新しい恋


教室の窓の外には、ふたりで笑いあって、仲良く肩を並べて歩く彼等の姿が映っていた。夕焼けに赤く染まった空は、嫌になるくらい綺麗だ。

苦しくて、悲しくて、心がギュッと掴まれるように痛い。あんなに嬉しそうに笑う彼を、私は見た事がない。ガラスに触れていた右手を、痛いくらいに握りしめる。手の平には白く、爪の跡が残っていた。

「…バイバイ」

彼の事が大好きだった。かっこよく走り回って、嬉しそうに笑って、優しい声で話し掛けてくれる。まだ出会って半年程しか経っていないのに、いつの間にかすごく好きになっていた。この恋は、もう叶わないのだけれども。

こんな事をしていても仕方がない。好きな映画を観て、たくさん泣こう。自分の机の上に置かれていた、そろそろ使い込まれてきたスクールバックを手に取る。さぁ、帰ろう。そう思っていた矢先、教室の前の扉がガラリと開いた。

「名前じゃん。何やってんの」

放課後なのに珍しく制服を着た幼馴染が教室に入ってくる。そうか、今はテスト週間なのだ。だからあのふたりも、仲良く一緒に帰っていたわけだ。

「英こそ、どうしたの?部活は休み?」

「ん、金田一と少し勉強してた。もう帰るよ。
名前も帰るんだろ?」

「…うん」

彼は机から教科書かノートを取り出しそれを鞄に入れると、私に帰ろうと催促する様な目線を向けてきた。
彼、国見英は、私と同じクラスの男の子であり、小さい頃から一緒に過ごしてきた幼馴染でもある。私の事を1番知っているのは英だろうし、英の事をよく知っているのも私だと思う。男女の幼馴染は、年齢が高くなるにつれ疎遠になるとは言うけれども、英が落ち着いた性格の為か私達の関係に昔とあまり変化はなかった。相変わらず仲良く過ごしているのだと思っている。

「何、帰んないの?」

「金田一くんいるんでしょう?私は後で帰るよ」

「いつも3人で帰ったりしてるじゃん。急にどうしたの」

誰かと一緒には帰りたくなかった。ひとりになりたかったのだ。中学の頃から英と仲の良い金田一くんは、もちろん私とも面識があり、同じクラスにもなった事もあるのでそれなりに仲も良い。私が英と帰らないのを、金田一くんを理由にするのはどう考えてもおかしい訳だが。

「…なんとなく、ひとりで帰りたい気分なの」

もう彼の顔を見る事が出来なくて、私はもう一度茜色の空を目に写す。そろそろ陽も暮れる頃だろう。そんないつもと違う私を英が放っておいてくれるはずもなく、彼が私のすぐ近くまでやってくるのを気配で感じた。
きっと今、英はものすごく不機嫌そうな顔をしているんだろうな。

「何かあったの」

「…何でもない」

「名前」

英に嘘なんか通用する筈も無くて。何度私は同じ事を繰り返すのだろうか。どうせ彼には全部バレちゃうのにね。
私の肩を優しく掴んで、英は自分と向かい合わせになるように、私の身体を反転させた。やっぱりそこにはちょっぴり怒った英がいる。それに何故かひどく安心した。

「もしかして泣いたの?」

「…泣いてないよ」

「嘘つき。ちょっと涙の跡見えるし」

英の指が私の目のすぐ下に触れて、乾いた涙の跡をなぞる。いつも彼はこうやって私の涙を拭いてくれた。

「あいつに振られたんだろ」

「…違う」

「だから何度も言ってるだろ。もう辞めとけって」

いつも私が誰かと別れたり、誰かに振られたり、友達や親と喧嘩したり、そんな時に慰めて傍にいてくれるのは彼だった。英がいたから、悲しくて苦しい事があっても平気だった。

「俺じゃだめなの?」

今度はやけに真剣な顔をした彼の目には、驚いたように目を見開く私が映る。中学に上がる前、恐らく小学6年生の彼にも、今と同じ様な事を言われた気がした。あの時はまだ幼くてよく分からなかったけれど、今は違う。

「…ねぇ、その言葉の意味分かってるの?」

「名前こそ何で気付かないわけ?鈍すぎ」

ずっと唯の幼馴染だと思ってた。いや、そう思いたかった。この心地良い関係を崩したくはなかったから。

「俺が誰かにこんなに優しくするわけないじゃん」

ずっとずっと前から気付いていたのかもしれない。この気持ちの意味を。無理矢理、適当な誰かを好きになって、自分にそう言い聞かせてこの関係を守っていたのかもしれない。

「ずっと、名前が好きだよ」

初めて触れた唇は熱くて、私の胸の中を心地良い暖かさが侵食する。私も彼の事が、ずっと前から、どうしようもないくらいに大好きだ。

さぁ、新しい恋をはじめよう。



 

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