追憶 12/24

あれから何年立ったのかよく覚えていない。虚ろな意識はなにをしていても、戻ることはなく彼のいない世界はどことなく現実味がない。あれだけ楽しかったバスケも何となくつまらないものになってしまった。もちろん、高校三年間やりきったけれど高校一年生のウィンターカップまでの熱はなかなか取り戻せなかった。あの会場で彼と渡り合ったあの試合はもう二度と帰ってはこない。握り締めた拳に爪が食い込み土へと血が滴り落ちる。約束だと言っていたのに、これからも一緒にバスケをすると誓った彼は、もういない。

遠くから彼の墓を見つめる黄瀬くんは雨に濡れていてもとても綺麗だった。檸檬色の髪から雪の雫が落ちる。仕事場から直接来たのだろうか、薄手のコートのまま立ち尽くしているが、今は真冬だ。このままだと風邪を引いてしまう。クリスマスローズの花束はわざわざこの時期に咲くものを知り合いから譲ってもらった。雪起こし、降り積もる雪を割って咲く花。まるで彼のようだと思い墓前に添えるならこれがいいと思ったのだ。卯の花色の花弁は彼の色を思い出す。長い冬を乗り越えて咲くこの花はしなやかなに強い彼と同じ花。今の黄瀬くんに声をかけることができない。何年立っても彼は、彼だけはあの場所に居続けている。墓石は洋型で黒御影石が綺麗だった。彼の両親は墓を買ったばかりでまだ誰も入っていない墓に一人息子が入ることをとても悲しんでいた。誰も喪服なんて持ってはいなかったから、制服の人がとても多かった。それは彼がそれだけ若くして亡くなったのだと示していた。まだ桜が咲く前で黒いセーターのまま、葬式に行った。彼が死んだという事実を私がもしかしたら一番受け入れていたかもしれない。彼と私が知り合いであることを知っていた人間はとても少ない。部活関係の知り合いが多かった彼だったから葬式の時にも他校の生徒がたくさん来ていた。それだけ人望の厚い人だった本の読む姿がとてもよく似合う人で私の、初恋だった。天色の髪はいつも寝癖がついていて、部活に行く前に図書室へと寄る、彼の跳ねた寝癖を直すのは私の役目だった。穏やかな彼の声を聞いていると嫌なことが全て忘れることができた。今日あったことや勉強のことをお互いに話していたけれど、私の方が話していてばかりいた。そんな私の話を彼は遮ることなく微かに笑いながら見つめていた。今でもっと彼の話を聞いておけば後悔してしまう。それでも部活の話はとても楽しそうにしていた。決して体格に恵まれた彼ではなかったけれどバスケの話をしているときは、瞳を輝かせいつもの彼とは違っていた。好きな作家や彼の苦手な物理は私の得意分野だったから教えてあげた。澄み渡る秋の空と同じ色をした彼はまるで空と同じように美しい心根の人であったと覚えている。

アネモネ 6/4

「黒子くん、今日図書委員の仕事あるけど部活忙しいならやっておくよ?」
「いえ、そんなわけにはいきません。一緒に行かせてください。」
「待ってるね。」
黒子くんが誰かに珍しくメールをしている。梅雨時の体育館の取り合いはなかなか大変らしいが、バスケ部の相田先輩のおかげでバスケ部は上手く使用できているらしい。流石、相田先輩。黒子くんの前の席の火神くんはもう教室にはおらず、早速部活へと行ったらしい。部活馬鹿なだけはあるな…。図書委員の仕事は放課後少し残って、図書の整理と貸し出しの受付だけだから、今日みたいな日は部活のないひとはすぐに帰るから別にひとりでも大丈夫。黒子くんは真面目なひとだから二人で一緒に当番をきちんとやってくれる。私は本の匂いが好きで、図書室にいるだけでも幸せな気分になる。安上がりだなあ。でも今日は黒子くんと一緒。やや低めのアルトの声は、変声期が来ているはずなのに普通の男の子よりも高い。聴くひとの耳に心地よいのその声を私の耳は一生懸命聞き取ろうとする。影が薄いからなかなかわからないけれど、整った顔立ちをしていて中性的な美少年だ。いつも伸びている背筋は美しく、敬語で礼儀正しい理想のクラスメイト。あまり表情は変わらないけれどよく見れば感情豊かだとわかる。エナメルバックを持つ腕は細いのに、運動部だと言われてしまえば違和感がある。所謂、文学少女ならぬ、文学少年というやつか。手早く荷物を纏めた黒子くんにいきましょうと、声をかけられた。
「火神くんに言わなくても大丈夫?」
「今日は委員会があることを先に伝えてあるので大丈夫ですよ。」
「そっか。」
二人で教室を出てリノリウムの廊下を歩く。黒子くんのほうが少し私よりも背が高く、細身に見えてもやっぱりバスケ部なのか制服の下からでも筋肉がついていることがわかる。火神くんみたいに見るからに、ってひとではないけれどしっかり男の子なんだ。窓ガラスに雨が叩きつけられる音がする。外はこんなに酷い雨なんだ。ローファーが浸水して靴下がべちゃべちゃになるのは避けられないかな。昇降口に置いてある傘とロッカーにも置き傘があるあたりは、私の心配性な性格を表しているのかもしれない。図書室に上がる途中の階段で黒子くんは一学期の期末試験が憂鬱だとぼやいていた。まだ一ヶ月以上先があるのにバスケ以外は彼の思い切りの良さは発揮されないのかもしれない。特に勉強においては。
「でも、バスケ部だと帰っても疲れて勉強できなさそう。ぎりぎりまで部活動あるし、大変だね。けど頭いい先輩多いから教えてもらえばいいんじゃない?」
「…それは難しいですね。」
「どうして?教えてくれそうなのに。」
「火神くんがいるでしょう。」
ああ、そういうことか。火神くんの成績は赤点…ぎりぎりを回避するのが精一杯だろう。バスケ部の先輩たちはエースの補習回避にかかりきりということらしい。バスケ部の人たち成績がいい人たち多いからなあ。黒子くんはよく見れば綺麗な顔をしていると改めて思う。
「黒子くんが良かったらだけど、一緒に勉強しない?」
テストの成績は多分、黒子くんよりいいんじゃないかな…。相田先輩には負けるけれど学年でもそこそこの位置にいる。部活も入っていないし、やることなんてあんまりないから勉強ばかりしていたから。逆にあんなに練習しているのに成績がいい人たちがすごいのだ。黒子くんも確か平均点って言っていたような覚えがある。
「ああ、いいですね。ぜひ教えて下さい。」
こんなに綺麗な笑顔を見たのは初めて生まれて初めてだった。

花冷え 4/3

桜の花が咲く季節だというのに、肌寒くまだコートを仕舞うタイミングを見計らっていた。そこそこ大きな駅で降りてバス停へと足を進めた。今まであまり降りたことのない駅だったけれどすっかり道程を覚えてしまった。喧騒もどこか遠く、私の耳には入ってこない。有名な大学病院前に着く乗り場へ行くためにもう乗りなれてしまったバスを待つことにした。何を持っていくか迷ったが彼の好きだと言っていた作家の本にした。喜んでくれるだろうか、席につくと読み掛けの彼のおすすめしてくれた本を鞄から取りだし読み始めた。先の読めない推理小説だが私はネタバレしても全然大丈夫なタイプだったが、彼は犯人がわかってしまうと読む気をなくしてしまうと言っていた。むしろ推理小説にネタバレをしてしまうなんて読む意味がないでしょうと苦笑いされた。確かに言われてしまえばそうなのかもしれないが、彼のように待つことが苦手なのかもしれない。でもああ見えて彼もなかなか気が短いところがあるから。早く、よくなるといいのに。彼が、黒子くんが倒れたのは冬の終わりだった。誠凛がWC で優勝するという快挙を成し遂てすぐ黒子くんの具合が悪くなった。いつもよりも青白い顔をしており走ってもすぐに息切れをしてしまい、体力がないとはいえ異常だった。火神くんも心配していたし、予兆もなく急に具合が悪くなったから余計に不安だった。どんどん体調が悪くなっていく黒子くんが部活に参加できなくなるのも、時間の問題で私はただそれを見ていることしかできなかった。病院にいっても原因がなかなかわからなくて、それでも緩やかに落ちていく自分の体に一番不安だったのは黒子くんだろう。それでも、彼は泣き言ひとつ言わずにいつもの無表情を崩さなかった。終わりはいつでも突然に来るものだから。いつものように授業終わりの掃除をしていた。机を後ろに下げて床を箒で掃き、塵取りで私はゴミを集めていたときだった。大きな音が後ろから聞こえてきて、振り向くと黒子くんが倒れていた。
「黒子くん!誰か先生呼んで早く!」
箒を投げ捨てて黒子くんへと駆け寄り今まで出したことのないような大声を出した。頭を揺らさないように体を支えると、ぞっとするくらいその体は軽かった。床に倒れた時には怪我をしてはいなかったようで、それだけは安心することができた。周りががやがやとしだすなかで私は先生が来るまで黒子くんを抱き締めていることしかできずにいた。先生が大慌てで走ってきたなかに火神くんも一緒にいた憔悴した顔をして、黒子くんの名前を呼ぶことしか彼もできない。火神くんの声にも黒子くんは反応を示さない。救急車が校門の前に止められ、黒子くんの細い体は担架に乗せられて運ばれていった。喧しいまでのサイレンの音はどんどん離れていくのをいつまでも火神くんと二人で見つめていた。先生は一緒に乗っていったけれど、私も彼も一緒に行くことはできない。それに私よりも火神くんのほうが一緒に行きたかっただろう。
「火神くん戻ろう。ここにいても私たちにできることはないよ…。」
それは自分に言い聞かせるための言葉だった。動揺を隠せずに微かに震える火神くんの背中をひとつ叩いた。黒子くんなら大丈夫と今は思うしかなかった。あれから三ヶ月たったのにまだ黒子くんは退院できない。学校が休みの日にはいつもお見舞いに行っていた。他愛ない話しかできなかったけれど、それでも何かの励みになればいいと思ったのだ。病院につくと受付のカウンターで名前を記入すると何度も行った黒子くんの病室へと向かう。今日は学校が早く終わったから、制服でそのまま来た。白い病室の扉の前へとつくと一つ息を吸い込み、笑顔をつくる。スカートの端を握り締めたまま、固い笑顔でも浮かべないよりはましだ。彼の前では絶対に暗い顔をしないと決めていたから。
「黒子くん、おはよう。」

勿忘草色 8/8

もう世間では夏休みも半ばになったけれど、黒子くんはまだ病室の白い壁のなかにいる。最近ではよく他校の生徒たちもお見舞いに来ている。寝付くと良くないからと言うから、駅前の花屋で買ってきた向日葵の切り花を手早く花瓶にいけた。今日来ていたひとは向日葵の花のようなひとだった。黄瀬涼太さん、私のような人間でも知っている有名人だったから。彼がバスケをやっているとは何となく知っていたけれど、黒子くんの知り合いだとは思わなかった。ナースさんたちの様子が浮かれていたのもそのせいか。あんな綺麗な人を目の前にしたら浮かれてしまうだろう。
「ああ、今日は向日葵の花を持ってきてくださったんですね。いつもありがとうございます。この花はまるで彼みたいだ。」
「黄瀬涼太さん、みたいな?」
「よくわかりましたね。彼に会いましたか?」
「ちょうど入れ違いになったみたい。」
起き上がろうとする黒子くんを無理矢理ベットへと寝かしつける。黒子くんはいつもバスケ部の知り合いがお見舞いに来ると無理をして頑張ってしまうので、大体体調を崩してしまう。元気のないところを彼らには一番見せたくはないのだろう。 正直、彼の体調はよくなってはおらずむしろ悪くなっていく。私の力でも押しきれてしまうくらい体力は落ちていた。夏休みに入ってからは毎日のように黒子くんのお見舞いに来ていた。彼の家族は祖母だけで、両親は彼の小さい頃に事故で亡くなってしまったそうだ。もう年老いた祖母だけで黒子くんの面倒を看るのはなかなかに難しいものがあったので、洗濯物や細かいことなどを私が引き受けていた。
「いつもすみません。ボクのことをやってもらって。」
「いいの、気にしないで。困ったときはお互い様。それにありがとうのほうが嬉しいかな。」
「そうですか、いつもありがとうございます。本当に感謝しています。」
微かに笑う黒子くんはあまりにも儚げで今にも消えてしまいそうで、思わずその手を握り締めて存在を確かめてしまった。黒子くんがここにいてくれるのなら私はなんでもできた。彼のことが好きだったから。ちょっと洗濯物を取ってくるね、と病室の外と出た。私は泣かない、決して黒子くんの前では笑っていると決めていた。でもあんな風に笑う彼を見ていることができなかったから、足早に外へと出た。少し感情をリセットしたかったから。今すぐ戻ってしまったら、泣き言を黒子くんの前では言ってしまいそうだったから。
「黒子っち、あんまり良くないんすかね…。」
「みてぇだな。」
中庭のベンチに大きな男が二人座って話していた。あれは火神くんと黄瀬涼太さん。火神くんも一緒にお見舞いに来ていたんだ。それにやっぱり黒子のこと気づいていたんだ。俯く二人の表情は重く、暗い。黒子くんの前ではきっと暗い顔を出さないようにしていたけれど、外に出ればそれもできない。
「あれ、アンタ…。」
黄瀬涼太さんが私に気付いたのか、顔を上げてこちらを見つめる私に声をかけきたが、慌てて走り去った。火神くんはこちらを見ていなかったから気づいてはいないだろう。何となく彼らには見つかりたくなかった。黄瀬涼太さんを生で見るのは二度目だった。綺麗な檸檬色の髪と瞳は見間違えはしない。黒子くんに誘われて海常と誠凛の試合を観戦したときが初めてだった。こんなに綺麗なひとがいるのかと関心した。それよりも試合は白熱しどこか飄々としたイメージのあった黄瀬涼太さんがあんなにも熱くなることに驚かされた。生き生きとした彼らに会場は魅せされ圧倒された。試合が終わる頃には言葉に尽くせないほど感動した。黒子くんがバスケにすべてを捧げるのも何となく、理解できるような気がした。今、バスケのできない彼は苦しくて堪らない。それを思うと涙が止まらなくなる。一生懸命戦う黒子くんの姿は美しく、見惚れしまうくらい格好良かった。早く泣き止まないと黒子くんがなかなか戻ってこない私を怪しむだろう。
「君が泣くとボクまで悲しくなりますね。あまり君の泣き顔は見たくないです。」
「…黒子くん、なんでここに。」
黒子くんはなぜか私の目の前に立っていた。全然気がつかなかったし、それよりも立ち歩いて大丈夫なのだろうか。あまり病人扱いしないでください、と笑われた。それよりも彼の前泣いてしまった。慌てて涙を拭おうとすると黒子くんの細い指先が目元に触れ、涙を拭った。私を抱き留める黒子の腕は前よりもずっと細くて、涙が余計に溢れて止まらなくなってしまった。黒子くんの前では泣かないと決めていたのに情けない。けれど彼のバスケへと思いを考えると私まで苦しくなるのだった。蝉の鳴き声だけかむなしく響いていた。

キスツス 1/3

例え、明日死んだとしてもバスケを全力できるのなら構わない。そう言ったら彼女は泣くだろうか。
年明けそうそう、私は黒子くんの病室で林檎を剥いていた。去年よりも食が細くなってしまったから食べられるものもかなり減ってきた。最近、黒子くんは眠っていることが多くなってきた。日中は眠ったまま起きないこともある。彼が起きるのは夜明け前の時間で、窓から見える朝焼けを何も言わずよく見ていた。黒子くんはは東から登る暁の空が好きだと言っていた。影と光が同じにあるその時が好きなのだと。私は黒子くんが眠ったまま起きなくなるのではないかと不安でねむることができなくなった。日に日に窶れていく彼を悲痛そうな顔で相田先輩や日向先輩は見てしまうときがある。火神くんなんかは一番隠すのが下手だった。彼らがお見舞いに来る時間帯は黒子くんは眠ってしまったままの時がよくある。
「何で、何で黒子くんなんだよ…っ。」
火神くんの握り締めた拳は降り下ろされることはなく、言葉を振り絞ることしかできない。ゆるやかに落陽を迎えていく黒子くんに誰もできることはない。相田先輩は少し嘆息すると辺りを見回した。(やっぱり黒子くんの身の回りを小まめに世話をしている人間がいるんだわ。その子が多分今、黒子くんの一番側にいる。私にとっての日向くんを失うかもって気持ちになっているのかしら。それは辛いなんてもんじゃないわ。)私はナースセンターに寄った時に疲労で倒れて、点滴を受けていたから相田先輩がそんなことを思っていたとはまったく知らなかった。限界が近かった。私も黒子くんももう駄目かもしれないと感じていた。学校と彼の介護は辛く、それでも弱音を吐くことを禁じていた。身寄りが祖母しかいない彼を誰が面倒を看るというのか。
「あなた無理しすぎよ。黒子くんの前にあなたが倒れてしまうわ。」
点滴を受けながらナースさんに諭された。どんどん追い詰められていく私に休みなさいと優しく声をかけてくれたのはまだ若いナースさんだった。私の両親も毎日病室に通う娘に何も言わなかったけれど、同じように思っていたのかもしれない。眠れない私に睡眠導入剤が渡されそれを飲むことでようやく眠りへと落ちることができた。黒子くんを失ったら私は多分、生きていけない。彼と繋がりが欲しかった。確かな繋がりが、だからこそ好きだと言わなかった。恋人よりもなお強い繋がり、今の関係に名前をつけることが怖かったのかもしれない。ナースさんたちには彼氏彼女だと思われていたようだが、私たちにも二人の関係はよくわからないままだった。白い病室はまるで檻のようで、黒子くんを閉じ込めている監獄のようだった。寒い冬を彼は乗り越えることができるか、ぎりぎりだった。黒いPコートを纏いいつものように制服のまま、黒子くんでも食べられそうなものを買っていく。いつまでこれを続けていられるのだろうか。
「もう、来ないでください。」
「えっ、何で黒子くん来ないでって迷惑だったかな。」
珍しく、黒子くんが起きていたから笑いながら話しかけていたら、もう来ないでと言われてしまった。そのまま手に持っていたスマホが音を立てて床に落ちた。拾うこともてできずにただ固まっていた。
「見ているとわかるんです。ボクが君の負担になっていることが。倒れるくらい迷惑をかけてどんどん悪くなっていくボクの面倒を文句一つ言わず看てくれて。いつも笑っていて暗い顔を見せないように一生懸命頑張って。だんだん自分が情けなくなっていくんですよ。君の負担にはなりたくなのに。守ってあげたいのに、それももうできない。バスケをすることもできない。ボールを握る力すらないんですから。火神くんとまた一緒に同じ場所に立ちたい、黄瀬くんたちともまた戦いたい…どんどんボクばかり置いていかれる。」
初めて聞いた彼の弱音だった。本当は羨ましかったはずだったのに、火神くんたちともう一度同じところに立つことを一番望んでいた彼だった。日に日に衰えていく自分へと絶望していくのは黒子くんの気持ちはどれだけ辛かったのか想像もつかない。今私に言えることはきっとこれしかないのだ。ベットへと私も腰を下ろし黒子くんと目線を合わせた。
「黒子くん、好き。」
世界から音が消えた。黒子くんの顔を見れば静かに泣いていた。彼を抱き寄せ、キスをした。初めて触れた唇は乾いてカサカサしていたけれど柔らかい。私は繋がりに名前をつけよう。もしも黒子くんがいなくなっても私はその繋が保てるように。
「…ボクも君が好きです。でも今のボクは君を置いていってしまう。」
「それでもいいの、黒子くんとの繋がりずっと保てるように証がほしいの。これは私の罪だから。」
黒子くんをゆっくり押し倒し、彼の体へと跨がる。きっとこれから私のすることは罪だ。それでも背負う覚悟はできている。
「そういうことは男がリードするものですよ。」
耳元で黒子くんが私に囁いた。驚いて顔をあげれば久しぶりにみた彼の笑顔だった。二度目のキスは黒子くんからだった。初めて触れた熱は熱く、きっとこれが最後だ。だから世界が止まればいいのにと神様にお祈りした。もし世界が終わるのなら今がいい。二人で終われるならなんて幸せなんだろう。例えどんなに短くても黒子くんと二人でいられればそれだけでよかった。

徒花 3/18

黒子っちが死んだのは桜の蕾がまだ開く前のことだった。眠るように息を引き取ったようで、最期に苦しむことなく亡くなったと聞いてそれだけは安心した。黒子っちのおばあちゃんと恋人が二人で看取ったと聞いた。仕事が終わったあとスマホを覗けば赤司っちや他の皆から連絡が入っていた。嫌な予感がした。何となく、黒子っちがいなくなったのだとわかった。黄瀬くん、さよならです。という声を撮影中に聞いたのは幻聴ではなかったらしい。タクシーに慌てて乗ったけれども、三月半ばだというのに、珍しく雪が降ったせいで着くのにだいぶ時間を食った。病室にたどり着いた時には目を腫らした桃っちを青峰っちが支えていた。キセキの皆と誠凛バスケ部のみんながいた。俯き声を発することができない。桃っちの嗚咽だけがやけに響く。黒子っちの死を受けいることんてでるわけがない。赤司っちだけは前を向いて表情からはなにも伺うことができない。
「みなさん、集まって頂きありがとうございます。霊安室はこちらです。」
落ち着いた声が聞こえそちらを向けばセーラー服を来た小柄な少女がいた。長い髪をシニヨンにした少女は天色のリボンを揺らしながら動揺一つなく丁寧に俺たちへとお辞儀をした。誰かと聞く前に火神っちが少女の名前を呟いていた。誠凛の制服を着ていたから知り合いなのかもしれない。火神っちの言葉に少女は反応を示さずあらかじめプログラムされたように、霊安室へと案内してくれた。妙に機械的な反応は気になったが、今はそれどころではない。お線香と花が置かれた台の前にベットがあり、黒子っちはまるで眠るようにそこにいた。とても穏やかな顔している。空色の髪は艶かで今にも動き出しそうなのに、その瞳は閉じられたま。黄瀬くんと呼ぶ声ももう聞こえない本当に黒子っちはもうここにはいないんだ。足か力が抜け床にぺたんと座り込んでいた。
「黄瀬さん、黒子くんは最後まであなたとバスケをしたかったと言っていました。」
座り込んでいた俺の肩に柔らかな掌が置かれた。甘やかな匂いが鼻腔を擽る。俺と目線を合わせるように少女はしゃがみ込む。この少女に会うのは二度目だ。蒸し暑い夏の日、逃げるように去った彼女だ。あの時、泣いていた彼女は今は穏やかに微笑んでいる。今までずっと黒子っちと向かい合ってきたのはきっと、彼女だ。一生懸命笑顔を作って悲しいはずなのに堪えている。一番悲しいはずの彼女は今は黒子っちの死を受け入れていようとしている。今までの道程はどれだけ苦しかったのか。俺には想像もつかない。
「…アンタは笑わなくていいよ。」
「そういうわけにはいきません。黒子くんとの約束ですから。」
今にも泣き出しそうなそんな笑顔はあまりにも悲し過ぎる。

葬式のときも彼女は泣かなかった。黒いリボンを揺らしつつ、ただのクラスメイトとして静かに参列していた。ここで黒子っちの棺に駆け寄ることもせずに、静かに棺が送り出されるのを見つめいていた。ただ焼香のとき一筋流された涙はきっと、彼女の最後の涙だろう。黒子っちは身寄りが少なかったから必然的に喪服の数よりも制服のほうが多かった。まだ喪服を持っている人間のほうが少ないのだ。
「本当に早すぎるよな、俺も初めて喪服買ったんだぜ。」
「笠松先輩…。」
大学生になった先輩たちは、喪服を初めて着る人ばかりで早すぎる黒子っちの死を悼んでいた。プリーツスカートの端を皺になるくらい掴んでいた彼女は、黒子っちのなんだったのだろう。誰よりも献身的に尽くしてきた彼女は、ただの恋人と言ってしまうことはできなかった。彼女と赤司っちが話している光景はよく覚えている。無表情の彼女は赤司っちの言葉にただ頷くだけのものだったが、赤司っち相手に引くことなくその瞳に光を宿していた。あの瞳は黒子っちと同じ瞳だ、と


花葬 あれから何年かの12/28

「黒子っちに子供がいたなんか知らなかったっすよ。」
「赤司さんしか知らなかったですよ?」
黄瀬さんの膝の上には黒子くんと同じ天色の瞳をした幼子が乗っている。はしゃぐ息子はとても黒子くん似ている。彼の血を引く子供だと見てすぐにわかる。私はあのあと黒子くんとの子供を妊娠しており、すぐに産むことを決めた。けれど学生の身で産むことはとても難しかったけれど、両親を説得し、何よりも赤司さんの助けがあった。葬式のときに、テツヤとの子供を身籠っているだろう、といきなり言われた。黒子くんが亡くなった時、初めて会った時にはもう見抜いたようでその眼力凄すぎ。赤司さんは何かあったら頼るようにと行ってくれて随分と助けられてきた。彼の助けがなければ子育てを二十歳にもならない小娘がひとりで行うことはできなかっただろう。彼に頭を下げられた。友を助けてはくれないだろうか、と。その美しい顔を歪ませながら苦しげな表情を隠すことなく、お願いしてきた。もちろん、今まで助けてもらってきたのだ。私にできることがあればなんでもしよう。
「そう言ってもらえてよかったよ。黄瀬を助けてやれるのは、君いや彼だけだからね。」
黄瀬さんに息子を会わせてやってほしいと言われた。あのクリスマスイブの日に黒子くんの墓の前で雨に打たれながら立ち尽くす彼をみた瞬間に、言葉を失った。あんなに美しいひとがこんなになっしまうくらい、黒子くんのことを今でも思ってくれている。彼がどれだけ周りのひとに幸せを与えてきたのか、そして愛されてきたのかを思うと、早すぎる死が辛い。だからあのとき、黄瀬さんに言ったのだ。
「まだ黒子くんは生きていますよ。」
後ろに立っていた息子の瞳を見た瞬間に、また色づき出した黄瀬さんの瞳を私は忘れない。彼と私の繋がりは今でも在り続ける。

天色 ×/×

父はとても愛された人であり、その早すぎた死を皆が悔やみ、悲しんだ。ボクが生まれた頃には父はもういなかったから写真のなかでしかその顔を知らないが母さんとは同じ高校のクラスメイトでアルバムに写る、その笑顔は穏やかでボクによく似た顔をしていた。こんなにも瓜二つだとは思わなかった。そしてボクも父が大好きだったバスケをやっている。背が低くても自分の長所を生かしてチームのために貢献する。そんなところも父譲りらしい。とりあえず、今は日向リコ監督、旧姓相田監督のもとでバスケをやっている。母さんは父さんの話をよくする。好きな食べ物がバニラシェイクなことや、バスケがとても好きで周りの皆に愛されていたのかを。ボクには思い出があった。TV画面越しにしか見たことのない有名人が綺麗な顔を歪ませ、涙を浮かべながらボクを抱き締める姿が。黄瀬涼太、という名前のあの人は檸檬色の瞳から大粒の涙を流す彼はTVで見たときよりもずっと美しかった。ボクの顔を見るたびに彼は泣きながら父さんの名前を呼んでいた。父さんを知っている人も母さんと父さんの繋がりを知っている人はほとんどいない。同級生だった火神さんさえ、わからないと言っていたけれど父さんも母さんは隣同士の席で、同じ図書委員。二人はよく話をしながら笑いあっていたよ、という火神さんの表情がとても柔らかったからボクまで嬉しくなった。周りは知らなくても、二人の絆は確かに繋がっていたからボクはここにいる。それがすべての答えだ。


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