_宿題のために借りていた図書の返却にやってきた伝七は、図書室の隅にちょこんと座っていた怪士丸を視界の端で発見し、思わず飛び上がった。
_手元の本に目を落とす怪士丸は今にも図書室の空気に溶け込んでしまいそうなほど存在感が希薄であった。忍者としては優秀な要素かもしれないがこれだから一年ろ組は不気味で嫌だ、と伝七は心中で毒づいた。不覚にも驚いてしまった自分を誤魔化すための八つ当たりだ。
_伝七に気付いた怪士丸は本から顔を挙げた。伝七が本を差し出すと、「返却?」と首を傾げる。
「そう」
「はい、確かに」
_受け取った本の題をそっと撫で、怪士丸は伝七に向かって微かに微笑んだ。
「難しい本だね。宿題に使ったの?」
「まあな。一年い組の授業は進んでいるから」
_心持ち誇らしげに胸を張って伝七は答えた。
「伝七は偉いねえ」
「偉い?」
「いつも熱心に勉強していてさ」
_伝七は訝しげに怪士丸を見た。しかししげしげと眺めたところで怪士丸の言葉に他意はないようで、それを理解すると伝七は改めて困惑した。
_一年は組に馬鹿にされたり嫌煙されることはあっても、周囲から「偉いね」と誉められることはほとんど皆無であった。一年い組では宿題のために本を借りることも真面目に勉学に取り組むこともごく当たり前のことだったので尚更だ。
「……僕って、偉いのかな?」
「うん。伝七はすごいね」
_肯定されれば、伝七の胸にぽうっと温かなものが咲いた。
_誉められるということは、何だかとてもぽかぽかするものらしい。伝七は、きらきらした目で怪士丸を見つめた。

_音を立てないよう注意を払い、伝七は図書室の戸を開けた。図書室に溶け込んでいる怪士丸を視線で探す。
_入り口から顔を覗かせてキョロキョロしている伝七を見つけると、怪士丸は片手を挙げて自分の居場所を知らせてやった。
「やあ、伝七」
_声をかけられると伝七はおずおずと図書室に入り、抱えた本を怪士丸に差し出した。
「これ、勉強になった、し、面白かった」
「そう、良かった。伝七は読むのが速いね」
_伝七が返却したほかにも数冊の本を抱え、怪士丸はにこにこして立ち上がった。本を棚に戻していく怪士丸のあとを伝七は控え目に追う。
「怪士丸、次のおすすめは何かある?」
「うん。あのね、中在家先輩に良い本を教えてもらったんだ。こっち」

_伝七が図書室で雛のように怪士丸のあとをちょこちょこついて回っている頃、一方、一年ろ組の教室では伏木蔵が頬杖をついてたそがれていた。
「なぁんか最近、伝七がむかつくんだよね〜。うちの怪士丸にべったりしちゃってさ〜」
_目にもの見せてやろうかしら、と不穏なことを呟く伏木蔵を、
「やめたげて……伝七泣いちゃうよ……」平太が必死に宥めていた。


20130703


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