「『人生はほんの一瞬のことにすぎない』んだって、凪斗。」
「『死もまたほんの一瞬である』....フリードリヒ・フォン・シラー。」
「御名答。」

 読んでいた本から顔をあげる。ニシシ。擬音にするならそんな音がぴったりだった。チェシャ猫のような笑みを浮かべてボクを見る名前と視線が絡まる。

「光陰矢の如し、なんて言うけれど、本当に満ち足りてる人には過ぎていく時間なんて、何の重要性もない些末な出来事なのかもしれないね。」
「何が言いたいの。」
「凪斗は一人ぼっちで死ぬ事が恐ろしいよね。」

 皮肉るような、相手の心臓を掴んで得意げになっている子供のような、邪悪なようで純粋な笑みを浮かべた名前は、右手から本を奪い するりとボクの懐へ潜り込んだ。

「ちょっと、」
「凪斗の30億回の鼓動の末に私が居るなら、それまでの一瞬なんてどうでもいいよ。」

 本を放り投げながらそう呟いて、名前はボクの胸に耳を当てた。そして恍惚と目を閉じて、囁くのだ。

「ほら、すごく速い。凪斗は私と居ると早死にするね。」
「...うるさいよ。だいたい一生に打つ心拍数が決まっていると言う説は間違って…」
「私は時計じゃなく、凪斗の心臓の音が時間の尺度を示すよ。」
「だから何がいいたいの。」
「凪斗の幸運が凪斗の右腕も両足も奪って、視界も声も奪って、果てに私の事を忘れてたとしても、最期に私の所に居れば、私は幸せなの。」

 なんてひねくれたプロポーズだ。ボクが言うのも何だけどね。

「仕方ないね。ボクも時計の音じゃなくて、名前さんの心臓の音聞いてあげるよ。」

 遠くでしわくちゃに折れ曲がる本のページと同じくらい先程まで眉間に皺を寄せていた名前が満足そうに微笑んだのを見てボクも笑う。本に嫉妬した愛しい愛しい恋人に『君だって鼓動、速いじゃない』とは言わず、抱き締める腕の力を強めた。

誰かが決めた時間じゃなく、キミの生きる音を気にしてあげる。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -