密会


「名字」
 小さく苗字を呼べば、名字は無表情のままこちらをちらりと振り向いた。声だけで話し掛けたのが俺だと分かったらしい。無言のままだ。
「及川が今日お前のこと話してた」
「……何て?」
 一瞬だが、面倒くさそうに表情を歪めたのを俺は見逃さない。
「あーいう女の子って裏表がありそうだけど、なーんかそういう風には見えなかったんだよねー、やっぱ本当に何でもかんでも完璧な子っているのかなー、だとよ。お前、今日及川と喋ったの? 関わりたくないとか言ってたくせに」
 わざと及川の口調を真似て質問に答えてやれば、今度は不機嫌そうな顔を元に戻さず、そのまま口を開いた。
「いくら関わりたくなくても、同じクラスになっちゃったんだから、一年間全く喋らずに過ごせるわけないでしょ」
 吐き捨てる、という表現がぴったりくる言い草は、見た目とのギャップが激しい。激しすぎる。こりゃあ及川も騙されるわけだ。ご愁傷様、とこの場にはいない我が主将様に呟く。
「まぁ、そりゃそうだろうネ」
 肩をすくめれば、軽く睨みつけられた。馬鹿にされている、とでも思ったのかもしれない。
「馬鹿にしないでよね」
 お、当たった。
 それが少し嬉しくて、口角を上げれば、名字の顔がさらに歪んだ。
「だから、馬鹿にしてんじゃないわよ」
「してねーって」
「嘘つき」
「お前に言われたかねーよ」
 半ば呆れ気味にそう言い返せば、名字は黙り込んでしまった。強気なフリして実はそうでもない、そういうところが可愛いと思ってしまう俺の頭は思っている以上にヤバいのかもしれない。
「冗談だってば」
 そうフォローすれば、少しだけまた顔色が明るくなった。誰だ、こいつをポーカーフェイスだとか、クールビューティーと言った奴は。
「……なーんでお前は及川も騙せちゃうのに、俺は騙せなかったんだろーネ」
 あのまま名字の顔を見つめていたら、リップで綺麗に色づいている柔らかそうな唇に、つい自分のものを重ねてしまいそうで、わざとらしく話を変える。
「……別に、無理だったわけじゃなくて、しなかっただけだから」
「へー。じゃあ俺も騙そうと思えば騙せたってわけ?」
「……まぁ、そういうこと」
 返事の歯切れがどれも悪い。やっぱり名字は分かりやすい。
「……じゃあ、俺だけ特別扱い、って自惚れてもいい?」
 これまた分かりやすく名字の表情が変化した。
「べ、別にそんなんじゃないし」
「余計に自惚れるんだけど、その態度」
「勝手なこと言わないでよ!」
 口を開こうとしたその時、足音が廊下から聞こえてきた。しかも近付いてきている。二人とも急に口をつぐんだ。
「マッキー、戻ってくるのが遅いよー、ってあれ? 名字さん?」
 足音の持ち主は先程まで話題に上がっていた及川だった。
「悪い悪い。ちょうど今から戻ろうと思ってたんだよネ」
「ふーん。……マッキーと名字さんって仲良かったっけ?」
 面倒くさい質問だ。適当に返事をしようと口を開いたところで、澄んだ高い声がそれを遮る。
「ごめんね及川くん、大切な部員を引き留めて。どうしても解らない問題があって、そうしたら花巻くんが教えてくれたの」
 少しだけ顔を下げて、申し訳なさそうな表情をつくる。完璧だ。
「だから、あんまり花巻くんを責めないで欲しいっていうか……」
「あぁ、別にそういうつもりじゃないから安心して! マッキーやるなぁー」
 ちらりと目線をこちらにやり、ひやかした及川は、すっかり騙されている。
 しかし、第三者が来たということは時間切れだ。これ以上は何を言っても品行方正な名字さん≠ゥらしか対応されないだろう。
「またね、及川くんと花巻くん。部活、頑張ってね」
「ありがとー! 名字さんも頑張ってね、問題」
 得意のスマイルで及川が返す。名字には効かないだろうけど。
 仕方がない。今日は部活中に抜け出して来た俺の負けだ。
「またね、名字サン」
 含みを持った言い方をして口角を上げれば、名字の仮面が少しだけはずれた気がした。



 

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