「恋文、かあ」
_猪名寺から預かった原稿を印刷所へ届け自社まで帰ってきた摂津は、自分のデスクにぺたりと伏せた。
_摂津は自分が担当する絵本作家の猪名寺に恋心を抱いていた。
_担当になったばかりの頃、初めての挨拶に伺ったときに出迎えてくれた猪名寺を見た瞬間、摂津は彼女に一目惚れした。会う回数を重ねるごとに明るく優しい猪名寺の人柄に惹かれていき、打合せや原稿の受け取り、色校正などで直に彼女と接することの出来る機会は摂津にとって何物にも代えられない貴重なひとときだ。
_しかしそういった時間の中で、摂津は猪名寺に想い人がいることを思い知らされた。
_その相手が「きり丸」だということも、何度目かの会合で摂津は確信した。会話の端々、時折猪名寺が見せる表情は、彼女を思う自分から見ればとてもわかりやすい。
_恋敵を探るつもりで「きり丸」について尋ねてみて、そしてここへ来て「恋文」発言だ。察することが出来ていてもやはり当人の口から聞くのではショックの度合いも違う。
_別れ際、笑顔の挨拶は忘れなかったはずだが、その帰り道はひどくフラフラしていただろうと摂津は自分を省みて思う。
「ふん。だからって、諦めないけどな」
_片頬を机につけたまま、摂津は強いて気丈な口調で呟いた。
_猪名寺の恋。彼女もまた叶わぬ想いに身を焦がしていた。
「きり丸」が既に故人であるのか相手のある身なのか、詳しいことはわからないが、猪名寺は自分の恋にある種の諦念を抱いているようだった。だから今日、自分の作品について恋文のほかに「回顧録」という表現を使ったのかもしれない。
_つまり、まだ摂津にも付け入る隙は十分にあるということだ。
_恋心ではないにしろ、摂津は自分が猪名寺に好意を持たれている自覚があった。自分の作品の担当編集相手なのだからそれが普通なのかもしれないが、少なくとも脈なしではない。
「よしっ!」
_摂津は意を決すると、勢いよく上体を起こした。

「きり丸」には彼女を幸せに出来なくとも、自分にはそれが出来るのだ。


20130506

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