突然の夕立に降られて、校舎裏で雨宿りを余儀なくされた時のことだった。
びしょびしょになった自分を見下ろして溜め息をひとつ零した時、隣からみょうじさん、と名前を呼ばれた。
その声に慌てて振り向けば、そこにいたのは私と同じようにびしょびしょになった赤葦君がいた。


「あ・・・赤葦君も、傘、忘れちゃったの?」

「うん、まあ」


それきり赤葦君が黙ってしまうと、私たちの間には沈黙が訪れた。
2年間、たまたま同じクラスに所属していたというだけで、親しく話すような仲じゃない。
こうして2人きりになるなんて初めてだから、余計になにを話したらいいのか分からないし、ましてや顔なんてとても見れたものじゃない。
そんなことより、私、今。


「っくしゅ、」


改めて自分の状況を把握したところで、堪らずくしゃみをしてしまった。
いくら夏とはいえ、びしょびしょのままは少しばかり寒い。
せめてもの慰みに両腕を擦りながら、一向に止む気配のない雨に何度目かも分からない溜め息を零すと、ふと目の前に影が落ちる。
つられるように影の正体を見上げると、その直後、私の顔の横に鍛えられた腕が伸びてきた。


「・・・あのさ」

「な、なに?」

「仕方ないんだろうけど、ずっと透けてるんだよね」


下着も、肌も。
そう言ってくすりと笑った赤葦君。
分かってはいたことなのに、自分じゃない他の人に指摘されたことで羞恥心が膨れ上がる。
言わなくったって、いいのに。
赤葦君がこういう人だったなんて知らなかった。


「・・・だって、雨が、」

「うん、知ってる。雨の所為だよね。じゃあこれも、雨の所為にしようか」

「え―――、」


言い訳がましく言葉を紡ぐと、ふっと微笑んだ赤葦君の顔が近付いてきて、唇に温かくて柔らかいものが触れた。
何が起こったのか理解した頃には私の身体は赤葦君に抱き締められていて。
軽くパニック状態なまま、どん、とその温もりを突き放す。


「な、なにするの・・・!」

「言ったよね、雨の所為だって」

「そ、そうじゃなくて!だって赤葦君には・・・っ」


付き合ってる人がいるんでしょう?
いつか噂に聞いたそのことを伝えようとした私の口は、もう一度赤葦君の口によって塞がれた。


「・・・じゃあ、俺とみょうじさんだけの秘密だよ」


そう言って私にぴったりと寄り添ってきた赤葦君に手を繋がれる。
繋がれた手から心地のいい熱がじんわりと広がって、いけないと頭で分かっていても、その手を振り解くこともその場から離れることもできなかった。


◇◆◇



"秘密だよ"と言われたあの日から、私と赤葦君の関係が変わったのかというとそんなことはなかった。
あんなことがあったのにも関わらず、私たちの関係は不自然なほどに"ただのクラスメイト"のまま。
でも、表面上は何も変わっていないはずなのに、私の中での"赤葦君"という存在は知らず知らずのうちにどんどん大きくなっていたようで、気付けばその姿を探しているなんてことも多くなった。


「みょうじさん」


そして今日もまた、校舎裏の陰で冬の雨を凌いでいると、あの日と同じように赤葦君が隣へとやって来た。
隣いい?なんて聞かなくたって、私が断れないことくらい分かっているくせに。


「・・・寒いから、手、繋いでもいい?」


あの日から、密かに好意を抱いている相手にそんなふうに言われて、断る人なんているだろうか。
いけない、とは思いつつも小さく、いいよと呟くと大きな手に包まれた。
じんわりと広がっていく熱はあの日と変わらない。
どうやら、あの日から半年かけて密かに燻らせていた想いは、もう後戻りできないところまで侵攻していたらしい。


「懐かしいね」

「え?」

「半年前、ここで秘密のことしたよね」


聞こえてきた"秘密"という響きに触発されて、顔に、手に、熱が集まっていく。
ああ、もう、本当にこの人は。


「俺、半年前のあの日よりずっと前から、みょうじさんのこと好きだった」


沿う言葉を紡いでいく赤葦君の視線が、声音が、あの日のことを懐かしむようにも愛おしむようにも思えて。
ぴりぴりと肌を刺激する冬の外気に晒されて赤みを帯びた微笑が私を見つめてくる。


「・・・もう一度、触れたいと思っているのは俺だけ?」


その言葉に堪らず口を開こうとすると、あの日と同じように口で塞がれてしまう。
息苦しさから漏れた声に、頭の奥が痺れるような感覚がして、どんどん深くなっていくそれを制止した。


「っ、か、のじょさんは、」

「いないよ。最初っから。みょうじさんは根も葉もないただの噂を信じてただけ」

「で、でも秘密って・・・」

「ああ、それなら、みょうじさんに俺を意識してもらうために言っただけ」


上手くいったでしょ、なんてそんなこと。
さっきよりも熱を持った顔に、少しだけひんやりとした赤葦君の両手が触れた。
じっと見てくるその黒い瞳から逃げるように目を瞑る。
くすっとした吐息のような笑い声が聞こえた次の瞬間には、その存在を耳元で感じて。


「・・・じゃあ、今日のことも、これからのことも、全部、俺とみょうじさんだけの秘密にしようか」


どうやら、秘密という言葉に縛られて密かに募らせていた想いは、形になってもまだ同じように縛られていく運命にあるようだ。


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