高校に入学してすぐ1人の先輩を好きになった。
梟谷学園、バレーボール部、セッター、帰る方向、木兎さん。
共通点に恵まれたおかげで、誰よりも親しくなることができた。
チームメイトがスパイクを決めた時に見せる満面の笑顔だとか、白くて細い腕が上げる綺麗なトスだとか、好きなところを挙げればキリがない。
しばらくはひっそりと片想いでいるつもりだったのに、彼女と親しい他の女子の先輩や彼女の幼馴染である木兎さんには何故かすぐにバレてしまった。


「・・・俺ってそんなに分かりやすいですか」


部活が終わって、いつものように校門で木兎さんと彼女を待ちながら、ふと気になっていたことを聞いてみた。
木兎さんは一瞬だけぽかんとして、すぐにニヤリと笑った。


「だって赤葦、いつも名前のこと見てんじゃん!分からない方が難しいんじゃねーの?」


「・・・マジですか」


うかつだった。
まさか木兎さんに指摘されるほど見ていたなんて。


「まあ、そんな赤葦にロウホウだ!」


がっくりとうなだれた俺に、憎らしいほどの笑顔で木兎さんが言った。
その笑顔に嫌な予感がするのはきっと気の所為なんかじゃない。
木兎さんとは入学してからの付き合いで、まだ半年にも満たないけれど、それくらい分かってしまう。


「俺はこの後用事があるから先に帰る!んで、俺の代わりに名前を家まで送ってくれ!」

「は?ちょ、何言って、」

「じゃあな!」


ひらひらと手を振りながら走り去っていく木兎さんを睨む。
彼女と2人きりになれるのは嬉しい。
でも、いくらなんでも、急すぎやしませんか。


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「ごめん、遅くなって」

「大丈夫です」


校門まで走ってきた彼女からは柑橘系の匂いがした。
ふわりと香るその匂いに鼻先をくすぐられながら返事をすると、彼女はきょろきょろと周りを見渡した。


「あれ?木兎は?」

「用事があるって先に帰りました」


不思議そうな彼女に木兎さんの”嘘”を告げる。
彼女はその”嘘”を疑おうともせずに、そうなんだ、と呟いた。


「だから今日は俺が送ります」

「え?いいよ、悪いし・・・ていうかそもそも私の方が先輩だし・・・」

「先輩は先輩でも名字さんは女じゃないっスか。木兎さんにも頼まれてるんで大人しく送られてください」

「あはは、何ソレ。うーん・・・じゃあお願いします」


2人並んで学校を後にする。
手を伸ばせば届きそうな距離なのに、先輩と後輩、というこの関係が邪魔をする。
いっそこのまま想いを告げてしまおうか、なんて考えていると、急に彼女が立ち止まった。


「赤葦君、まだ時間平気?」

「?平気ですけど・・・」


唐突な質問にそう答えると、彼女はパッと花が咲いたように笑って俺の手を取った。


「ね、じゃあちょっと寄り道してこ!」


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連れてこられたのは駅からは少し離れた河川敷。
到着と同時に離れた手を残念に思っていると、街灯の少ないそこは星がよく見えるんだと、星よりも眩しい笑顔でそう言った。
制服のまま座った彼女に倣って、その隣に少しだけ間を空けて腰を下ろす。


「ここ、私のお気に入りなんだ。いつも頑張ってる赤葦君にご褒美ね」

「ありがとうございます」


悪戯っ子のように笑いながらそう言った彼女が空いていた隙間を埋めた。
ぴったりと密着するようなその距離にドキリとしながらその横顔を眺めていると、彼女は1つ1つ星を指さしてその名前を口にする。


「あれがデネブ。あっちがアルタイルで、あの明るいのがベガ」

「・・・夏の大三角形ですよね」

「あ、知ってた?」

「名前だけ。ホンモノは初めて見ました」


キラキラと初めて綺麗なものを見た子どものような彼女にそう答えると、ご褒美になったか、なんて聞いてくる。
十分すぎるくらいだ、そんなの。


「赤葦君は流れ星見たことある?」

「プラネタリウムでなら」


東京に住んでいる所為か、星空とは無縁な日を過ごしていた気がする。
はくちょう座もこと座もわし座も、プラネタリウムでなら見たことはあった。
ホンモノよりもたくさんの星が輝くそこで、やけに強調された星座や流れ星がわざとらしくて好きになれなかったのを覚えている。


「じゃあ、流れ星も見れたらいいね」


ぽつりとそう呟いて彼女が空に手をかざした瞬間。
まるで魔法のように1つの星が綺麗な尾を引いて流れていった。


「い、今の見た!?」

「見ました、すごいですね・・・」


後で知ったペルセウス座流星群。
そのピークがどうも今日だったらしい。
その後は、最初の星に続けとばかりに次々と星たちが流れていった。

夜空を見上げる彼女の横顔を見た。
たくさんの星が映り込んだ彼女の瞳。
溜め息混じりに呟かれた、綺麗、の声。
同じ時、同じ場所で、同じ感動を共有する。
ありふれたことなのかもしれないけれど、俺にとっては今までのどんな時よりも幸せだった。



とめどなく降る星たちに願い事をするならば、この幸せがいつまでも続きますようにということ。

ああ、でももう少し欲張ってもいいのなら、いつかこの想いが彼女に届けばいい。


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