この心も体も私のものなのに、たまに言うことを聞いてくれなくなるから困ったものだ。無鉄砲だと、昔からよく言われた。感じたことをそのまま率直にこぼすものだから、たくさんの人を傷付けてきただろう。思い立つとすぐに行動に移すから、いろいろな人が迷惑を被っただろう。
自分では何の気なしに向けた言動のナイフで他人の心に深い傷を負わせたかもしれない。それでも、数多くの失敗をしてもなお、私は生きている。

「あんたなんか大嫌い」

壊れたものは、もう元には戻らないらしい。多分、わずかであっても壊れ始めたものは、以前とは全く別物になってしまう。どんなに掻き集めても、大事に固めようとしても、もう手遅れなのだ。不思議と涙は出なかった。謝罪の言葉すら浮かばなかったのは、彼女に負い目を感じることすら今更煩わしいと思ったからなのかもしれない。女の友情は脆かった、きっと、ただそれだけ。彼女は私を迫力だけで殺しそうなほどに強く睨んでその場を走り去った。頬をめいっぱい打たれるくらいの覚悟はしていたつもりだったのに…もちろんそうなればやり返すつもりだったけれど、お互い無傷ならそれが一番だろう。まあ心にはお互い大きな傷を負いましたけどね、なーんてうまいことを言っても全然面白くない。一人残された体育館裏、私はゆっくりと屈んで呼吸を確かめる。些細な口喧嘩はもちろん、もう会話さえもすることないだろう。グッバイ、マイフレンド。

「大丈夫だったか」

咄嗟に顔を上げたら、彼が居た。本当は声だけでも誰かを判断出来ていたのについ勢いで目を合わせてしまった自分が憎い。いつから居たんだろうかと一瞬不安になったけれど何食わぬ顔をして、私は立ち上がった。汚れていないスカートを大袈裟に叩いて、髪の毛を耳にかけて、悲鳴をあげる心臓を必死に押しつける。どうか、声が震えませんように。

「どうして赤司くんがここに居るの?部活中でしょ」

「不注意でボールが外へ出てしまったから、探しに来たんだ。偶然だよ」

「ふぅん」

こんなにも、会話のキャッチボールが難しい人に私は今まで出会ったことがなかった。もう少し長考して、何か疑問や可愛げのある言葉を返したら彼ときちんと向き合って話せるんだろうか。例えば、彼が私だけを見て微笑んでくれるんだろうか。思うままに行動するのと、素直になるのは、きっと違う。彼の横を通り抜けて、私は教室へ戻ろうとした。めいっぱいの駆け足で鞄を取ったら、早く家に帰りたい。不意に彼から声をかけられたって、聞こえないフリをして、ぐちゃぐちゃになっているこの心からも目を背けて、眠りに落ちて全て忘れてしまいたい。一時的でも構わない、時の流れが苦しみや悲しみを解決してくれることはたくさんある。それなのに、そう思うのに、私の名前を呼ぶ彼の唇に、私の足は躊躇しつつも止まってしまうのだ。振り向いたら、もう絶対逃げられない、分かっているのに。

「何か言いたいことがあるのなら、手短に話して」

ぎゅっと握りしめた右手が微かに震えている。彼女に呼び出されたときとは全く違う感情だった。背中を向けたままの私に遠慮なく近寄る彼の足音よりも、心音の方が確かに大きいのだ。

「こっちを向いてくれないか」

この声色で、対応で知る。彼は間違いなく一部始終を見て、私と彼女の話を聞いていたんだろう。でも、私と彼の関係は名前をつけられるほど大層なものではない。私の中で、自己完結したつもりだった。どんなに惨めな終わり方でも、報われない未来でも受け止めたはずだったのに。

「…向けないよ」

どちらを取る方が正しいとか、どちらかを選んだら悪者だとか、それはあくまで主観的または第三者の意見に過ぎない。それでも彼は、赤司くんは私の友達ではなく、私の友達の恋人だったのだ。彼を好意に満ちた熱い瞳で見つめる彼女を知っている、彼が他人へあんなに優しく微笑みかける特別な表情を私が見ることができたのも、彼女の隣りに居たからなのだ。相思相愛、公認カップル…今となっては虫酸が走るけれど、まさにその通りだった。彼女は、美しい人だった。長い睫毛も、透き通った瞳も、キメの細かい肌も何もかも私とは比べ物にならないほど兼ね備わっていた。そんな彼女が選んだ人が彼なのも、彼がまた彼女を恋人に決めたことも、必然なんだろうと思っていた。だから、私が少しずつ彼を目で追うようになっていたことなんて、言えるはずが無かったのだ。短い人生とは言え、私だって過去から比べれば少しずつ学んで、賢くなっている。負け戦に立候補するほど馬鹿ではないつもりだ。心の奥底で静かに、いつまでも思い続けようと、鍵をかけた矢先だったのだ。ある日、彼女が涙を流しながらもすごい形相で私に詰め寄り、こう言う。赤司くんからあんたを好きになったから別れて欲しいと言われた、と。

「どうして?」

それはこっちのセリフだ。理解が出来なかった。彼女は当然、私が彼に惹かれていることを知らない。公認カップルの破局は数時間もすれば学校中を駆け巡った。おかげさまで私は現在、クラスメイトの誰からも口を聞いてもらえない身分だ。彼が何を考えているのか、全く見えない。

「私が聞きたい」

もしかしたら、彼がただ彼女と別れたくて私を利用しただけなのかもしれない。自分で言ってて悲しくなるけれど、あんなに魅力的な彼女を捨ててまで私を好きになる理由が未だにこれっぽっちも見えやしない。それでも、チャンスだと、思ってしまった馬鹿で浅はかな私が居るのだ。少なくとも今までより確実に彼と二人で接触する機会が増えるだろうし、私の中で彼に対して「好意」という感情が他の誰よりも大きくある以上、乗っかって信じてみる価値はあるだろう。こんな絶好の機会を無視して流すなんてしてたまるものか。だから先ほど呼び出されたとき、彼女からの問いに私は強気で答えたのだ、私は赤司くんが好きだと。

「僕は君が好きだよ」

心臓が破裂してしまいそうだ。単純なのは重々承知している。でも、好きな人から愛の言葉をもらうのはこんなにも胸が高鳴るものなのか。私がかつて何度も、ああなりたいと思っていた彼女も、彼からの愛の言葉にときめきを覚えたんだろうか。私なんかが、まばゆい彼に触れていいんだろうか。

「もう一度、言って」

恋愛と友情、どちらが大切?なんて質問がある。私は、平穏で幸せな方を、そうなれる方を選べば良いと思っていた。だけどもう分かったのだ、友情を優先する必要なんて全く無い。私が片方を選んで片方を切り捨てたように、彼女が私の彼への思いに気付いていた上で恋愛を選んでいた可能性だって決してゼロじゃないのだ。

「僕は君がいいんだ」

我慢出来ずに振り向いて彼を真っ直ぐに見据えると、柔らかく微笑んでくれた。それだけで、やっぱり私は彼を好きなんだと改めて思う。ゆっくりと少しずつ、もらった言葉を噛み締めれば、ボールを探しに来たという少し考えたら見え見えの嘘すらも愛しくて仕方なくなるのだ。私の選んだ道を誰かが最低だと言うだろう。彼女の別の友人は私を散々蔑むだろう。失敗も迷惑も繰り返して、きっと私はこれからも図々しく生きていく。結局、しぶとく生き残った人が勝ちなのだ。これは正論や綺麗事なんかじゃない、真実。


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