保ったまま左足を床と平行になるように上げながら、身体を反転させる。
なるべく足音がしないように膝を使って着地して、そのまま軽やかにステップを踏む。
ここから雰囲気を変えて、足を踏み鳴らし、大きく手を広げ、身体全体で荒々しく表現する。これは林檎が悲しむきっかけの場面だから、感情に任せたように激しく踊りながらも細部にまで気を遣う。

そして、次第に悲しく嘆くように…。顔を下に向けて眉を寄せ、少し口を開ける。爪先が床から離れ難いかのようにゆっくりと歩く。右足を半円を描くように滑らせて、両手を後ろから前へ。悲しみを閉じ込めるように回りながら座り込み、最後に天に向かって手を伸ばす。

踊った後の余韻に浸りつつ、まだ荒い息のまま彼の方を向いた。
「やはりお前は美しいな、ナマエ」
パチパチと乾いた拍手の音が鳴る。
彼以外に誰もいないアジトは、小さなそれさえも響かせる。彼が私を呼ぶ時は、必ずアジトが空になっている。以前、不思議に思って尋ねてみたところ、ゆっくりと楽しみたいからな…と軽く微笑んだ唇で答えを紡がれた。
そんなことを思い出していれば、いつものように、もふもふとしたファーの付いた黒いコートを着たクロロが近付いてくる。
「ありがとう」
私は無表情のまま、お礼を述べた。このようなお礼の言葉なら、言わないほうが良いのではないか、とも思ったが一応言っておく。

「ナマエは踊り終わると本当に表情が無くなるな」
「そう?」
「ああ。踊っている時はクルクルと表情が変わって、登場人物がそこにいて何か投げ掛けているのかと言うくらい感情的なのに、今はまるで人形だな」
美しい人形だ、そう言って私の頬をするりと撫でる。
「じゃあ、クロロは踊ってる方がいい?」
「そうだな、愛で甲斐があるからな」
彼は宝を一通り愛でると売り払ってしまうらしいから、私もそろそろ終わりかもしれない。それは困る。彼は大切な客だから。
「だが、お前は特別だからな」
どういうことだろうか。クロロは頭が良いから、私には考えていることなんて分からない。取り敢えず、仕事は無くならないようだ。

「嬉しいか?」
「全く」
告白のようなものをされても私の表情は変わらない。
彼は軽く肩を揺らして笑うと、いつの間にか腰に添えてあった手で私を抱き寄せる。
彼が仕方ない、と呟くと更に距離が近付く。彼は裸にコートを羽織っているだけだから、彼の存外に暖かい体温が伝わってくる。それに、少し心音が早くなるのを感じる。
「こんな美麗な芸術品が俺の腕の中にいる方が、」
彼は続きを耳元で囁いた。しかし、私の口角は上がることも下がることもしなかった。
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