「カカシ先輩」
「なあに」
「すきだよ」
「…ん、俺も」

このひとの腕のなかは誰よりも優しくて、その瞳は誰よりも哀しい。アイを紡ぐ唇は誰よりも嘘を吐いて、そしてその背中は私に真実を告げる。その背を透かして見えるそれに、初めて気づいたのはいつだったっけ。ふとそう考えてしまう瞬間が私の脳みその中が彼で染まっている証拠なのだろう。

「…寒い」
「だから服を着たらって言ったのに」

ほら優しい言葉を紡ぐ薄い唇が、嗚呼こんなにも愛おしい。

「ちぇ、大人ぶって」
「俺を先輩って呼ぶのはお前でしょ」
「…まあ、歳だけで言えばカカシ先輩のほうが大人だしね」
「口だけは達者なこどもだねえ」

細くなる瞳に、映り込んでいた私は必然的に見えなくなる。同時に塞がれた唇に、肺が酸素を求め始めれば次第に心臓が暴れだした。口を塞いじゃえば完璧にこどもだね。そうくつりと笑う先輩の頬に少しの紅が差しているのには気付かないふりだ。自分ばかりが余裕な態度でいるけれど、こどもなのはお互いに一緒で、埋められない何かをこどもながらに必死に求めている。

「聞いたよ。暗部辞めるんだって?」
「もう辞めたよ」
「へえ」

情報が遅いなあ、なんて鼻頭を掻いて困ったようにした先輩の目尻にキスをひとつ。リップ音のあとにその瞳を覗き込めば、しっかり私が映り込んでいて、それだけで少しの優越感。

「いつの間にそんなこと出来るようになったの」

見開いた瞳には私しかいない。引かれた腕に抱え込まれる身体は、その逞しい腕のなかで暖かく感じた。冷たい私の両の腕は、彼の背中に手を伸ばすことを許されない。だって――

「そりゃあ、任務で色ばっかりやってると男を誘惑する方法ばっかり身についちゃうでしょ」
「ふうん」

だって私は弱いもの。弱い私は、先を行く彼に手を伸ばせやしないから。

「暗部を辞めるなら、嫌な任務が増えるけど」
「いいよ。だってそれが里の為なら」
「顔がばれる心配もなく堂々と色任務ができる?」
「そういうこと」
「……ふうん」
「なに不貞腐れてるの?こどもみたい」

私を抱く腕は優しいくせに、その瞳は酷く哀しい。映る私のほうがこどもだっていうのに、哀しい瞳をしたままアイを紡ぐ彼はまるでお化けに怯えるこどものようだ。ねえ、何がそれをどあなたを怯えさせるのでしょうか。私は貴方から離れられやしないというのに。

「こどもじゃあないよ」

ぎゅっと一層つよまった腕の力に、柔く微笑んであげれば熱い吐息が頬にかかってくすぐったい。どうしても先輩が愛しくて、私は伸ばせやしない腕を躍起になって伸ばそうとする。それに気づいた彼が、密着した身体を少し浮かせた。あ、ばれちゃった。

「なにしてるの」
「ぎゅってしたいの、先輩を」
「包帯をぐるぐる巻かれた腕じゃ無理でしょ」
「じゃあ解いてよ」
「だあめ。暫く無理はさせちゃ駄目って医者から言われてるんだから」
「昨日の夜は無理に動かせたでしょうが」
「それとこれとは別」
「なにそれ餓鬼の言い訳みたい」
「まったく、口が悪いねえ」
「少しくらい動かしたって何にも変わらないって」
「だめ。いまは無理」

困ったように眉を下げた先輩に、胸のうちで問うてみる。ねえ、やっぱり無理なのかな。先を行く貴方に追いつきたいばっかりに、後ろなんか振り向かずに走り続けてみたのはいいけれど、一向にこの手は届きやしない。せめて、その背中を見ることがないように隣くらいには立ちたかったのだけれど。

「あーあ。やってらんないなあ」

このひとの腕のなかは誰よりも優しくて、その瞳は誰よりも哀しい。優しくて哀しい貴方を真正面から受け止めるのには私はまだまだ未熟なこどもで、受け止めることを許せる程あなたはまだまだ大人じゃない。

「先は長いよ。ゆっくり行けばいい」
「忍やってちゃいつ終わりがくるか分からないよ」
「でも、俺は待ってる。気長に、ね」

それは先輩に、私に受け止めてもらう程の余裕と覚悟がないだけでしょう。気長になんて、大人ぶって言われたって分かってる。私はこどもで、先輩もこども。生まれたときからぽっかり空いていた穴を埋める為に必死で互いを繋ぎ止めているだけ。

「ねえ」
「なに?」
「ぎゅうってして…さびしい」
「はいはい。お前はやっぱりこどもだねえ」
「うるさい」

寂しさとか虚しさとか、そんな感情にむりやりに空けられた穴を埋める為に先輩は私を優しく抱きしめる。先を行く彼に追いつきたいばっかりに私は今日も、こどもみたいに足掻き続ける。愛おしいと思うこの感情が、私達がアイと呼ぶそれが、本当じゃなくっても、それでもずっとずっと変わらないんだろう。いくら互いを必要としたって空いた穴はそう簡単に埋められるものじゃないけれど、いつだって違えた感情をアイと呼ぶのだ。


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