_数馬は穴の中から空を見上げた。穏やかに晴れた空。本日三度目、先の二回に比べても随分と深いこの落とし穴は綾部先輩の作か七松先輩の作か、まあ十中八九綾部先輩の手によるものだろうなあと数馬はぼんやりと考えた。落とし穴に嵌まるのも本日三度目、ともすれば、いい加減嫌にもなってくる。
「……はあ、どうしようか」
_数馬は思わず溜め息を吐く。するとそのとき、周囲の土が揺れるのを感じた。ああ誰か近付いてくると数馬が頭上を眺めていると、淵からひょっこりと顔を覗かせたのは私服姿のしんべヱである。道理で振動が普通の人のものより大きかったはずだ。
「あれー? 三反田数馬先輩、何しているんですか?」
_尋ねる声は気が抜けるほど暢気だ。
「見ての通り、落とし穴に落ちたのさ。しんべヱはどこかへ出かけてきたのかい」
「はい! 峠に出来た新しいお団子屋さんに!」
「それは良かったね。それはそうとしんべヱ、誰か、先生か先輩を……」
_呼んできてくれないか、と続けようとした数馬の言葉は頭上に差し伸べられた紅葉のような手に遮られる。目が合うと、しんべヱはにこりと微笑んだ。躊躇いのないその様子が何だか男らしくて、思わず数馬はその手を取った。
_結論から言うと、しんべヱは数馬もろとも穴の中に落ちた。
_引き上げることに失敗したわけではなく、しんべヱの豪腕によって数馬の体は持ち上がったものの、穴の周囲の地面が二人の重みに耐えられずに崩れてしまったのだ。
_数馬は力強く自分の手を引いたしんべヱに一瞬ときめいたものの、次の瞬間にはしんべヱの巨体の下敷きにされ、潰された蛙のような声を出していた。
「三反田先輩、ごめんなさい〜。大丈夫ですか」
「うん、とりあえず僕の上から退いてくれるかな……」
_狭い穴の中、体をずらすことで何とかしんべヱの重みから逃れて数馬は息を吐いた。
「僕まで落ちちゃいましたね」
「落ちちゃったね。さてどうしようか」
「三反田先輩、お団子食べます?」
_ちょっと潰れちゃいましたけど、と言って懐から出した包みを差し出され、数馬は今度こそ脱力した。
_さすが一年は組というか、この危機感のなさは一種の才能ではないか。
「とっても美味しいんですよ」
「……そうだね、一串もらおうかな」
_いずれにせよ人が通りがかるのを待つほかない。数馬は平たく変形した団子を狭い穴の中で身を寄せ合ってしんべヱと分け合った。
「美味しいでしょう」
「うん、美味しいね」
「お団子が美味しければ大概のことなんてどうでもよくなってきますよ」
_屈託なく笑うしんべヱの顔を見ていると、それも真理かもしれないと思えてくるのが不思議だ。
_団子を食べ終え、穴から覗く青空をのほほんと眺めているうち、しんべヱは数馬の腕の中で眠ってしまった。
_ほかほかあたたかいしんべヱの体を抱きしめながら、数馬は自分の中から最初の鬱屈とした気分がすっかり消えていることに気付いた。


20130919

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