窓の外で、桜と雨が同時に空を舞う。それは宙でぶつかり合い、くっついて、共に落ちる。それを横目で見ながら、僕はそっと目を閉じた。

瞼の裏に広がる光景が色褪せている。もう、大分時が過ぎているからだろう。昔の映画にあったみたいな黒くて細い縦線が、右から左へゆっくりと移動している。それが何だが僕の心をキュッと締め付けた。でもそれと同時に、心の奥でほのかな幸せが生まれた。

あの頃の僕は、とても幸せだった。自分の好きなバレーを思い切りやれて、レギュラーとして試合に出れて、大切な仲間たちと我武者羅に上を目指した。それだけでも十分に幸せだったのだけれど、幸せは他にもあった。僕が笑えば一緒に笑ってくれる存在が居た。僕が悔しがっていれば、励まし応援し背中を押してくれる存在が居た。僕が涙を零せば、何も言わずに肩を貸してくれる存在が居た。それが幸せで幸せで仕方なかった。溢れんばかりの幸せのおかげで、毎日が恐ろしいくらいの速さで過ぎ去っていった。

そして、今の僕もとても幸せである。だけど、今ある幸せはあの頃の幸せとは違う幸せだ。そう、違う幸せ。

「ほんっとにありがとう」
「別にいいって」
「渡には感謝してもし足りないくらいだよ」
「大袈裟だなあ」
「そんなことないよ!もうほんと、ありがとう」

閉じていた眼を開ければ、くしゃくしゃな笑顔が目の前にあった。頬が赤いのはお酒を飲んでいるからか、幸せを噛み締めているからか。考えずとも後者だと分かる。その証拠に、

「渡が居なかったら矢巾と付き合えなかったわけだし」
「意外と奥手だったからな、名字」
「そ!…んなことなくなくない」
「どっちだよ」
「もう!そんなことどうでもいいんですーだ!」

頬を膨らませながら新しい缶チューハイに手を伸ばす。そのままプルタブを引き、グビグビとアルコールを身体に流し込む。微かに動く喉元をじっと見つめた。

「んー!美味しい!」
「そりゃ良かった」
「幸せが美味しさを2倍にさせるね!」
「まあ、分からなくもない」

僕が今呑んでいるビールもいい感じに苦味が効いていて、美味しいから。苦味が、美味しいからね。多分そう思えるのは、今の僕が幸せに包まれているからだと思う。まあ、名字とは違う幸せだけどね。

「名字」
「んー?」

きっと名字はもう僕と2人きりで会うことはないだろう。もう、僕の家にこうして来ることもないだろう。ほろ酔いと幸せに埋もれた笑顔を僕に向けることもないだろう。もう、こうして名字と一緒の過ごす時間がないのだと思うと言ってはいけない言葉が喉の奥をガツガツと叩きはじめる。でも僕はそれをビールで流し込む。缶の中に残っていたビールを全部身体に流し込んで、僕はもう一度名字を呼んだ。

「、…幸せになれよ」

ゆっくりと紡いだ言葉が、やけに部屋に響いた気がした。名字は俺の目をじっと見てから、ふにゃりと笑った。幸せになりますありがとう。その言葉が優しく鼓膜を震わせるもんだから、僕は新しい缶ビールに手を伸ばした。

窓の外では、相変わらず桜と雨が同時に空を舞っていた。



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