_ほかほかと立上る湯気はコンソメの香り。浸みこんだスープをこぼさないよう慎重に齧り付けば、柔らかく煮たキャベツとスープの味がよく浸みた肉団子が美味であった。咀嚼し、飲みこみ、庄左ヱ門はほうと息を吐いた。
「美味しい。伊助、流石だね」
「そう? 慣れない料理だから勝手がわからなくてちょっと不安だったんだけど」
_卓を挟んで向かい合う伊助は庄左ヱ門の言葉にはにかみ、それからようやく自分の皿に手を付けた。庄左ヱ門と同じようにそっとロールキャベツを齧り、「うん、いけるね」と、満足げに頷いた。
「手順は分かったから次はもっと美味しく作れるかも。今回はコンソメ味にしたけど、レシピを探してみたらトマト煮とかクリームソースとかバリエーションがあるみたい」
「トマト煮も美味しそうだね。ロールキャベツは久しぶりに食べたけど、案外好きかも」
「じゃあまた作るよ」
_新しい料理を褒められて、伊助はほくほくと笑んだ。
_今日の献立はロールキャベツをメインにクルトンの乗ったシーザーサラダ、大豆のミネストローネと洋食で揃えられている。
「それにしても、伊助が洋食って珍しいね」
「うん、虎若にリクエストされたからさ。たまには洋食もいいよね」
_伊助の言葉を聞き、庄左ヱ門はふと食事の手を止めた。「虎若?」と首を傾げる庄左ヱ門に、伊助は「あれっ」と瞬きをする。
「高校の同級生で203号室に住んでいる佐武虎若。前に話したよね?」
「この間偶然再会したって話は聞いたけど。その後もちょくちょく会っていたんだ」
「うん。虎若も一人暮らしで不規則な食生活送っているみたいだったから時々夕食を差し入れて、ついでに虎若の部屋でお茶を飲んだり。……どうかした?」
_伊助は不意に黙り込んだ庄左ヱ門の顔を覗き込んだ。庄左ヱ門はロールキャベツを見下ろし、「ふうん」と不満げに声を漏らした。
「ロールキャベツ、何か問題あった?」
_さっきまであんなに箸が進んでいたのに、と伊助は恐る恐る尋ねる。
「美味しくない」
「え!」
_口を尖らせた庄左ヱ門に、伊助は箸を落とさんばかりにショックを受けた。「美味しい」と言っていたはずのロールキャベツを急に「美味しくない」と言われたこともだが、庄左ヱ門が伊助の作った料理に文句をつけること自体、初めてのことであった。
_調理手順を反芻し、どこかで間違いがあっただろうかと伊助が必死に頭を巡らせていると、庄左ヱ門はなおもロールキャベツを見つめたまま、ぽつりと漏らした。
「僕以外の誰かのために作られた料理なんて、美味しくないよ」
_それは普段の庄左ヱ門らしからぬ拗ねた口調の、随分と子供っぽい言葉だった。伊助は思わず箸を置き、パッと胸に手を当てた。
「庄ちゃん、今の台詞、ちょっとキュンとした」
「あ、本当? じゃあ、まあ、結果オーライかな……」
_そう言って庄左ヱ門はスプーンを手に、何やら深淵な問題について思案しているかのような気難しい顔をしてミネストローネに口を運んだ。「美味しい」とやはり眉根にかすかに皺を寄せて、それでもミネストローネの味に頷いた。
「伊助、明日は中華がいいな」
「中華? エビチリとか?」
「うん。麻婆豆腐とか、餃子とか、何でもいいよ」
「ふうん? わかった」
_食事の途中に次の夕食のリクエストをすること、これもまたいつにないことではあったが、伊助は疑問に思うことなくすんなりと頷いた。
_庄左ヱ門はロールキャベツを頬張りながら「やっぱり美味しい、いや、美味しくない」と一人悩ましげに呟いている。


20131027

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