ちゃぷんと水が跳ねる音がする。
湯気で白ばんだ視界の中、風呂に依都の上機嫌な鼻歌が響いていた。

「それ何のCMソングだっけ?」
「え〜ペプシかなんか?」
「今ペプシの歌はKYOHSOさんが担当してませんでしたっけ」
「あれ そうでしたっけ〜」

後ろでカラカラ笑う彼に背を預けながら呆れた声色でそれぐらい覚えときなよと言えば適当な返事が帰ってきた。
日曜日の朝っぱらからどうして二人で湯船に浸かっているかというと、彼が昨晩ほろ酔いで帰って来てそのまま縺れ込むようにシーツの海に沈められたからで。
明日は珍しくオフなんだよねぇと笑った彼に私もつい嬉しくてはしゃいでしまった。

「あ、そういえば昨日ブロマイド買ったんだよ」

今度は自分の持ち歌を歌い始めた依都にそう言うと彼はへぇと湯船の淵に乗せていた手で一回り小さな私の手をいじりはじめる。

「どういうやつだっけ?」
「この間の事務所合同ライブの時のブロマイド」
「あ〜そんなんもあったねぇ」

私の手を自分のそれに重ねて後ろから指の隙間に自分の指を通らせる謎の遊びを始めた依都を放って話の方に集中する。

「ランダムだったのびっくりしたよ」
「そういうの多いよねーうちの事務所から出てるグッズって」
「うん ライブグッズ以外は基本的にランダムなんじゃないのって思っちゃうくらい」

箱買いもさせてもらえないから欲しいの出るか分かんないんだよねとボヤけば彼は手をぎゅぅと握って首を伸ばし、私の頬に自分のそれをくっつける。

「欲しいのってYORITOのグッズ?」
「基本誰でも嬉しいけど第一希望はKYOHSOさんかなぁ」
「そこは俺っていえよ」
「じゃあ依都」

あーあと言いながらまた後ろの壁に頭を預けた彼はで?と聞き返してくる。

「結局誰当たったの」
「あ…そういえばまだ開けてなかった」
「はー?」

机に置きっぱなしかよーと笑う依都。思い出して仕舞えば早く知りたくなってしまうのも仕方がなくて、私は腰を浮かせた。

「早速開けないと」
「ちょっと待てって」
「わ…っ、離してよ」

お腹に回った腕をぱちぱちと叩くとその手がじりじり上に上がってくる。終いには背中にキスをされて振り返った。

「名前、もっかい」

顔を近づけてきた彼の口を自分の手で覆う。

「だーめ!」

せっかくの休みなんだから有意義に使うの、と言って湯船を先に出た。おいーとか言って項垂れる彼を無視してさっさと身体を拭き、部屋着に着替える。

「えっと…これだ」

郵便物と混ざってしまったブロマイドの封筒を手にとって並べる。封が意外にしっかりしていて適当に破って中までやっちまったら嫌だと思い、わざわざエンベロープナイフを探していると上裸で下はスェットな依都が髪を拭きながら出てきた。

「開けたの?」
「まだ」
「早くしろよ〜焦らしプレイ?」

椅子に腰掛けてごしごし髪を掻き混ぜる依都に後でブローでもしてあげようと考えながら机に戻る。

「よし!」

準備万端でいざ開けるぞと一番左のものを手にとった。

「何枚買ったの?」
「4枚〜」
「は?制限そんなだっけ?」
「いや、もうちょっと買えたんだけどお金の持ち合わせがなくって」

ぺりぺりと封筒を切って中身を取り出すと見えた赤に目を見開く。

「依都だー!!」
「え、まじ?」
「まじ!見て!」
「お〜凄い凄い」

パチパチと雑な拍手を送る彼のブロマイドを見る。やっぱりかっこいいなぁなんて絶対口に出さないことを考えてそれを机に置いた。

「よし…このままKYOHSOさんコンプリートしたい」
「がんば〜」
「んあ!朔良くんだ!やったー!」

結局は誰が出ても嬉しいから全部大盛り上がりで開けていくと最後の一枚が凄かった。

「え…」
「誰だった?」
「こ、これってさ」

震える手で依都にブロマイドを見せると彼はおーと呟く。

「玲音じゃん、しかもサイン入り」
「キングくんサイン入り!!えー!!凄い凄い本当に?!4枚しか買ってないのに?!キャー!!」

暫くサイン入りの興奮にキャーキャー言っていると机に頬杖をついた依都にそれを没収されてしまった。

「はい、ぼっしゅ〜」
「あ、ちょっと待ってよ」
「ダメでーす。今日有意義に過ごすんでしょ」

何したいのと言う彼は私が依都の時よりキングくんの時の方が興奮していたから面白くなかったのかもしれない。

「何って言われても特にないなぁ」
「出掛ける?」
「どうせ声かけられるだろうから嫌」
「俺サングラスしてくけど?」
「真冬だよ」

真冬にサングラスしてる変な人と歩きたくないといえば彼は私の頬を抓る。

「だったらさっき俺の相手してくれても良かったんじゃないのー」
「そしたら一日中ベッドじゃんやだよ」
「俺はソファーでもキッチンでもいいけどね」
「ばか」

クスクス笑う彼はふとひらめいた顔をするとシンクで水を汲んできて机に置いてあった小銭を寄せた。

「ならゲームとかどう?」
「ゲーム?」
「そ。ここに水がいっぱいになったグラスがあります」

確かに溢れんばかりに水が注がれたグラスを見て頷く。

「でも水って意外に溢れないじゃん」
「あ、表面張力?」

コクコクと頷いた依都はだから、と小銭を一枚手に取ってグラスの中に沈めた。

「交互に入れてって、溢れた方が負け」
「え でも小銭の種類バラバラじゃん」
「どれ使ってもいいよ〜」
「…それで?」
「買った方が今日の過ごし方を決める。どう?」

楽しそうでしょとドヤ顔で言った依都に取り敢えず服着なよと言おうとして止めた。

「いいよ、やろう」

案外楽しそうだしと言うと依都は小銭に伸ばした私の手を掴む。

「俺が買ったら今日名前が上になってよね」
「え?!やだよ」
「いーじゃーんたまには下から見上げたい」

この男はそういう事しか考えられないのかと項垂れてからじゃあ私が買ったら今日はシない、と言い返す。

「えーそれは酷いでしょ〜」
「酷くないよ。じゃあスタートね」

さっき彼が落としたのと同じ十円玉を沈めるとキンと小さな音がした。それから暫く続けていると水がドームを作り今にも溢れそうな状態になる。

「じゃあ次俺どれ行こっかな〜」
「こーぼーせ!こーぼーせ!」
「それ死亡フラグって言うんじゃないの」

積み上がった小銭は様々で、今依都が落とした五円もその山の一員となった。

「あれ、一円玉もうないの?」
「あって十円ってとこだね〜」
「えぇ」

嘘でしょと呟いて十円玉に手を伸ばした拍子にガタンと机を揺らしてしまった。

「あ」
「えっ?!」

脆いドームは簡単に崩れて机を濡らす。

「嘘?!これあり?!」
「そりゃ名前が揺らしたんだしありでしょ」
「えぇ〜」

ショックだと肩を落とすとニヤニヤ笑う依都が中腰の私を抱き寄せる。

「じゃあ今日の予定は俺が決めるってことで」
「…もー」

取り敢えずキスして と言われて仕方なく彼の肩に手をつき、唇を重ねた。

「あー、幸せ。」
「…依都って意外と安上がりだよね」
「そう?俺はそんなつもりないけど〜?」

こんなもんでしょと笑った彼が愛おしくてその鼻先にキスを落としてやった。


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