真っさらな隊服に身を包んだ四月も気付けば過ぎ去った。日差しの強くなった往来を歩けばどこかに夏さえある。私はうなじに熱を感じながら目を細めた。マヨネーズ調達って、それ任務じゃないだろ。




「新しく十番隊に配属となりました、名字名前です」

ガタイの良さそうなヒゲ面が局長で、隣の目付き悪そうなのが副長だな、と一目で分かった。二人とも原田隊長より若そうだけど、踏んできた場数は相当なんだろう。深々と下げた頭でそんなことを考えた。目の前の畳は青々として良い匂いがする。簡単な挨拶を済ませて局長室を出た後はひたすら原田隊長や先輩隊士に付いて仕事を覚えた。時間は目紛しく経過し、あっという間に夜が来て朝になって一週間が終わる。大変ではあるものの、真選組十番隊隊士、という肩書きは寝ても覚めても嬉しかった。ここで生きていくんだな、と曖昧でも確信に近いものを想う。毎日袖を通す糊のきいたシャツが心地好かった。



「おい、マヨネーズ買ってこい」
「………」

新緑眩しい縁側で通り際に話し掛けられたのは鬼の副長さん。切れ長の凛々しい瞳に不釣り合いなおつかい内容に、少し反応が遅れる。マヨネーズ?調味料の?食堂で切れてたのかな。だけどもちろんお小遣い的なものはない。

「それも十番隊の仕事ですか」
「いや、おめーの仕事だ」
「マジすか」

初耳だった。マニュアルって当てにならないなぁと思いつつ、どこか理不尽さを感じずにはいられなかった。まあ仕方ない。原田隊長に断りを入れに行ったら納得した風にすぐ小銭を出してくれた。「煙草はいいのか?」「いいっぽいです」とか短い会話を交わして屯所を出る。外は爽やかに風が吹いていた。マヨネーズの調達は、副長命令なんだな。真選組ってかっこいいけどちょっとヘン。


スーパーでマヨネーズを三つ買って屯所へ戻ると、丁度正門からパトカーが出てくるところだった。運転席に乗っていたのは監察の、えーーと、えっと、

「山崎だよ」
「山崎さん」
「おかえり」
「ただいまです」
「マヨネーズ買えた?」
「はい、買えました。カロリーハーフか普通のやつかノンコレステロールかわかんなかったんで、とりあえず一つずつ」
「うん、いい選択だね」
「山崎さん、今から見廻りですか?」
「ううん、もう用事済んだよ」

山崎さんは優しく笑ってギアを入れ替えパトカーをバックさせた。そのスピードに合わせて歩きながら会話を続ける。

「用事って?」
「副長命令でね、君が迷子になってないか見に行って来いってさ」
「…え、」
「まあ無事帰ってこれたみたいだからいいんだけど」

バックミラーを見つつ、山崎さんはくすりと思い出し笑いをする。迷子って、私一体幾つだと思われてるんだ。ていうかあの副長がそんな心配なんてするのかな。想像がつかない。ぼんやり考えながらパトカーと並んで歩いていると、何か固いものがベキリと折れる音がした。山崎さんが慌ててブレーキを踏むと同時に私はその音の正体を見つけた。

「ちょ、なになに!何踏んだ俺ェェ!!」
「ああ大丈夫です、たいしたもんじゃないですよ」
「え?!なに?!」
「山崎さんのミントンラケットです」
「たいしたもんだろがァァァァ!!!」

おニューだったのにィィィ、という山崎さんの叫びを背に、私はそそくさと屯所の中へ入った。しーらね。あんなとこに置いとくのが悪いんだもんな。買い物袋片手にパタパタと縁側を進み副長室の前で止まる。「副長、名字です」と声を掛けると一拍置いた後に「入れ」という言葉が返ってきた。滑りの良い障子を開けていつも通りの大きい背中を見つける。

「マヨネーズ買ってきました」
「おう、ごくろーさん」

短い返事の後はすぐにだんまりで、こんなに無愛想な人が部下の迷子を心配することなんてあるのか、と私は再び不思議に思った。あ、もしかして副長じゃなくて局長だったのかな。局長だったら言いそうだもんな…

「迷わず行けたかよ」
「えっ」
「スーパー」
「……あ、えと、はい。大丈夫でした」
「ん」

それだけ言って、副長はやはり背を向けたまま机に向かっている。そっか、そういうことも言うんだ。いつもは切腹切腹言ってるから、もっと冷たい上司かと思ってた。いい年こいて迷子になんて、なるはずないのに。私はマヨネーズの袋をそっと副長の傍に置いて部屋を出た。

目線を上げた先には、一面鮮やかな、真新しい樹々の緑色。高層ビルばかりだと思っていた江戸の町だったけれど、目を見張れば至るところに葉があって幹があって、芽吹きがあった。たしか四月が終わる前、局長達が話していた。もうすぐ副長の誕生日だ、ということを。副長の生まれた日がやってくる。緑の鮮やかな季節に。そっか、こんな時分に生まれたんだな。そのことを実感するだけで、なぜか心は穏やかだった。一つ何かを知るたびに、一つ何かが幸せなのだ。

私はまだよく知らない副長の凛とした背中を思い浮かべながら、目の前のささやかな幸福を味わっている。


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