ただ一度だけ会いたくて
―― ずっと、憧れの人だった。
ハリー・ポッターこそ魔法界の英雄だ、と皆口を揃えて言う。誰もが彼を知っている。
私も、周りの大人達のそんな話を聞いて、密かに憧れていた。"英雄"の、ハリー・ポッターに。
そんな私だったから、五年前、ハリー・ポッターがホグワーツに入学(しかも私の後輩として)してきたときは、とても驚いた。彼が実在する人物だってことは、とっくに分かっていたはずなのに、吃驚してしまった。
一年目。彼は賢者の石を守り、寮杯で見事にスリザリンを打ち負かした。
二年目。彼はスリザリンの怪物を倒し、ホグワーツ特別功労賞を獲得した。
三年目。彼は吸魂鬼ディメンターの脅威を跳ね返し、クディッチ杯を獲った。
四年目。彼は三大魔法学校対抗試合トライ・ウィザード・ トーナメントの代表に選ばれ、見事に優勝した。
そして、五年目。
ハリー・ポッターは、私達を率いてDAを結成し、あの嫌な教師のアンブリッジに立ち向かおうとしている。
......なんて勇敢なんだろう。彼への憧れはますます深まっていた。
―― そんな私が今、あのハリーの隣にいて、しかも一緒にホグズミードを歩いている。こんなこと、信じられるだろうか!
精一杯の勇気を振り絞って、記念デートを申し込んだ。ただ一度だけ、それだけでいい。君と逢って、話がしたい。隣にいて欲しい。
文字にすると、"たった一回きりの記念デート"なんてありきたりでつまらないもの。けど、―― 手を繋いで、隣を歩いて、彼の横顔を見つめる ―― この瞬間は、迂闊に言葉になんてできないほど、幸せ。このまま時間が止まってしまえば良いのに、なんてバカなことを本気で考えてしまうくらいに。
「ハリー、今日はありがとう。
一緒にまわれて、楽しかった......」
年下のはずなのに、いつの間にか私よりも背が高くなった彼を見上げてそう告げると、なぜだか視界が潤んできた。イヤだ。泣きたくなんかないのに。重い女だ、って思われちゃう。
「ど、どうしたんだい?」
澄んだエメラルドグリーンの瞳が私を捉える。
「ごめんね、こんなつもりじゃなかったの。
泣きたくなんかなかったのに......」
大きく息を吸って、私は言葉を継いだ。
「この時間が終わっちゃうのが寂しいなって、思ったら......泣けてきちゃって」
俯いて肩を震わせる私を、ハリーが突然抱き締めた。
「泣かないで」
そう言って、ニッと笑うハリーを見上げた。涙が止まらないのにとっても嬉しくて、私もハリーに、ニッと笑い返した。
「好きでした」
そんな拙い言葉しか出てこなかった。
「ありがとう、ハリー」
でも、どんなに技巧を凝らした言葉よりも、美しいと思った。
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