この度の3年5組、5月の大席替え大会で見事わたしの隣の席を勝ち取った黒尾鉄朗くんは、それはもう怖い人なんだろうと思っていた。強い部活に入っている人は、怖い。先天的なイメージである。実際に彼は華やかで、クラスの中でも目立つ存在だ。故にわたしは、4月のクラス替え以来、彼とほとんど会話をしたことがない。その前髪と細い目は、彼がバレー部の主将ということを差し引いても、十分に個性的で、威圧感がある。
 どうしよう…、頭がぐるぐる思考を巡らせる。隣の席ということは、否応なしに会話をしなければならない。英語の会話練習とか、漢字テストの答案の丸付けとか、とにかくふたりでやらなければならないことはたくさんあるのだ。小さい頃から地味に、目立たずに、でも幸せに生きたいと願うわたしは、いちいちこういうことにビビらずにはいられない。

「あー、みょうじさん、だよね」

 そんなことを考えていると、不意に黒尾くんから話し掛けるもんだから、驚いて言葉を失ってしまうのも仕方が無い、と、思う。

「…うん」
「よろしくな。つっても、またそのうち席替えするんだろうけど」

 とりあえず、彼がわたしの名前を知っていたことにびっくりである。それに、こうして親しげに声を掛けてくることも。

「うん、よ、よろしく」
「ん?なんか緊張してる?大丈夫大丈夫、取って食ったりしないから」
「い、いや、それは…」
「完全にビビられてるだろ」

 そう言って会話に入ってきたのは、黒尾くんの後ろの席の夜久くんだった。彼も確か、バレー部だった。はず。

「えぇ〜?なんでかなぁ。俺、そんなに怖い?」
「い、いや、そんなことは」
「怖ぇよ。その変な髪型とか無駄にデカい身長とか」
「そりゃまあ、夜久に比べれば俺はスマートでパーフェクトな体型痛っ!」

 スパァン!と、夜久くんの教科書スマッシュが、黒尾くんの後頭部にヒットする。「うわ〜…俺がハゲたらどうすんの、責任取れんの」「ハゲねえよこれくらいで」小気味良い会話は、なんとなく漫才を連想させる。

「…黒尾くん、って」
「んん?」
「そういう感じの人、なんだ」

 そういう感じってなんだよ、と我ながら思うが、残念ながら国語が苦手なわたしにはこの表現が限界なのである。わたしのボキャブラリーの無さがツボに入ったのか何なのか、黒尾くんはからからと笑った。ムカついてたまんないよな。夜久くんが小声で付け加えたのがおかしくて、思わずわたしも小さく笑ってしまう。

「ん。みょうじさん、笑った」
「ん?え?」
「ほら、俺たちあんまり話したことないから、みょうじさんって大人で、クールな子なのかなーって、思ってたからさ」
「そ、そんなことないよ」
「そういう感じの人?」
「…そういう感じの、人だよ」

 数秒前のわたしの台詞を真似て、黒尾くんはまた笑った。この人は、たぶん、話をするのが上手い。それに、人の心を掴むのも。

「ここ、窓際の近くだし。桜が見えていいなあ」

 ぼそっ、と黒尾くんがそう呟いたから、わたしも夜久くんも思わず視線が外に向かう。桜の木は少しだけ花を残して、美しい緑色に変わりつつある。

「春かあ」
「卒業まで、あっという間なんだろうね」
「そうだなあ」
「寂しい?」
「寂しい」
「じゃあ、この1年は、大切に大切に、心にしまっておかなきゃね」
「…みょうじさんって、たまに詩人になるよな」
「…えっ!? い、いや、そんなつもりじゃ」
「綺麗だよ。みょうじさんの言うことって綺麗。春にぴったりだ」

 黒尾くんが外を見ながらそんなことを言うもんだから、こちとら気が気ではない。男の子に綺麗なんて言葉を使われて、意識しない人はいない。はず。

「だからさ、俺とも仲良くしてくんね?」
「…うん」
「良かった。いい1年に、しような。春が終わっても。春がまた来ても」

 そう言って黒尾くんは笑った。彼がみんなに好かれる理由が、なんとなくわかった気がした。桜の花びらが風に乗って舞い上がる。綺麗だ。新しい、春だ。

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