_抱えてきた火薬壺を床に下ろし、久々知はふうと息を吐く。全体の指揮をとっていた土井はその様子を見て「よし」と周囲に声をかけた。
「大分移動したな。残りは私とタカ丸、三郎次で運ぼう。兵助と伊助は整理を頼む」
_はい、と火薬委員の声が揃う。行ってくるねと手を振るタカ丸に伊助がいってらっしゃいと手を振り返した。
「さあ伊助、始めようか」
「はい!」
_久々知の指示のもと、伊助はテキパキと動き出す。その様子を横目で微笑ましく眺め、久々知も火薬壺に手を伸ばした。
「そういえば、土井先生は一年は組の教科担当だろう。土井先生の授業はどうだい?」
_世間話として火薬委員会の顧問でもある土井先生の名前を出したのは久々知の気紛れだった。授業の話になったからだろう、伊助は居心地悪そうに首を竦めた。
「ええと、多分、土井先生の授業はわかりやすいです。庄左ヱ門がそう言うし」
_バツの悪そうな様子を見るに、一年は組の成績が芳しくない原因が教師ではなく自分たちの方にあると自覚はしているらしい。苦笑する久々知に弁解するように「でもっ」と伊助は続ける。
「土井先生はみんなから人気なんですよ。宿題を出したり抜き打ちテストをしたりするけど、普段は優しいし、格好いいですから」
_必死に土井を褒めるその姿からは、土井が確かに生徒たちから慕われていることがわかった。
_身振り手振りを加えて一生懸命語る伊助は、おかんだ世話焼きだと一年は組内での評判を耳にしていてもやはり上級生に囲まれる委員会では可愛い末っ子だ。そして久々知は委員会でのみ見られる伊助のそんな姿が好きだった。
_秘密を打ち明けるように、伊助が冗談めかして声をひそめる。
「一時期、土井先生に初恋泥棒って渾名がついたんですよ」
「初恋泥棒?」
「土井先生は格好いいから。一年は組の初恋って大体土井先生だったんです」
_内緒ですよ、と人差し指を唇に当て、伊助はくすくすと笑った。久々知も思わず笑みをこぼす。
「へえ。伊助の初恋も土井先生だったのかい?」
「いいえ。僕の初恋は久々知先輩です」
「えっ」
_そのとき久々知の手に火薬壺がなかったのは幸いだった。さもなくば久々知の手からは壺が滑り落ち、火薬共々粉々になっていただろう。
_久々知が伊助を見下ろし目が合うと、伊助はにっこりと笑ってもう一度繰り返した。
「久々知先輩です、僕の初恋」
久々知の白い肌にサッと朱が差す。「えっ、え?」と狼狽える久々知の様子を見て、伊助も「えっ?」と身を乗り出した。
「久々知先輩、その反応はどういうことですか? ――もしかして、僕にも脈ありってことですか?」
_表情を窺おうと覗き込んでくる伊助から、久々知は顔を背けた。その頬に伊助の手が触れる。
「ねえ先輩。こっちを向いてください」
_幼い手のひらが持つ熱を感じながら、久々知は必死に顔を背けるばかり。


20130910

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