企画小説 | ナノ


性的・暴力的な描写が多々あります。苦手な方はご注意下さい。





何かを破壊する時の悦楽は、性交をする時の快楽のソレに似ている。

細い路地裏の奥でひっそり口を開けるレンガ造りのアーチをくぐり、薄暗い石畳の階段を一歩、また一歩と降りてゆく。静かに反響する靴音が、鼓膜の奥で何度もエコーする。その音が、この場所に来たという興奮をさらに盛り上げる。

彼女はもう来ているだろうか。ヒソカはその薄い唇をペロリと舐め、古びた重厚な扉に手をかけた。ギギギと錆びた蝶番が音を立てる。約束の時間を既に40分は過ぎている、彼女は怒ってもう帰っただろうか。そう思うがヒソカはすぐにそれを否定した。この場所は彼女の趣味にピタリと合う所だ、怒りと苛立ちの中に抑えきれない興奮を織り交ぜて、彼女はボクの事を待っているだろう。

扉を開けるとすぐに爆音がヒソカの耳をつんざいた。扉の隙間から、紫とピンクのスポットライトを浴びた女たちがステージの上で踊っているのが見える。黒革の衣装に身を包んだ裸同然の女がポールに身体を擦り付け腰をくねらせ、その隣でワイングラスを片手に持った仮面の男たちが優雅に談笑をし、その脇を胸の頂きに大きなピアスをぶら下げたボンテージ姿の女が、トレーを片手に通り過ぎてゆく。そう、ここは大人の社交場ーーーーそれもかなりアンダーグラウンドな大人の社交場であった。

「やぁ、待ったかい?」

淫猥な踊りを披露する女たちの間をすり抜け、その先のカウンターで一人グラスを傾けている女に声をかける。豪華に巻かれた髪に背中の大きく空いたドレス、真っ赤な唇に気だるげな瞳、そして、薄暗い照明の下でもそれと分かるきめ細やかな艶かしい肌。妖艶さの滴る彼女に、周囲の男たちが色づいた視線を何度となく送っている。そんな視線を蹴散らしヒソカは隣のイスを引く。男たちの悔しそうな視線が何とも心地よい。

「遅いじゃない、どれだけ待ったと思っているの?」
開口一番に彼女が言った言葉はそれだった。声から不機嫌さが滲み出ている。
「ククク、さぁ、どれくらいだろうねぇ◆一時間は経ってないと思うけど?」
いつもの口調で返すと彼女が唇をさらに尖らせた。
「その様子、約束の時間を忘れてたってわけではなさそうね。全く酷い男だわ。私が途中で帰ってたらどうするつもりだったの?」
「キミが、帰る?ボクに会わないで、かい?」
わざと言葉を区切りながら言う。チラリと視線を送ると、彼女がゴクリと唾を飲んだのが分かった。彼女の耳に唇を寄せ囁く。

「キミが、そんなことするわけないだろう◆」

そう言うと、彼女が唇を震わせながら熱い吐息を一つ漏らした。間違いない、彼女は間違いなくボクを求めている。ヒソカには確信があった。彼女との前回の逢瀬から半年は経っている。その間、彼女が他のモノでどんなに補おうとしても、その疼きを満たすことは出来なかっただろう。他のモノでは満足できない。これを埋めることが出来るのは同類の人間のみーーー。それが分かっているから、彼女はここに来たのだ。

「酷い男ね。全て分かっていて私を待たせたの?」
「さぁ、どうだろうね♣でも、キミは帰らなかった。それがキミの答えだろ?」
「ふふふ、さぁ、どうかしら。試してみる?」
「クク、試さなくったって分かるさ♠」

そう言うとボクは、彼女の脇から腰に繋がる曲線を指先でつつつーと撫でた。サテン生地のドレスがボクの爪の動きに合わせて細いラインを作る。彼女が眉を寄せながら唇をそっと噛んだ。その瞳は潤み、頬は上気している。

「ほら、もう、こんなになっているじゃないか◆……シたくて堪らないんだろ?」

感情とオーラを押し殺している彼女を挑発するようにそう言うと、彼女はまるで是とでも言うように赤く熟れた唇を舌でゆっくりとなぞった。その途端、彼女から放たれるオーラがひときわ濃くなった。

「ヒソカ……、そんなこと、言わないで。」

唇を舐める彼女の向こうで、ステージで踊る女がその顔を恍惚に染めながら腰を過剰にくねらせ始めたのが見えた。彼女のオーラの影響だ。放出系能力者の彼女は、自分のオーラを微粒子状にして飛ばす。そのオーラは脳内の神経伝達物質に似た効力がある。脳内神経のシナプス間で放出され,次の神経細胞や筋肉細胞などに興奮または抑制を伝える働きのある神経伝達物質は、人間の感情の全てーー快感・多幸感に始まり、不安感・恐怖感、物事への意欲の増減や闘争力の増減ーーなどに影響を与える。他人のオーラに抵抗する術がない非念能力者は、彼女のオーラにより情動を支配されてしまうのだった。

「キミが興奮するから、ホラ、ステージの上の彼女が踊り狂っているじゃないか◆」
「あら、そう?気づかなかったわ。」

うふふ、と笑う彼女に悪びれた様子は見えない。おそらく彼女は気づいている。踊り狂う女にも、それに触発されて今にもステージに飛び込みそうな男にも。

「……ねぇ、ヒソカ。あなたは最近どうなのかしら?シているの?」
「気になるかい?」
「意地悪ね、勿体ぶらなくてもいいじゃない。」
「クク、目を付けているコ達は沢山いるヨ。でも……まだまだだね。美味しく熟れるまではもう少し先ってトコロかな♠……キミはどうなんだい?」
「私?ふふふ、素敵な方とのダンスはよくするわ。だけど、みんな私を満足させてくれる程ではないの。やっぱり、私を満足させてくれるのはあなたくらいしかいないみたい。」

視線を投げかけられる。色を含んだ彼女の視線は味わい深く、ボクも視線を送り返す。互いを愛撫するように視線を絡め合うボクと彼女に言葉はいらない。グラスの中の氷がカランと小さく音を立てた。

「ねぇ、ヒソカ……。もう、こんなになってるの……。」

彼女が熱っぽい声で囁き、自身のドレスの裾をそっとまくった。深いスリットの入ったドレスから、肉感的な太ももが顔を出す。その肌が薄っすらピンクに染まっている。「ほら……ここ……ココが疼いて仕方ないの。」そう言いながら彼女は太もものさらに奥、そこをカウンターのテーブルの下でチラリと見せた。黒いレースのガーターベルトの側に、紅く色づいたラインが見える。それは、半年前の逢瀬でボクが付けた傷だった。

「この傷が、早くあなたとシたいって疼くの。」

彼女から放たれるオーラがさらに濃くなった。ステージの踊り狂う女に、仮面をつけた男が襲いかかるのが見えた。唇を奪い、乱暴に乳房を揉みしだいている。女もそれに応えるように下腹部を擦り付け身体をしならせていた。ドーパミンもしくはオピオイド系。それが今回彼女が放っているオーラの中身だろう。念能力者でない彼らは今、快楽神経系を強制的に刺激され欲望が抑制できない状態になっているに違いなかった。

「ねぇ、ヒソカ。早くヤりあいましょう。心ゆくまで……ね。」

その声に呼応するように、視界の隅で男が女の乳房のリングを乳首ごと噛み切るのが見えた。何かを破壊する時の悦楽は、性交をする時の快楽のソレに似ている。その事に気づいているのは全人類の中でどれくらいいるのだろうか。その数は決して多くない。しかし、ボクはその事を知っている。そして彼女もーーーー。

「ヒソカぁ……」
挿入をせがむように熱っぽく囁く彼女を、抱き寄せる。
「あぁ、闘ろう。心ゆくまで……ね♠」

幾筋もの赤いラインの刻まれた内腿を撫でると、彼女が「んっ……」と小さく喘いだ。太ももをすり寄せる彼女の動きに合わせてドレスのスリットから顔を出したその傷は、まるで蝶の羽根のようだった。ボクにマチがいるように、彼女にも肉体を修復する誰かがいる。皮膚を抉り、筋を裂き、骨を砕いても、次会う時にはその肉体は必ず元の形に戻っていた。しかしなぜか一箇所だけ、彼女はボクがつけた傷を消さずに残しておくのだ。まるで、逢瀬の数を数えるように。

「ココは、ボクらが闘り合うには少し狭い。場所を変えようか♠」
「えぇ、行きましょう。」

彼女の肩を抱いて立ち上がる。絡み合い壊し合う何組もの男女を掻き分けて、ボクらは扉に向かった。何層もの喘ぎ声に混じって血の飛び散る小さな音が耳に入る。今宵また一つ、夜の社交場が消えるのだろう。上質なクラブであるだけに無くなるのは惜しいが、今のボクらにはそれは些細な事に過ぎなかった。

戦闘狂のボクと、戦闘狂のキミ。今宵の逢瀬はどんな味に仕上がるのだろうか。これから起こるであろう悦楽の時間を思い描くだけで、唇の端が自然と上がる。

何かを破壊する時の悦楽は、性交をする時の快楽のソレに似ている。彼女の存在に触発されたボクのこの情動はいったいどちらからきているのだろうか。ふとそんな考えが頭をよぎるが、どちらにしろこれからボクらがすることには変わりはない。まるで、性交の時の快楽を味わうように互いを破壊しあい、最高の悦楽を感じ合うのだ。

ひらひらのフリルに蝶々を結う月曜日、最高の時間が今、始まるーー。
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