思い出は綺麗に見えるものだとどこかで聞いたことがある。
まったくもってその通りだ。
中でも"恋愛"に関してはそれがとても顕著であると思うのはきっと私だけじゃないはずだ。
◇◆◇「うわっ、もしかして名字!?」
成人式後、同窓会の二次会に参加していると、なんだか失礼な言葉が後ろから飛んできた。
人の事見てうわってあんまりじゃない?
そう抗議の声を上げようと振り向くと、記憶よりずっと背の伸びた彼がそこに立っていた。
「・・・く、ろお?」
ドキドキと高鳴る心臓を抑えつけて、何年ぶりかにその名前を口にした。
その声が情けなく震えていたこと、彼に伝わってしまっただろうか。
「自信なさそうだな、オイ」
自信がないわけじゃない。
あまりにも突然の再会に驚いているだけ。
なんて、都合のいい言い訳に逃げようとしても、同じ中学校に通っていた私たちが中学校の同窓会で再会しないなんてことの方がありえないわけで。
「そっちだって、"うわ"って言ったでしょ」
「あー・・・それはアレだ、ホラ」
「どれ」
「いや、なんつーか、中学卒業してから会ったことなかったし?久しぶりだなーっつってさ」
アハハとあさっての方角を見ながら笑う彼に、確かにそうだね、と同意すれば少し懐かしむような視線を向けられた。
その視線がなんだかとてもむず痒くて、逃げるように席へ座ろうとすると、ゴツゴツした大きな手が私の手首を掴んだ。
掴まれたところがどんどん熱を持っていくのが分かる。
「・・・隣、座れよ」
少しだけ強引にそう言った彼に、無言で頷いて並んで腰を下ろした。
他の人たちに笑顔で久しぶりなんて交わしている彼とは対照的に、会話もなくただじっと座っていると、目の前に並々とビールの注がれたジョッキが置かれていく。
全員分のそれが行き渡ったことを確認した幹事が、乾杯の音頭を取った。
ガシャンとお世辞にも綺麗とは言えない音を立ててジョッキとジョッキがぶつかり合う。
渇いた喉にビールを流し込むと、最初の緊張やら何やらはどこへ行ったのか、私と彼は中学時代の思い出話に花を咲かせた。
3年間、同じクラスだった私たちは共有する思い出も多い。
面白おかしく話す彼につられて笑っているとあっという間に時間が過ぎていった。
宴もたけなわ、時計の針が真上を指す頃、いつもより過剰に摂取したアルコールの所為で、私の思考はあやふやだった。
宴会場の端の席で、他の人から隠されるように繋がれた右手も、挑発するように絡められた脚も、何もかもアルコールの所為にして。
「くろおー」
「あーお前もう酒飲むのヤメロ!こっち飲め」
甘いカクテルの入ったグラスを取り上げられて、代わりに持たされたのはウーロン茶。
ぶつぶつ文句を言いながらそれを喉に流し込んだところで、私の記憶は途絶えた。
◇◆◇「ん・・・、」
「あ、起きた?」
「っ、く、黒尾!?」
「いっ!?急に起き上がんなよな」
目を覚ますと私の顔を覗き込んでいた黒尾と目が合った。
慌てて起き上がるとおでことおでこがぶつかってゴツンと鈍い音を立てた。
おでこを擦りながら謝ると、途端におかしくなって2人揃って吹き出す。
「ここは?」
「俺んち。つーか、名字、エロくなったな。脚なんか絡めてきちゃってさ。こっちの身にもなれっつの」
隣に座った彼が思い出したように言った一言で私の思考は停止した。
ぼんやりと覚えてるのは、あの場所で私じゃない誰かの体温がずっと私に触れていたということだけ。
1番端っこの席だったし、隣にいたのはずっと彼だった、とそこまで思い出したところで、右手がぎゅっと握られた。
「居酒屋のやつ、覚えてんの?昔はこういうことするだけで顔真っ赤にしてたのに、成長したよなー」
「わ、分かったから・・・それ以上言わないで・・・」
ニヤニヤと面白そうにそう言われて、かあっと顔に熱が集まっていくのが分かった。
握られた右手も熱い。
これはもうアルコールの所為なんかじゃない。
「・・・やっぱ変わってねーな。すぐ赤くなるところとか」
「・・・黒尾は前より意地悪くなった」
「好きなヤツほどいじめたい、男の心理ってヤツだろ」
「・・・え?」
座っていたソファに押し倒されて、ぐるんと視界が反転する。
そこまでは強引だったのに、降りてきた口付けは驚くほどに優しかった。
「ずっと好きだった、名字」
"好きだった"
過去形で紡がれた告白は、あの頃の私たちを責め立てる。
お互い部活に費やした青春。
大人になりきれなかった所為で、物理的な距離にお互いの心まで離れてしまった。
「だから、もう1度やり直しませんか」
「っ、」
ずるい。
ずるいずるいずるい。
私が断れないのも、まだ好きなのも、全部ぜんぶお見通しなクセに、そういう時ばっかり選ばせようとするんだ。
「今からでも遅くない。もう1回、2人で青春しよう」
「っバカじゃないの・・・もう成人だし、」
「関係ねーよ。とりあえず、今から5年分の"好き"を伝えるけど、イイ?」
そう言って緩めていたネクタイを外した彼は、妖しい笑みを浮かべながら私に口付けた。
ぺろりと唇を舐める彼はそれはもうあの頃と比べ物にならないほど色っぽく、私の心を乱していく。
ああ、こんな不純な青春、あってたまるか。