ひらりひらりと花びらが降る通りを彼と歩く。もう暖かくなってきて、冬が終わったのだと実感する。一歩前を歩く彼は肩に少し大きめのリュックをしょってカラカラと引くキャリーケースを私の代わりに引いていた。
ふと落ちる花びらが彼の頭に落ちた。本人はそれに気づいていないようで、とってあげようと少し背伸びをして手を伸ばすと彼と視線が合った。
「どうかしました?」
「いや、その、頭に花びらがついてるから」
とろうかなって、思って。別に悪いことをしようとかイタズラをしようとか考えたわけではないのに、彼に触れようとしたことになんだか後ろめたさを感じた。なんでもない振りをして、震えた手を後ろに回してへらっと笑う。そう、いつものように。
「にしても、急に留学なんて、もっと早く言ってくださいよ。ちゃんとした送別会だってできなかったじゃないですか」
「え、別にすぐに帰ってくるし、二口だって忙しいでしょ。主将だし」
「一日くらい平気ですよ」
「私まで面倒みなくて大丈夫だよ」
そう言うと、彼は複雑そうな顔をして「違います」と呟いた。
本当は何も言わず立つはずだったのに、どこからか情報は漏洩して彼の耳まで届いてしまった。怒った顔をした彼が家の前に立っていたのはつい先ほどで、今は叱られた後。
そして、私が彼の元を離れるための朝。
ーーー本当は隣にいたい。言えたならどんなに良かったか。年上であることを気にして、お姉さんのような立場でいた私には、とても言えなかった。
だから最後までお姉さんでいたかった。どうか気持ちが揺らぐことなく彼の元を去りたかった。
駅に着くと朝が早いのに、人が忙しなく改札を抜けていく。電車まで少しだけ時間があるようで、売店で暖かいコーヒーを買い彼に押し付けた。
「ここまでわざわざ運んでくれてありがとう。じゃあ、夏には帰ってくるよ」
荷物を受け取ろうと手を伸ばす。しかし、彼はなかなか荷物を渡そうとしない。
「二口?」
「なに?二口寂しいの?」
わざとおどけても、彼はまた複雑そうな顔をする。
手が、そっと私の頬に触れた。
「そのまま太平洋に沈まないでくださいよ」
「縁起でもない」
「戻って、きてくださいね」
ただ笑って荷物を受け取る。
「じゃあ、時間だから」
足早に改札を抜ける。一瞬振り返ると彼は小さく手を振っていた。
もしも、彼が言葉で引き止めてくれたのならば、私は留まったのだろうか。ぼんやりと眺める電車の窓の外で、歩いた通りの花が目に映った。花が舞う通りに、彼はもういなかった。